第4話 オッドアイは呪いの印。

 ……


 気が付くと、アウレーリアが私の腕をマッサージしていました。

 身体を長く動かさずにいた時には、こうして刺激を与え感覚を戻さないと、うまく動かせないということらしいです。

 まさに、実感しています。

 あと、しゃべるためには、とにかく声を出すことと、舌を上下左右に動かしたり、唇を、これも上下左右に開いたりすぼめたりと、運動をしていると少しずつ回復するそうです。


 また、アウレーリアに重湯を食べさせてもらいました。食べると眠くなってしまいます。まるで、赤ん坊のようですね。私はこんな身体がもどかしくてたまりません。次に起きた時には、少しでもしゃべれるかな…。手くらいは動かしたいな…。

「…ああ、いい、うう、…。」、少しでも練習しないと…。

 …でも、眠いよ。とても、眠い…。


「ユウキ様、あまり無理なさらないで。」


 アウレーリアのかけてくれた声はすごく優しく、私にひびくのでした。



 …



「君は誰だい?」


 見たことのない人が目の前に立っています。


「なんだい、私のことを忘れてしまったのかい?結構な長い時間、2人きりで過ごしたっていうのに、君って案外冷たいやつなのかい?まあそれは良いとして、これだけは忘れないで欲しい。私はいつまでも君の味方だからね。どんなにつらくたって、寂しくたって、君は1人じゃないんだからね。忘れないでよ。」

「…。」(じぃ~~っ。)

「なんだい?その目は。いいさ、わかるときにはわかるよ。」


 …



 ベッドを覆う天蓋の赤が目に痛いので、後でセバスチャンに取ってもらおう。

 変な夢だったな。あれは誰だったのかな?何か言っていたがよく覚えていないが、自分の言いたいことだけ言って、いなくなってしまったようなきがするので、気にすることもなかろうと思う。


 アウレーリアが私の足をマッサージしてくれています。そのおかげで今、調子が良い気がします。足の指を動かしてみます。続いて足首、膝、股関節と動けば、もう歩けるような気がしますよね。アウレーリアに肩を借りて立ち上がってみたところ、多少の痛みはありつつもすんなり立ち上がることができました。実は私は、すぐにでも行きたいところがあったのです。そうです、トイレです。やはりトイレをひとりで済ますことができないのは、なんというか、とても悔しいです。

 アウレーリアに支えられながらでしたが、我ながらよくやったと褒めてやりたいと思います。ひとつ残念なことは、立ってみてわかったことですが、たぶん私は妹のロッテよりも背が低いということです。


 ロッテがご飯を持ってきてくれました。お付きの侍従エミリアも一緒です。粥に肉の汁が加えられたものでした。塩も効いていておいしくいただきました。


「ごちそうさま。」


 あっ、声が出ました。のどに少し刺激がありますが、振動が身体に響いて「じ~ん」と充実感に包まれました。私はどうしても聞きたいことがありました。


「ローザは、どこに?」


 アウレーリアは、誰のことかわからないようでしたが、ロッテが答えてくれました。


「ローザはね、侍従を辞めちゃったのよ。兄様が眠ってから、すぐだったと思うわ。」

「ロッテ様!」

「かわいそうだったのよ。ローザったら、皆からすごい怒られちゃったの。それで、嫌になっちゃったのね。きっと。」

「エミリアは知っているんだよね?なんで?」

「…私には、…わかりません。」

「?」

「申し訳ございません。わかりません。」

「あーッ!兄様、エミリアいじめちゃダメです!」

「うん、そうだね。ごめん。」


 エミリアはきっと、理由を知っています。でも、私に言えないのは、きっと私のせいだからなのでしょう。本人の前で言うのがとてもつらいことだということくらいは、私にだってわかります。私はロッテが大好きです。だからこれ以上は追及しません。ただ、もうローザには会うことができないのかと思うと、残念な気持ちになったのでした。


「兄様その目、どうされたのですか?」

「ん?…目?」


 パチクリと私は、ロッテと顔を見合わせます。


「左右で色が違うのですね。」

「…?」



 廊下からカンカンと足音が聞こえます。この音は神父様です。司祭平服でも神父様の履いている厚底靴は、歩くたびに甲高い音がして分かりやすいのです。もう1人、一緒です。たぶんケッサク兄様でしょう。


