第7話 すごいものを見てしまう。

「ふーん、面白いな。な、マットどう思う?」

「どう?効果はあるのかな?」

「効果はどうかな。たぶんないと思うが、この発想がな。魔法の使えないワシらにはない発想だな。」

「ですね。っていうか、ユウキは魔法が使えるんだな。すげぇ。」

「少しかじった程度だよ。」


 そう、この国では、魔法はあまり一般的ではないのだ。僕は両親共に魔法が使えたので、魔法が周りにあることが当たり前だったけど、ま、確かにお父様が勇者って、一般的じゃないものね。


 薬には、仕上がりによって等級が決められる。

 傷薬と高傷薬などのそもそもの名称が違うものは、作り方から違うため違う商品として扱われる。もちろん効果は全く違うし、値段も10倍以上も違う。

 等級というは、同じ商品、傷薬なら傷薬の中でも、効果や使い心地の違いによって、1から5級まで当てられた商品の評価基準だ。


 残念だったことには、この後、師匠が氷の中の薬草を使って傷薬を調合してくれたのだけど、効果はなかった。というか逆に少し等級が下がってしまった。


「ユウキ。今度はこれ、氷で包むんじゃなくて、これ自体を凍らせて持ってきてくれ?」

「うん。やってみる。」


 自分でやることが特別にできたようで、ちょっとうれしい。隣で兄弟子のマットが悔しそうにしてるし。優越感。


 …

 でも、残念でした。翌日は師匠に言われた通り、薬草自体を凍らせようと思ったが、上手く凍らせる事ができなかった。どうやら僕の魔法では、氷を造り出すことはできても凍らせる事はできないようだ。


「んー。ダメか?残念だったな。」

「ん。」


 何故か、隣のマットがドヤ顔だ。兄弟子さん、あなたが何かやったわけじゃないよね。でもなにも言えないのがくやしい…。



 いつものようにドロテアの丘沿いにある、薬草群生地帯を2つに分断するように流れる小川の川原で、僕は薬草の鮮度を保つ魔法を研究していた。

 川原に腰かけて、流れや飛沫など水の動きを足先で感じていると、気持ちがスッキリし考えがよくまとまった。


 ひとつの発見があった。

 凍らせる事ができないならと、葉の形に沿って極薄で氷を作ればどうだろう?と葉の形をじっくり観察していたときの事だった。

 摘んだばかりの薬草には、薄い膜があるのだ。しばらくすると消えてしまうのだが、さらに観察を続けるとこの薄い膜は、実際には膜ではなく、煙のようであることがわかった。それはスライムを倒したときに現れた煙と同じものではないか。


 と、新たな発見について仮説を立ててみたものの、この日その仮説が、僕の求める結果に繋がることはなかった。

とりあえず、今日は、薬草を両手で力いっぱい挟んで、両の手のわずかな隙間を凍らせる要領でいけるかな?…。


 …


 ダメかー。



 しばらくは、そんな試行錯誤の日々が続いた。


 今日もいつもの場所で、ひとりで薬草を採取し、いろいろ魔法を試していた。

 今日、マットは師匠について薬の調合のお手伝いだ。うらやましい。


 川原の丘側の茂みがカサッと揺れた。

 

 ガサガサと姿を現したのは、ゴブリンだ。


 ゴブリンは嫌いだ。

 ゴブリンはモンスターの中では、極めて弱い部類にはいる。成体に達したところで、人間の10歳に満たない程度の身体に知能しか持たない。しかしゴブリンは、自分よりも力の弱い人間の子供や女性を狙って、人里近くに潜むことが多い。そして、その毒牙にかかった人は執拗に玩ばれ、悲惨な死を迎えることになる。そんな陰湿な性質を嫌いな人は僕以外にも多い。それに、スライムと違い死体が残るんだよね。


 基本的に、同じモンスターはモンスターでも、死体が残らないのが魔物、死体が残るのが怪物と分けられる。



 ガサッ、背後の薬草群が音を立てる。余計なことを考えていると、ん、いつの間にか囲まれている。僕を挟んで川の上流側と下流側にもゴブリンが姿を現した。


 しかも、ゴブリンは倒しても食べられないんだよね。


 右側から矢が飛んできた。同時に後ろのゴブリンにも動きがある。連携してきた。


 僕は後ろに構わずに、右側の弓矢持のゴブリンを狙う。


 頸動脈を一刃。

 ゴブリンは細身なので、ナイフでも軽く頸動脈まで刃が通る。僕はそのままの勢いでゴブリンを通りすぎる。

 首から血を噴き出しているゴブリンを、川沿いに向かってくるゴブリンに投げつける。2体一緒に川に倒れる。


「多数を相手にする時こそ、1対1で対するべし。」


 はて、誰から聞いたのだったか?


 これで薬草群から出てきたゴブリンと1対1。俊巡している場合ではない。まだ薬草群の中にも気配がある。目の前のゴブリンに向けて1歩踏み込む。掴みかかろうとする手を無視して、首筋にナイフを突き立てた。


 続いて川に倒れたゴブリンの、同じく首筋を切り払った。

 3匹のゴブリンが血を噴いて倒れている。僕はさらに周囲の気配に目を凝らす。…。



 あれ?いない。退いたのかな?もっと多数に囲まれているような気がしてたけど…。

 ゴブリンは知能が低いので、普段は連携なんか考えなしに攻撃してくる。でも、今のはそうじゃなかった。どこかに上位種のホブとかナイトとか、そんなのがいるのかもしれない。


 まだ視線を感じる?視線というか、圧力というのかな?しかし、襲ってきそうな感じはしないな。

 いつからかだったか、分からないけど僕はそういう気配みたいなものが判るようになった。剣の達人の持っているという”心眼”とかそういう系統のものではないと思う。なんというか、空気の流れみたいなものを、目で見て分かるようになったのだ。


 そうだ。いつからなのか?

 僕は普通に戦闘でナイフを使っているが、特に誰に習った訳でもないのに…。こういうのセンスっていうのかな?…な~んてね。



 僕はゴブリン達の死体を、薬草に影響がないように、森に入ったところに集めた。軽いな。大人でも1匹で僕より軽い。3匹とも完全に絶命している。身体から煙のように漏れ出すものがあるからわかる。これはスライムと一緒だね。このまま死体も消えてくれればいいのに…。


 しばらく、煙みたいなものを観察していると。…、

 煙みたいなものというのでは、いつまでたっても不思議ちゃんのままになりそうなので、仮にこれを”魔素”と呼ぶことにしよう。

 魔素は大部分が飛散して消えてしまったが、ゴブリンの死体の隙間で、澱の様に溜まって消えない部分があった。そこでは魔素はどんどん濃くなっていく。


 それは、一瞬のことだった、溜まった魔素が一点に凝縮したと思ったら、スッと消えた。

 魔素が消えた一点、小さなプヨプヨしたものが…、スライムだ。

 スライムの子供が生まれた。


 動いている。さらにゴブリンから漏れ出た魔素が、今度は溜まらずにスライムに吸い込まれていく。食事をしているのだ。

 そのうち、ゴブリンからは魔素が出なくなった。スライムの子供は気持ち大きくなったように見えた。


 僕は、すごいものを見てしまったのではなかろうか。



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