第15話 僕の頭はショートしています。
力いっぱい斬り付けた。
何度も、何度も、繰り返し。
しかし、エルダートレントヴァンパイアの巨体に対して、このナイフの小さな傷なんて、効果もないに等しい。
でも、斬る。斬る。
効果はない。
手が痺れてきた。身体が思い通りに動かなくなっている。もはやナイフも叩きつけているだけだ。
まただ。枝が身体に絡みついてくる。振り払わないといけない。動きを止めないように。つかまってはいけない。
「ジャンヌ。」
突然の出会い。どこに住んでいるかも知らない女の子だった。しかし、彼女の存在は、奇妙なほどすんなりと僕の中の大部分を占領してしまっていたのだ。今となってわかる。彼女に大事なナイフを貸してしまったのは、彼女とまた会いたかったからだ。そういう約束が欲しかったんだ。
彼女は約束を守ってくれた。それなのに、…突然の別れ。
僕の所為だ。
枝が身体に巻き付く。腕も一緒に巻かれ身動きできなくなってしまった。枝の力は強く、僕の身体は簡単に空中に持っていかれた。枝が足にも絡みつく。もはや、身動きのひとつも封じられてしまった。
こいつだけは、このエルダートレントヴァンパイアだけは絶対に僕が倒すんだ。
「くぉぉぉぉーー!!くそぉっ!」
高く持ち上げられてしまった。抜け出したいのだけれど、手足は完全に枝に拘束されている。何もできない自分が情けない。
枝の隙間からレントンの町が見える。こう見ると意外に近いのがわかる。町からもこいつのことは見えているだろう。こいつが町を襲ったら…、そう考えると身体が震える。いろんな人、いろんな物、今までみんなが頑張って重ねてきたものが、きっと失われる。師匠に顔向けできないな。良くしてもらったのに…。こんな結果で終わるのかな。
どれくらい昇ったのだろう辺りには靄が立ち込めている。まさか雲まで昇ったのだろうか。
ふと冷静になったようだ。枝の様子の変化に気付いた。
微かにジュウと音を発して、微かに湯気を立てて、消失していく枝がある。目の前の枝も少しずつ萎れるように細くなっていく。そして、消失した。ただ次々に新しい別の枝が現れて、僕の拘束が解かれることはない。
雲まで昇ったのかと思ったが、このモンスターから立つ湯気だったようだ。
また、どれくらい昇ったか、移動する方向が変わった。僕は枝に拘束されたまま、幹の間をすり抜けていった。このモンスターの中心の方へと向かっているようだ。
枝や葉のない、部屋の様にぽっかりと開いた空間に運ばれた。直径が10メートル程だろうか、円形の空間だ。
その空間の中心辺りで、僕は拘束を解かれた。僕をここに運ぶのが目的だったということか?そういえば今回はとげが刺さっていない。血を吸われていない。
僕をここまで運んだ理由は何だ?
…きっと逃げ道なんてないんだろうな…。
そうか、ヴァンパイアだからだ。ふと気が付いた。
このモンスターが湯気を立てていたのは、ヴァンパイアだからだ。陽の光にあてられて、表面から少しずつ消失しているのだ。
ははは、このモンスター、とんだヘンテコ融合したもんだ。
ジャンヌにはどうして、そういう事がすぐにわかったのかな。もう、聞く機会はないのだけれど。
こいつはこのまま放っておけば、いずれ消えるのだ。
だからといって、僕は自分の生み出した怪物に同情や憐れみを感じることはない。ジャンヌを殺したこのモンスターに「ザマァ見ろ。」と思うだけだ。
なんというか、冷静になったというよりも、冷めてしまった。こいつが町に迷惑をかける前に消えてしまえばそれでいいのだ。
ホントに、こいつは僕をここへ連れてきて、どうするつもりなのだろう。
「怖いの?」
背後から声を掛けられた。まさか他に人がいるとは思っていなかった。子供だ。僕より5つくらいは下だろうか。白い髪の女の子だ。一瞬、ジャンヌを連想したが…。
「パパはボクのこと怖い?」
「パパ?」
この女の子が、普通の子供ではないということはわかる。あきらかにおかしいから。ここにいることもそうだし、言っていることもおかしい。
「やっぱり、この姿だから?この姿…、ボクだってパパに似た姿が良かったんだよ。でも、パパはボクに血を吸われるの嫌みたいだったから、最初の少しだけしか吸わなかったでしょ。だからあの女のほうに似ちゃったんだ。パパの所為なんだからね。」
「血を吸った?…あの女?」
「そう、パパの近くにいた女。すごく嫌な感じのひと。パパを襲った。」
「そばにいた人、…ジャンヌのことか?お前、いったい?」
「やだな、パパったらボクがわからないの?」
「なんでここにいる?」
「なんでって、ここはボクの中だよ。ボクがいるのは当たり前じゃん。」
この子の言うことを信じれば、この子がこのエルダートレントヴァンパイア?ってことになる。
ということは、この子がジャンヌを…。
僕は無意識に女の子の首に手を掛けた。グッと力を入れて締める。
「パパ、もっとギュってして。」
とても人の反応ではない。たぶん、いや間違いなく、感触が全然違う。硬い。まさに木その物だ。
「お前が、ジャンヌを。」
「あの女、パパを食べようとしていたんだよ。怖いから、刺しちゃった。ボクお利巧さんでしょ。」
「良いわけがあるか。バカ!」
僕の震える手には、何の力もなかった。全く相手にされていない、それどころか口をすぼめて拗ねた様子を見せている。
「なんか、パパ嫌い。」
「…。」
「せっかくここまで運んであげたのにさ。そういうの全然褒めてくんない。ブー。」
「運んであげた?」
「だって外は、ジゴクだもん。溶けちゃうもん。パパは身体が小さいから、ボクより早く溶けちゃうでしょ。ボクの中にいれば安心でしょ。」
「安心…。」
「ん、安心。安心。」
「僕はお前とは違う。僕は人間だから、陽の光の中でも溶けない。」
「えー、そうなの?パパすごーい。すごーい。」
女の子は無邪気に、僕の足に絡みついてきた。
…これは何なんだ。
僕は何もできずに、尻餅をついた。
何もできない僕は、ボーッと宙空の合わない視点に彷徨っていた。
その間、このモンスターの女の子は、ずっと隣で幸せそうに僕の腕に絡みついていた。
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