第9話 特訓はじめました。

 重い、予想以上に重い。

 お泊りセットに、師匠から貰ったお古の薬研、種々の生薬。これから5日間、例の薬草群生地にお泊りします。お泊り特訓です。


 マットはお家、師匠の下でお勉強。

 僕はお外でほったらかし。普通、逆じゃないだろうか?

 師匠曰く「やってみ。」だそうな。そりゃ仕事を手伝ってはいたけれども…。


 まだ年端もいかない若者を、ひとりお外に放り出すなんて酷い。外は危ないよ。モンスター出るよ。ま、スライムはいいよ、水枕だし。でもゴブリンでるよ、ゴブリン。朝ゴブ、昼ゴブ、夜ゴブ、ゴブゴブ休まる時がないよ。師匠曰く「寝なきゃいいじゃん。」だそうな。


 スキル「眠らない」を授かりました。

 この生薬エフェドル(仮)をゴリゴリとすり潰し、コニャコニャ、ファッファと成分を抽出し、塩胡椒で味を調える的な感じで、眠らない薬の完成です。多用は禁物だそうだ。



 なんだかんだと言いながら、ルンルンしている内に、到着した。


 一般に傷薬の材料として用いられる、薬草は成長が早くて助かります。



 ん、珍しく先客がいる。薬草を採取しているのかな?薬草の背丈がだいたい僕の身長位だから直に見えるわけではないが、そこにいるのがわかる。モンスターではない。モンスターは、周囲が常に”魔素”でモヤモヤしているから、違いはすぐにわかる。

 薬草は原料としては低ランクのもので、傷薬の原料くらいにしかならない。傷薬より上位の上傷薬になると、別の生薬が原料になる。その原料もギルドから簡単に仕入れることができるため、大方の薬師達は安価な傷薬よりも上傷薬を好む。こと傷薬に関しては、この地方ではコンデコマン印がほぼ独占状態なのだ。

 そんなことで、薬草しかないここに人がいることは、非常に珍しい。


 ガサガサと薬草の茂みをかき分けて近づくと、相手もこちらへ振り返る。めずらしい白い髪の毛、腰のあたりまで伸ばしたサラサラストレート。色素の薄い青い目が印象的で、眼があった瞬間ドキッとした。


「こんにちは。」

「やあ。こんにちは。」


 肌は透き通るように白い。あまり外に出ることがないのかな?身長は僕よりも少し高い。少しね。

 街で見かけたことはないが何処の子だろう。

 ダボダボの長ズボンは良いのだが、上はノースリーブ。そんな格好じゃ、綺麗なおててがかぶれちゃうよ。


「珍しいな。ここで人に会うなんて。」

「連れがひどい怪我をしててね。薬草が必要なんだ。」

「薬草のままでは、あまり怪我には効かないよ。加工して傷薬にしないと。」

「そう、君がやってくれるのだろう?助かるよ。」


 なんだか、すごく強引な子のようだ。それに話し方が女の子じゃないみたいだ。


「ま、いいんだけど。」


 ズボッ!


 女の子はワイルドにも程がある、薬草を根ごと引き抜く。僕はあんぐりと、開いた口が塞がらない。


「はい!お願い。」

「…ち、違う違う。薬草は根ごと抜いちゃダメなんだよ。根っこには毒があるからね。処理の仕方が違うんだ。根っこは難しいんだよ。葉っぱだけでいいんだ、葉っぱだけで。貸して…」


 僕は女の子から薬草を取り上げ、元の場所に埋め直す。薬草は強い草だから埋め直しても大丈夫だ。ま、強いとは言っても根ごとにボロボロと採っていれば、あっという間になくなってしまうでしょ。葉っぱだけを、しかも程度の良いものを、適度にバラけて違う株から集めるのが良い。


 女の子の顔が、ヒョットコ顔になっているのなんか気にしない。気にしない。

 良い葉っぱ薬草を収集する。収集する。収集する。楽しくなってきた。


「へぇ。君、見えるのかい?」

「ん?見える?」


 女の子が割り込んできた。見える?薬草だけど、?、君には何か見えているの?ヒョットコ顔で何が見えているの?


「ヒョットコ顔、もうしてないから。…いや、マナの濃い物ばかり採ってるから、…ん?見えてんじゃないの?」

「…マナ?」

「うん、マナ。」

「もしかして、モヤモヤ?」

「もやもや?」

「…マナ!」


 そうか、そうだったんだ。やっぱり名前って大事だ。魔素とは違うものなんだ、このモヤモヤは。違うと考えればよかったんだ。

 違うと考えれば…。


 考えれば…。


 …。


「どうしたらいいの?」

「知らん。」



 やっぱりこの人、男ではないだろうか?


「君、名前は?僕はユウキだ。」

「私、ジャンヌ。」

「ジャンヌ、…女の人の名前だ。」

「当たり前だ!そんなことより、それからどうするんだ?」


 なんだ、そんなことも知らないのか。ここから、ジャンジャジャーン、師匠からもらった薬研の登場だ。僕の腕の見せどころ。ゴロゴロゴローゴロゴオロゴロ。しぃお・こしょぉう~(仮)。ゴロゴロゴロォ…、


「あぁ、もったいない。」

「なんだよ、知らないくせに。口を挟まないでくれる?」

「…じゃ、言わない。…じぃーぃ…。」

「わかるよ。普通はね。普通は一旦乾燥させるのだけれどね。コンデコマン印は新鮮さが命なの!」

「消えちゃったよ。」

「消えた?なにが?」

「マナ。」

「マナ?」

「見えるんでしょ?」

「うん。消えたよ。しょうがないんじゃない?いや、ヒョットコ顔はいいから!」


 ジャンヌは、また薬草を根っこごと引き抜いた。文句を言おうとした僕を手で制する。小川で泥を落とし戻ってくる。


「私の作った薬のほうが、君のより優秀だよ。あ、根っこは毒なんだっけ?千切っちゃおう。ブチッと、これでいいよね。マナが残ってるうちじゃないともったいないじゃん。」


 一瞬、空気が固まったような気がした。ジャンヌの手の上で薬草が小さく丸まっていく。スイカくらいの大きさだった物が、見る見るうちに小さく、小さく、大豆くらいの大きさにまで小さくなった。


「ほら、マナ抜けてないでしょ?」

「うん。」

「君、魔法できるんだろ?だったらマナはわかるだろ?えっ、気にしたことないって?まじかぁ。君って天然?天然なの?」

「天然…。」

「なんか魔法使ってみてよ。得意なやつ。」


 僕は呆然としてまともな受け答えもできなかった。促されるままに魔法、僕の得意な魔法といえば氷の魔法、を発現した。


「なるほど自覚がないんだ。おもしろいな君は。基本が全くできていないんだ。」



 基本…か。同い年くらいの女の子に、一寸でダメ出しされた。


 魔法には少し自信があったのに…。



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