第16話 ユウキはレベルアップ?して、家路につく。

 僕の視界に強い光が飛び込んできた。赤い光だ。

 一部、部屋の壁がなくなっていた。外の夕日の光が入ってきたのだ。


 いつの間にか女の子の姿がなくなっていた。代わりに女の子のいた場所に低い壁ができていた。まるで入ってきた陽の光を遮るような形で。

 何をやっているんだか。僕は、陽の光は大丈夫だって言ったのに。


 その壁も光を浴びて、ボロボロと朽ちていった。



 僕はとぼとぼと壁に空いた穴の方へ歩いて行く。

 外をのぞく。幹はうねっていて、うまく足を掛ければ下まで降りれそうだ。ただ、高い。先に持ち上げられた時よりかはいくらか低いような気はするが、それでも十分眩暈を覚えるような高さがある。


 気をつけろ。山は下りのほうが危険だ。

 気をつけろ。家に帰るまでが遠足だ。

 気をつけろ。お風呂でのウトウトは失神しているんだ。

 僕は先人たちの言葉を胸に、ゆっくりと幹を伝って下へ降りる。

 遠くにレントンの町が見えるが、もう町の外壁が見えるだけだ。僕はドロテアの丘の上に立った。

 辺り一面、赤く染まっている。

 エルダートレントヴァンパイアを見上げる。大木だ。でもそれは、あくまで一般的な大木、という意味でだ。

 それに、もう動くこともできなくなっている。


 結局、全部僕が悪かったんじゃないか。この子が生まれたことも、こんな姿に生んでしまったことも、それによってジャンヌが死んだことも。

 僕は、どうにかこの子が生きる方法はないのかな、と思ってしまう自分に苦笑いした。いつの間にか、この子とか言ってるし。


「…パパ。」


 姿は見えないが声が聞こえる。先刻はあんなに無邪気な明るい声だったのに、今は見る影もない力のない声だ。


「パパ、怒ってない?」

「ん。」

「ね、呼んで。」

「ん?」

「私の名前、…呼んで。」


 そうか、この子はわかってるんだ。自分が消えていくのを。

 まだ生まれたばかりの子供だ。死ぬという概念があるかはわからないが、自分の力が弱くなっていくのはわかるのだろう。きっと不安なんだ。


 なんか、涙が滲んできた。


 涙が頬を流れて、落ちた。


「名前。…エルダートレントヴァンパイアだから、エルコ。」

「エルコ…、エルコ。ふふ、…フフフ…。ヘヘッ。」


 どうやら、気に入ってもらえたようだ。


 この歪な命のパパ認定。

 エルコのパパとして、やれることはやらないとね。といっても、やれることなんてひとつしか思い浮かばないんだけど。



 …自己満足かもしれない。他の人に迷惑をかけるかもしれない。でも…。



 マナ全集中。


 エルコの周りにマナの膜を張り、陽の光を遮断する。まずは自分の中からできるだけの分のマナを込めて、残りは周囲から頂く。ちゃんとマナだけをね。魔素さんはいらないからね。集まんないでね。


 まだこの子の収縮は止まらない。でも幾分かは緩やかになったようだ。マナの効果は期待できる。


 僕のマナはすでに枯渇した。周囲の草花や空気中からのマナも、これ以上は当てにできない。だけどまだ集める。集まる。

 ポンポンと小さくはじける音と共に、大量のマナが流れてくる。腰に付けたナイフの鞘、そこに装飾された石がはじけていく。


 石は小さなものからはじけていく。石の寿命が尽きていく。

 マナへとかたちを変えて。


 ポン、ポンポン。


 もう、残りは一番大きな石だけだ。




 お母様、ごめんなさい。お母様からもらったもの、ここで全部、使ってしまいます。こんなことの為になんて、お母様は思わないよね。うん、僕にとってすごく大事なことだと思うから。



