第13話 このゲームに勝敗はありません。
「ゲーム?」
「そう、ゲーム。ユウキもマナ操作を覚えたことだし、それを使ったゲームをしよう。」
僕らは場所を移動することにした。
そのゲームとは何なのかわからないままジャンヌについていく。何か間違いが起こるとここの薬草が全滅するかもしれないから、ということらしい。あまりあぶない遊びはしたくないんですけど…。
見かけによらず、ジャンヌは足が速い。僕はついていくのがやっとだ。ドロテアの丘の、丘腹の上りを駆けあがる。前を行くジャンヌから、良い香りが風に乗ってやってくる。
んー、癒される~。
そのおかげで、途中何度か足が止まりそうになった僕は、もうひと頑張りできるのだった。
ドロテアの丘には、頂上付近に並のお城が建つくらいの平らな土地がある。そこは、その昔この一帯を拓きレントンの街を建設した英雄ドロテアが、一帯の主であった凶悪なモンスターを葬った場所なのだが、いまだにその主の呪いが残っているといわれている。
長い間放置されている場所にもかかわらず、高い木などは1本もなく、僕の腰の高さほどの雑草しか生えていない。
「さてと、この辺りでいいかな。」
息ひとつも乱していないジャンヌが、足を止めて振り向いた。いきおい僕は平静を装ってみる。…が、ダメでした。汗だくで、真っ赤な顔していれば当然だ。鼻から息がズーズーと漏れてもいる。
…笑われた。
「やり方は簡単さ。マナを集めらるだけ集める。」
「それで?」
「それだけだよ。」
「なんだ、わざわざここまで来る必要もなかったんじゃない?」
「マナを集めるだけ集めるからね。失敗すると大爆発なんてことにもなりかねない。」
「…そ、それは、…あむないね…。」
「まず見ていてよ。…ユウキはモンスターが生まれるところを見たことがあるかい?」
「あっ、ある!」
「うん。あれは”魔素”が一定以上の濃度で滞留すると、自然発生的に生まれるわけだけど、」
「魔素!?」
「あれ、知らない?」
「いや、あの、…モンスターが出してる黒いモヤモヤ?」
「そう。同じことをマナでやろうってこと。」
ジャンヌが構えに入った。直立のまま、足は肩幅程度に開き、手も自然な感じに少し横に開く。集中し目を閉じる。まつ毛長っ。口をクッと横に結ぶ。あの闊達な笑顔を作っているとは思えない上品な唇。
…ジャンヌって、かわいいよな。
そうだ、なんで僕はジャンヌの言うことに逆らえないのか。なんでジャンヌに主導権を渡してしまうのか、自分でも不思議だった。…かわいいからだ。
ジャンヌは全身がマナに包まれたように淡く光っているように見える。まるで天使のようだ。ジャンヌ、君はとっても素敵だぁ。
自分でも不思議だった。なんだこのテンションは?
って僕は真剣に何をやってんだ。まったく恥ずかしいったらない。
ジャンヌの眉間の位置から前方1メートル程離れた宙空に、マナが集中する。
シュンッとマナの光がなくなったと思うと、そこに何か小さな物が、ポンッと生まれた。伸ばしたジャンヌの手のひらに乗る。ぷよぷよと動いている。スライムだ。スライムだ。
…スライムだ。…生まれた。いや、産んだ?
「白だ。今日は調子がいい。」
「すごーい。ジャンヌ、すごーい。どうしたのそれ。すごーい。触っていい?ねぇ、触っていい?」
僕は興奮している。変?興奮するよね。普通だよね。
プニプニしている。間違いなくスライムだ。へぇー、僕にもできるかな?
「白だから全属性だね。集中できた証拠だ。雑念があると1つの属性に偏ってしまって色が変わるんだ。さらに欲が出ると爆発したりする。」
「ふーん。で、このスライムをどうするの?」
「このスライムは、食べちゃう。パクリ。」
えぇーー。
「驚くことはないだろう。このスライムは私が生んだ時点で、もう私の虜なんだからね。さっきの君の薬草と同じさ。食べるってのは、あくまでイメージね、身体に取り込むっていう。そして自分の力になるんだ。腹に溜まるわけじゃない。わかるだろう?」
「ま、まぁね。」
言いにくいので言いませんが、”テッテテー”とかやってたから、あんまりわからなかったです。お恥ずかしい…。
「さ、やってみて。」
「僕?…もやるの?」
「当然。ゲームだもの。生まれたスライムの色、大きさ、そして何より美しさで勝敗を決するのさ!…スライムとは限らないけど。」
「…変なの出て来ないかな。スライム以外のものができちゃったら、どうなるの?」
「大丈夫。人が扱える程度のマナの量だったら、スライムしか生まれないから。」
「そ、そう?でも、さっきは爆発するって…」
「さぁ、やってみよう!」
ジャンヌはニコニコ顔だ。こちらを注目している。なんだかんだ言ってはみても、いいとこ見せたい。よね。
気を引き締めよう。集中、集中。
視界の端にジャンヌの姿がチラリ、ふむ、眼は閉じよう。全身で周囲のマナを感じる。いつの間にか、そんなことができるようになった。結構広い範囲を感覚的に把握できる。時間をかければ自然と、その範囲の外からもマナは集まってくる。そして伊達に薬草を虜にしているわけではない僕は、周囲の草花からもマナを集める。そのおかげかはわからないけど、そうする。根こそぎだ。根こそぎ集めてやる。地面からも湧き出すマナを集めるぞ。
集中!前方、宙空の一点に集中する。
圧縮する。
パリッ…と、卵の殻を破るような感覚があった。世界が急に広がる。これも薬草を虜にしたおかげなのかな?周囲の草花たちが、おそらくはこの丘全部の草花たちが、僕の呼び掛けに応えている。まだまだいける。
チリチリと肌が痛い。まだまだだ。風が僕の前方の一点に向かって吹き抜けていく。ふいに、そこにジャンヌの笑い声が混じる。豪快な笑い声、…。
…いや、これは黒い笑い声だ。黒ジャンヌ出た。
「ユウキ、君はすごいよ。まさかこれ程とはね。ほんとに期待以上だよ。」
眼を開けた僕は、自分の眼を疑った。
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