第6話 一日一歩は進みたい。

 ここ、ファブリスは大陸一の巨大国家だ。馬車でポクポク東西を横断すれば、1年以上かかるというから相当な広さだ。僕は今ファブリスの東の都市、レントンにいる。


 レントンは首都プロクタスと、隣国であり僕の故郷のあるリセッシリアや、その南で接するムコウクンゼンとの貿易で栄えている都市だ。

 貿易都市というだけあり多様な民族、種族が集まる混沌とした町だ。僕のような弾かれ者が、身を落ち着けるには丁度良い環境である。また、偶然にもこの町にたどり着けたことは、僕にとって大変に幸運なことだった。

 この貿易都市は、様々な面でとても寛容な町である。その一つに、僕のような出自の定かでない者でも、市民と認められている者が身元保証人となれば、市民と認めるというものがある。これもまた幸運なことに僕の身元保証人になってくれる大変奇特な人に、この町に来て早々巡り合えたのである。

 この町は、商人ギルドや賭博ギルド、冒険者ギルドなど様々なギルドが拠点を置いているのだが、その人は薬師ギルドに籍を置く、その道60年のベテラン、コンデコマン師匠だ。


「ユウキよ。儂はもう、何時逝くとも知れん身だ。だから息子のお前に、儂の持っているすべての知識と技術を叩き込んでやる。」


 というのが、コンデコマン師匠のここ最近の口癖なのだが、ん、大丈夫!あなたはまだまだ現役だ。

 つい昨日も、奥さんのシャティアさんに浮気がばれて、こってりと搾られたところだったでしょ。でもそんな次の日は決まって、そんな口癖がでるのである。

 ともあれ、このコンデコマン師匠のおかげで、僕は市民権を得、そして薬師ギルドに所属することができた。

 捨てる神あれば、拾う神あり。というのはこういうことかと思う。たいへんに有難いことだ。


 自分では気付かなかったのだが、5年ぶりに目を覚ました僕は、なぜか自分のことを「私」と呼んでいた。子供のころは「ぼく」と呼んでいたはずなんだけど。師匠から、子供らしくないと叱られ、僕は自分呼びを「僕」に改めた。


 薬師の仕事は大きく2つある。ひとつは、薬を作ってギルドに卸す、もしくは自分で販売(価格はギルドによって決められている)する。もうひとつは、薬師として商人や冒険者パーティの一員となるかである。

 コンデコマン師匠は前者で、基本的に材料をギルドから仕入れて、作った薬をギルドに卸している。ギルドにとってみれば、最も分かりやすい優良取引業者である。

 ちなみに、コンデコマン師匠の作る薬は高品質であるとギルドからの認定があるため、コンデコマン印ブランドとして通常よりも2割ほど高く売れるのだそうだ。


「もっと新鮮な薬草があればなぁ。」


 これもコンデコマン師匠の口癖のひとつだ。


「だったらこんな街中ではなく、郊外か一層のこと山の中にでも引っ越しましょうよ。」

「やだ。そんなことしたら。若いおねぇちゃんと遊べなくなってしまう。」

「シャティアさんに叱られますよ。」

「…いいよ。…叱られるのもいい。フフフ」


 コンデコマン師匠が何を考えているのか、僕にはよくわからないことが多い。ま、コンデコマン師匠とシャティアさんがラブラブなのは確かだ。あと、薬師としての腕もね。


 まだ薬を作らせてはもらえない。今は専ら薬草集めが仕事だ。兄弟子のマットと一緒に、町を南門から出て一時間程街道を進む。ドロテアの丘に差し掛かったところで、道を外れる。草を掻き分けさらに十五分程の森の入り口あたりに、薬草の群生地がある。


「マット。師匠はもっと新鮮な薬草が欲しいって言ってたね。」

「そうだな。言っていたな。」

「僕らが採って、その日の内に持って帰るよね。こんなに新鮮なものってないと思うんだよ。」

「そうだな。」

「何か工夫して、鮮度を保ったまま持って帰れないかな?」

「だから必要な数をサクッと集めて、サクッと帰るのさ。」

「そう。…土に埋まったまま、根ごと掘り起こして持って帰ってはどう?」

「フフ、ユウキはわかってないなぁ。そんな事したら、ここの薬草あっという間になくなっちゃうだろ。それじゃダメさ。それは師匠も承知だから愚痴ってるんだよ。」

「そう。そうだね。」

「でも、これのおかげでコンデコマンブランドが成り立っているのだから、これでもやっぱり十分な鮮度なんだよ。」

「うん。」


 マットは、僕よりも年長で15才。2つしか違わないのに、頭2つ分も背が大きい。茶色い髪に茶色い目、すごく真面目で優しくて、僕の自慢の兄弟子だ。


「?」


 2人で薬草の採取をしていると、視界の端に違和感があった。もやのように薄く、薬草の隙間から漂うように、それはマットの進む正面に立っている。


「マット、危ない!魔物だ!」

「ん。どこだ?」

「正面!」


 ヒュンと飛び出してきた、魔物の攻撃だ。

 マットは持ち前の反射神経で、それを回避した。

 空中でフヨフヨと放物線を描いて、魔物は再び草むらへ身を隠した。


「スライムだ。」

「「ふぅ。」」


 僕らは目の前の魔物を倒す前から、安堵の息を漏らした。そう、相手は最弱の魔物、スライムだからだ。スライムは子供のおもちゃにもなる、ゼリー状のプヨプヨモンスターである。でも、のどに詰まらせないように、気を付けないとね。


 マットはスライムを足で踏み潰した。風船が割れるように、スライムは弾けた。シュッと煙がたって消えてしまった。


「煙?」

「いや。何でもない。」


 そう、魔物は死ぬ時、体液などが飛散する以外に、煙のような黒い靄を発生させながら消えていくのだけれども、どうやらそう見えるのは僕だけらしい。これにどういう意味があるのか。ま、意味なんてないかも知れないけど、…つまりは考えても解らないので忘れることにした。


 採取した薬草は、一度ギルドに持って行って、査定を受けてから持ち帰ることになる。これは建前上の、原料は一度ギルドに納品され、職人はそれを薬の材料として仕入れる、というシステムに則った無駄な工程である。

 師匠としては、無駄な経費にもなる。

 実際、自分で採取した原料をそのまま持ち帰って加工する職人の方が、圧倒的に多いのが実情だ。

 でも師匠がそうしないのは、それが師匠の処世術というものなのだそうだ。僕にはよくわからない。


 とりあえず今日は、必要数だけ薬草を採取した後で、僕はこっそり余分に採取し、得意の氷魔法で氷柱に包んで持って帰ることにした。





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