「おい、ユウキ!起きているか?神父様がお見えだぞ。」

「やあ、ユウキ、目が覚めたのだね。良かった。5年という長い間、よく頑張ったね。本当によく頑張った。周りの皆もよく頑張った。神に感謝しよう。」


 …。


「神父様、ありがとうございます。」


 私は、アウレーリアに支えられてゆっくりと片膝を床につき礼をしました。その姿を神父様の後ろで、ケッサク兄様が泣きながら見ていました。エミリアはそのケッサク兄様にもらい泣きをしたようです。


「よい、よい、どれユウキよ、よく顔を見せておくれ。…ん?」


 神父様は頬を両手で包むように、じっと顔を近づけ私の様子を確認しました。目と目が合ったところで、神父様がワナワナと震え始めます。


「ユウキよ、これはどうしたことだ。」


神父様の身体が瘧のように震えています。


「えぇ。神父様のおっしゃりようは、おそらくこの目のことだと思いますが。この目はつい先程、妹のロッテによって知らされたばかりのことで、私にもサッパリなのです。」


 …。


「ひぃぃぃーーーーっ!呪いじゃ。呪いじゃ。呪いじゃぁー!」


 神父様は喉がひっくり返ったような声で、私を突き放しました。私は後ろへ転がり尻餅をつきましたが、神父様も同様にいきおい、もんどりを打って転げてしましました。そして、神父様は変わらず「呪いじゃ。」を連呼しながら、部屋を飛び出して行かれました。


 その日の内に、私はこの町から、追放されることになりました。


 次のようなことが、神父様の名において命じられました。

 ひとつは、教会の監視のもと町外へ追放するということ。

 ひとつは、何人たりとも見送りは禁止するということ。

 ひとつは、この町にある親類との縁の一切を絶つということ。

 ひとつは、今後この町への立入りを禁止するということ。


 神父様からの命令を読み上げたケッサク兄様の私を見る目が、まるで獣でも見るような侮蔑の物だったのが、ショックでした。兄様は固い人ですから、由緒正しき勇者の家系から呪われた者を出すことが、我慢ならなかったのでしょう。


 アウレーリアが私サイズのリュックを用意してくれました。中には、ナイフと水嚢、手拭、干し肉、硬いパンが入っていました。ナイフは細工が凝っていて、鞘の部分には魔法でいうところの、世界を構成する十三行を表す樹の彫刻と大小のきれいな石が埋め込まれています。あと、肌身離さないようにと、軽く作った鎖帷子と防寒用の革製の外套を用意してくれました。

 アウレーリアがこっそりと教えてくれました。これらは、お母様が用意してくれた物だそうです。お母様はご病気で寝室から出ることができないことも教えてくれました。人に移る病だそうで、別棟の建物に隔離されているのだそうです。


 追放刑に処された人とは、口を利いてはいけないという決まりがあるので、アウレーリアも大変でしょう。かなり周囲に気を配りながら、こっそりといろいろなことを教えてくれます。

 そばには一連のことに違反がないか、教会からのお目付け役が常に私を監視しているのです。


 出発は今日の夜中と決まっています。

 私は出発までの間に、ご飯を食べました。また、ロッテが持ってきてくれました。パンと柔らかく煮たお肉でした。食べている途中で、ロッテが私に話しかけようとしたところを、エミリアが制止し、そのまま連れて行ってしまいました。

 ご飯を食べた後、アウレーリアが私をギュッと抱きしめてくれました。私はアウレーリアのことはあまり知らないままでしたが、私がアウレーリアのことを知っているよりもずっと、アウレーリアは私のことを知っているのだと思いました。私は幸せ者です。少し涙が出てしまいました。


 お母様にもひと目でいいからお会いしたかったのですが、それは叶いませんでした。ひと目だけ、元気な姿を見せたかったし、見てもらいたかった。


 さて、時間が来ました。私は教会の人に連れられて馬車に乗り、屋敷を後にします。幌のない馬車の荷台から、ゆっくりと遠くなる明かりのない屋敷を眺めていました。





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