第10話 断捨離?気分。

 お泊り特訓の1日目の日が暮れていく。

 川原で石を組み竈を作って火を起こす。鍋を火にかけごはんの準備だ。基本旅に携行する食事は保存に適した物、干し肉や穀物の粉を固めたものだ。鍋に放り込んでしばらく待つ。

 調味料など贅沢品は使えないが、干し肉から味が出ているので美味い。

 食べ終わるころには夜も更けて、辺りは星の明かりと火の明かりのみだ。ジャンヌは連れに薬を飲ませるために帰ってしまった。町とは違う方へ行ってしまったが家は何処なのだろう?行った方向に集落などはないはずなのだが…。



 今は僕ひとりだ。

 お泊り特訓は薬師としての腕を磨くためにやっているのだが、僕はジャンヌのことが気になって集中できない。

 いや、正確にはジャンヌではなく、ジャンヌの持っているものだ。彼女にナイフを持って行かれてしまったのだ。お母様から貰ったものだ。


 僕は確かにそれを身に着けていたのだが、気が付いたら彼女が手に持っていた。

「いいね、これ。ちょっと借りて良い?」

 いやいや、だめに決まってるでしょ。

「ありがとう。また来るからその時にね。」

 なに?僕、まだ返事していないけど!その問い掛けはフリ?フリなの?もしかして、ジャンヌじゃなくてジャイアン?…ジャイアンってなんだ?

「じゃ、またね!」

 ダメだってば。それ大事なものなんだって!待てって…

 ジャンヌは基本人の話を聞かない、自由人タイプっ子だ。展開が速くてついていけない。僕、一個も返事してないよ。



「あぁ…。」


 ジャンヌはとても身軽で、それこそ飛んでいるかのように森の中を駆けていった。追いかけたが、あっという間に見失ってしまった…。


行ってしまった…。



 僕はブツブツと独り言をつぶやきながら薬の研究に勤しんでいるのだが、大丈夫だよね。僕被害者なんだしおかしくないよね。変な人扱いはされないよね。


「マナか。」


 口に出してみるのは大事なことだ。ジャンヌの方は、また来ると言っていたので大丈夫だろう…?気持ちを切り替えよう。

 小さく魔法を発現させる。指先くらいの大きさの氷が手のひらに乗る。冷たい。


「魔法の基本は、そこにすでにあるものを操作すること。」か。ジャンヌに言われて思い出した。お母様から魔法を教わったときに聞いた話だ。その時はよくわからなかったし、よく考えようともしなかった。その基本を理解することで、環境属性を利用し魔法の効果を最大限に引き出すことができる、とかなんとか…。


「基本ができていない。」か…。


「在るものを変化するってことは、物を動かす、または状態を変化させるってことかな。温める。冷やす。圧縮する。拡散する。活性化する。減退化する。…。」ってとこかな…?


 要するに氷魔法は冷やしてるわけで…、?、何か違うのかな?

 もう一度やってみよう。…。


 もう一度。…。…。



 ………。…。



 …。


 …。




 つ、疲れたー。魔法の連発は思いのほか疲れる。なんだろ。何が違うのかな。氷は冷たい。だから冷やしてるわけで、…何を?それは水だよね。じゃ、水はどこから出てきた?ってことか!…どこから来たの?…。

 マントにくるまってゴロゴロする。マナってなんだ?なんだ!

 ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。ゴロゴロ。


 チリチリ…。


「チリチリ?」


 パチッ!


「アチッ!ああっ、マントに火がー!」


 竈の火が、引火した。すぐに消すことはできたが、大事な貰い物のマントに、焼けて穴が開いてしまった。ぐすん。


 …これ、魔法で何とか直んないかな?


 んー。だめだ。これを直すとしたら治癒魔法ってことになるのかな?物だけど皮だし?でも、僕は治癒魔法はできません。


 魔力を増幅してくれるという、お母様が用意してくれたナイフ。お母様が用意してくれた、ナイフ…お母様の…、リュックの中をガサゴソ、ガサゴソ。ナイフがない、ふ?


 そうだった。ナイフはここにはないのだった。



 …なんだか急に故郷が懐かしく思い出される。


 お母様、お身体を悪くされていたから心配です。ユウキは遠くからお母様のご健勝をお祈りしております。

 クラウディウス兄は中央の士官学校で順調にやっているだろうか。

 優しいファビア姉とユリア姉は、もう結婚して良い年齢だけど、良い人はいるのだろうか。どうか、良縁に恵まれますように。

 ケッサク兄はどうでもいいや。

 ロッテは小さいからな。一番気にかかる。僕よりでかくなっていたけど…。悔しくなんかないんだからな。元気かな。きっとロッテは言われなくても元気だよな。



 僕は涙をグッとこらえて、がんばるのだ。


 まずはマナの研究だ。いや、薬か。いや、マナ?いや、薬?…。


 …。…。


 明日からがんばるのだ。


 ……




 気が付いたら、気持ちが、身体が、妙にリラックスしている気がする。穴の開いたマントを下にして、川原に仰向けに寝転がる。ゴツゴツした石が背中や腰に当たって痛いがそれでいい。そういうもんだ。考えてみればこちらに来て半年、あまり気持ちが休まる時間がなかった気がする。


 不思議な解放感があった。


 ぼんやりと夜空を見上げる。僕と月と星との間だ、風がゆっくりと揺れている。見える、これがマナだ。薬草から出ていたものと同じものだ。草花や虫や動物、僕も例外ではない生き物には、マナはより強く宿る。強いマナは淡い、ヒカリゴケのように光って見える。


 ここはマナが濃い。まるで星の海に浮かんでいるようだ。


 大きな月の船はどの星よりも早く空を渡る。時間がゆったりと流れる。そう実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る