 …この子を助けたいんだ。



 ミシッと、最後の石に亀裂が入る。その亀裂はあっという間に全体に広がり、そして最後の大きな石は粉々にはじけ飛んだ。


 今までにない、大きなマナの波がエルコを中心にして、竜巻のように上昇する。分厚いマナの壁に囲まれたエルコは、収縮を止めた。



 夕日は遠くの山に消え、わずかに残った茜色もすぐに紫、そして濃紺へと色を変え、夜が訪れた。

 マナの薄明りに包まれたエルコの内に残っていた魔素も、それと共にマナに中和され消えていた。



 しだいにエルコを覆っているマナの壁も薄くなっていく。


 そして、僕はわかってしまった。


「…命が消える。」


 マナが消えていくのにあわせて、エルコもその姿を失っていく。

 大木が崩れるわけでもなく、ただ消えていく。

 エルコの声は聞こえない。エルコは最後、苦しんだのだろうか。そうじゃなければいいのだけれども…。



 ……。


 …。


 結局、全部消えてしまった。



 僕はその場にうずくまってしまった。動けなかった。


 今日はすごく疲れた。


 そうだ、今日はお泊り特訓4日目、もう明日には町に戻るのだ。


 すごく成果があったような、何もなかったような。というか何もなくなってしまったかな。…とにかく、もう動けない。



 …………。


 …。


 …。




 夜が明けた。


 昨日は、ドロテアの丘から動けないまま、眠ってしまった。

 モンスターに襲われなくてよかった。もし襲われていたら、きっと気付かないままにあの世行きだっただろう。


 身体のあちこちが痛い。


 お腹すいた。


 とりあえず、キャンプの場所まで戻ろうと僕は立ち上がった。すると、少し離れたところに何かが浮かんでいるのが目に入った。

 不思議な球体だった。直径は50センチメートルくらい、1メートル程の高さにただ浮かんでいる。近づくにつれ様々に色が変化する、こういうのを玉虫色というのかな。


 モンスターではなさそうだ。

 であれば、何だろう?と、ひとつ思い当たるところがある。


 これは、種ではなかろうか。

 薬草の物は指先程度の大きさだったが、あの巨大なエルダートレントヴァンパイアの種ともなれば、このくらいの大きさになるのでは?


 怖くない。そんなイメージがうかぶ。僕は球体に手を触れてみた。マナで確認する必要もない。これはエルコだ。エルコの命、残っていたんだ。

 よかった。エルコは僕をパパと認めてくれたのだ。…いや、エルコは最初から無条件で、僕をパパと認めてくれていたか…。


 ずっと、一緒だ。

 かすかに球体がポヨッ、と返事をした気がした。


 ん、ちょっと待て。


 ということは、これを飲み込めということか。

 これは、鼻からスイカを出すより難しいのではないかと思われるが、如何に。


 むぅ…。

 …。



 ジャンヌは、あくまでイメージと言っていたな、飲み込むのは。

 そうだよね、飲み込まないといけないという道理はないわけだ。僕はおでこを球体にくっつける。イメージだ。


 僕の中に来い、エルコ。


 スッと球体の方から、僕に入ってくる。

 ん、…え?

「んんんんー。んがっ、もんぐぅおぁぁぉ…。」

 やっぱり、口からなのね。「んぐぅ。」ひとしきり苦悶が続いた。エルコは無事、僕の中に入り終えた。



 …僕が無事じゃない(泣)!




 ジュウと音を立て、僕の身体は湯気を吹いていた。体の中から茹だった感じで、気持ち悪い。



 テッテテー。

 ユウキは、エルダートレントヴァンパイア(エルコ)を虜にした。


 テッテテー。

 ユウキは、プラントテイマー+薬師にクラスチェンジした。







 なんだそりゃ?



 意識が薄れていく中で、僕は傍に人の気配を感じていた。ただそれを確認する余裕は、僕にはない。



 陽が西の空に傾くまで、僕はその場を動けなかった。


 

 


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