第14話 巨大複合モンスター誕生しました。
視界はすべて黒く染まっている。黒い霧といえばいいのだろうか。ほんの1メートル先すら見通すことができていない。それは全体に流れ動き、僕の後ろから前へ、左から右へ、右から左へ、大きな蛇がうねるように僕の視界を遮る。すぐ近くにいるはずのジャンヌの姿も、この黒い奔流によって見つけることができない。
これは魔素ではないか?マナでないことは確かである。突然の事で、僕の起こしていることなのかどうかもわからない。
ただ、この奔流の向かう先だけは確認できる。マグマのようにドクン、ドクン、と蠢く黒い物体。
これ何?僕がやったの?違うよね?うん、違う。だって僕、今何もやっていないもの。
黒い霧は物体へ向けて流れ続ける。いや物体が黒い霧を吸い込んでいるのか。
「ユウキ、こいつはたまげたぞ。」
ジャンヌが声を掛けてきた。やはりそばにいるのだ。
「ジャンヌ!これ何?この黒い霧。それと、変なモンスター?が出てきたぞ。」
「霧はいずれ終わるよ。この丘に染み込んだ魔素が出尽くしてしまえばね。」
「魔素。そうか、やはり魔素か。こんな量と濃度は初めて見た。」
「ユウキはここがどういう場所か知っているかい。」
「ドロテアの丘だよね?その昔ドロテアさんが悪いやつをやっつけたって言い伝えを聞いた。」
「そう、それもあるし、さらにその昔には、その悪いやつに滅ぼされた国もあった。滅ぼされた国。滅んだ国。虐殺した、されたなんてことが何度もあったのさ。その昔またその昔もね。それらの怨念が呪いとなって、この土地に重なって積もっているのさ。」
周囲の魔素が薄くなってきた。
やっとジャンヌの姿が見えてホッとする。
「そして、それらを呼び起こして集めたのは、ユウキ、君だ。」
「僕?僕何もやってないよ。ほら、なにも…。」
「君、自覚がないことはないよね。」
「…はい。…なんか、すごくいけそうだったので、いけるだけいってしまいました。」
「見ろ。覚醒するぞ。」
黒い霧が晴れた。土地の呪いをすべて吸収し終えた黒い塊は、悠々と世界を堪能しているように見える。
その存在から目が離せない。
呼吸を忘れていた。一呼吸程の間だったのか。それとも一瞬のことだったのかわからない。
爆発したかと思うような膨張。
数千も重なった叫び声のような轟音と共に黒い塊は、視界が全て覆われる程急激にその体積を増す。
幅は、わからない。高さは、わからない。師匠を10人縦に並べてもたぶん足りない。ということは20メートル?30?40?
そんなことを考えている間も、ぐんぐん伸びていく。
足元から何か絡みついてきた。木の枝だ。これは木だ。この大きさの木、ということなのかな。聞いたことがない。
「痛っ。」
絡みつく枝の棘が刺さったのだ。僕は持っていたナイフで枝を掃った。
すると枝の切れ目から血が噴き出した。
僕が慌てて足に絡みついた枝を掃うと、その血は止まった。この血は、この木の物じゃない。これは僕の血なんだ。
「ジャンヌ、気を付けて、こいつ血を吸うんだ。」
「トレントだね。でもこれは、とても普通じゃない。いろいろと混ざってるみたいだね。ユウキ、君の力だ。先にドロテアが滅ぼしたヴァンパイアに、そのヴァンパイアが滅ぼした国の王、この土地の原始の森の長、長年この場所に蓄えられたすべての呪いがひとつに融合したんだ。」
ジャンヌの表情が変わった。
黒ジャンヌ。
たまに顔を見せる、たぶん凶暴なジャンヌ。
「エルダートレントヴァンパイアとでもいうのかな。」
「…どうしよう。ねぇジャンヌ。」
「いいね。いいよ、ユウキ。ちょっとツバをつけちゃおうか。」
ジャンヌの右手の指先が、黒く光る。
指が僕の左肩に入ってきた。
ジュゥと焼けるような音、激痛が走る。
「ツバつけちゃった。」
「ジャンヌ、いったい何を…。」
ジャンヌの猟奇的な笑み。身体が動かせない。一気にいろいろありすぎじゃない?頭の中の処理が追い付かないんですけど…。
コンッと木槌で杭を打ったような音。
木の枝が、ジャンヌの
「油断したなぁ。」
ジャンヌは確かにそう言って、舌を出しておちゃらけた様な表情をした。
時間がスローモーションで動いた。見る見るうちにジャンヌは萎んでいく。血を吸われている。僕はナイフで枝を落とそうと動いた。自分の動きも周囲の動きも遅々として進まない。動いても動いても手が届かない。ゆっくりと近づく僕を待たずに、ジャンヌの身体は霧散した。
ジャンヌの消えた後に、ボトリと何かが落ちた。
身体がガクガクと震えた。力が入らない。僕は膝から崩れ落ちた。
僕の目の前に落ちているモノは、何かの爪のようだが、大きい、手のひらからはみ出すほどの大きさがある。
なんだこれは…。
ジャンヌは、…ジャンヌは何処だ。ジャンヌを何処へやった。
周囲に漂っているであろうジャンヌの欠片を、僕はかき集めようとした。しかし、いくらかき集めても、かき集めても、それを手にすることはできなかった。
いつの間にか、エルダートレントヴァンパイアは成長を止めている。
ギュィィウゥと、木の擦れる音が何重にも重なり鼓膜を振動させる。エルダートレントヴァンパイアが動き始める。
それは、人が歩くよりもゆっくりとしたものだった。
しかし、その向かう先にはレントンの町がある。
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