第2話 天使は困っています。

 …勇者、食われてるやん。


 私がこの場所に落とされた理由が、今わかりました。しかし、少し遅かったようですね。神様より拝命した「勇者の魔王討伐のサポート」は、これにて遂行不能となりました。

 当座の心配は、私自身ということになります。私には魔王サタンを倒すことはできませんし、このままでは私は神様に叱られてしまいます。


 この勇者、再生できませんかね。体の一部さえあれば、もしかすると神様なら再生できるかもしれません。

 つまり、目の前にある勇者の頭部を持ち帰ることができれば。

 しかし、この勇者の頭部を動かした時点で魔王サタンは、確実に私の存在に気付くでしょう。

 ここは魔王サタンの結界の内側です。この異常な魔素の濃さもそのためですね。そのような場所から、魔王サタンに捕捉されてからの逃亡など、できるわけがありません。


 ただし、

 勇者をこのまま放置した場合。神様に叱られます。これはもう、選択肢に挙げるまでもないですね。


 


 ………………………………………………………………………………。


 …さて、違う方法を探しましょうか。



 第3の選択肢、…逃ぼ、

 いやいやいやいや。思い止まれ。冷静に、冷静に。


 うん、決めました。頭を持って帰るほうに3千点ぶっこみます。

 はらたいらさんに賭けるよりも、確率激低です。ていうか、賭けが成立すらしません。神様ってたいへんに怖いのです。


 邪悪なものを退ける、神聖術最強の結界術。

「コンプリートリー・バリカー」×10。

 強力な神聖結界術です。これでサタンは、「クリア」の時の様になんとなくではなく、はっきりと存在を認識するでしょう。しかしそれは私ではなく、直径1メートル程の白く発光する結界の球10個の存在を、ということですが。それを、サタンの周囲にばらまきます。

 ほら、サタンは猫がねずみに噛みつくように、結界の玉を追い回しています。私の存在と、勇者の頭の動きが、結界の強い神聖の力に紛れるわけです。

 小さいとはいえ最上級結界術を10個も、…この時点で、もうフラフラです。


 しかし、そんなことを言っている場合ではありませんね。


 さぁ、脱出行の開始です。


 テッテテー!


 お世話天使は勇者の頭を手に入れた。…スカッ。




「あれ?」


 スカッ、…スカッ。 …つかめません。


 そうか! 私はアストラル体なので、モノを持つことができないのですね。


 か、神様、すみません。失敗ですぅ~~~~~~~~。


 思いがけず、第3の選択肢、逃亡する。


 私はアストラル体なので、壁や天井など、さらには空気抵抗もお構いなしで突っ切ることができます。一瞬で成層圏を越え、中間圏、そして宇宙空間へ。


 ボロボロと涙が、あふれてはこぼれ落ちてきます。



 ひとしきり泣き続けましたが、まだ涙は止まることなくあふれてきます。

 私の居場所は、神様からは丸見えでしょう。でも叱られたくはないので、私は逃げることを選びました。


 神様が私を許すことはわかっているのです。そのうえで、私をお叱りになるということもわかっているのです。とてもいたたまれない気持ちになるのです。

 逃亡を選択した私は、間違っているのです。



 しかし、いつまでたっても神様からのコンタクトはありません。


 ……… …。



 …私は、間違いをおかしました。


 …まちがいをおかしました。







 ***





 …まちがいをおかしました。




「うらやましいです。」

「なにが?」

「きれいな髪。真っ黒でサラサラのツヤッツヤ、肩のあたりで少しカールしているのね。」

「よくわかんないや。…ねぇ。ローザ。聞いてくれる?」

「そのおめめもいいわ。黄金色。」

「もう、茶化さないでよ。プゥーッ。」

「さっ、ユウキ坊ちゃん。もうお休みの時間ですよ。坊ちゃんがいつまでも起きていると、侍従の私が旦那様に叱られてしまいます。さ、さ、早く。」


 ローザはいつもそうだ。僕をベッドに押し込めて、すぐにどこかへ行ってしまう。ぼくの話なんて1個も聞いてくれない。プンプンだ。

 明日、教会に行ってみようかな。そうだ、神父様ならきっと話を聞いてくれる。




 …まちがいをおかしました。


 違うよ。ぼくが悪いんじゃないもの。

 トマスくんがお父様のことを嘘つきだって言ったんだ。



 …まちがいをおかしました。

 その言葉は、何度も、何度も、どこからともなく降りてきて、ぼくの心に降り積もった。



 トマス君は、お父様が嘘つきなら、ぼくも嘘つきだって言ったんだ。


「ぼくは悪くない。」何回も言った。

 なんでだろう、なみだが出てきて、止まらなかった。


 カチッ。扉が鳴った。

 ローザが見回りに来たんだな。僕がちゃんと寝ているか確かめに来たんだ。ローザはぼくのことを嘘つきって思っているんだ。

「ユウキ坊ちゃん、ちゃんと寝ています?」

「寝てるよ。ぼくはいい子だからね。」

「あら、起きているじゃありませんか。はやくお休みなさい。」



 …まちがいをおかしました。

 うるさい。うるさい。



「ねぇ、ローザ?」

「はい?」

「ぼくって、嘘つきなのかな?」

「そんなことおっしゃってないで、はやくお休みなさい。」

「お父様も?お母様も?」

「なんで、そんなこと。」

「お外から声がするんだ。」

 ぼくはガバとベッドから起き出し、ローザが止めるのも聞かずに、窓を開けバルコニーへと飛び出した。

 空を見上げると、星がたくさんたくさん光っているのに、大粒の雨が落ちてきた。



 …まちがいをおかしました。



「ほら、お空が泣いているんだ。聞こえるでしょ。」



 …まちがいをおかしました。




 ……


 ぼくとトマス君はいつも仲良しだ。

 ぼくのお父様は勇者で、世界中を冒険していて、トマス君のお父様も冒険者だから、世界中を冒険していて、お互いにお父様の冒険の話を聞いてすごくドキドキして、だから2人でいるとすごく楽しいんだ。


 でも、今日だけ違った。


「やい、嘘つき。おまえ嘘つきだから、もう遊んでやんねーよ!」

「ぼくが嘘つきだって?急に何を言い出すんだい?ぼくが君に何の嘘をついたっていうんだ。勝手なことを言うと承知しないぞ!」

「嘘つきの子だから、お前も嘘つきだって言っているんだ!」

「なんだと。ぼくのお父様も、お母様も嘘なんかつかないぞ。」

「ついてる。お前の親父は大嘘つきだ!」

「ぼくのお父様は勇者だぞ。嘘なんか…」

「それが嘘なんだ。勇者だから世界を救うとかいって、何も変わらないじゃないか。嘘つき。嘘つき。お前の親父は大嘘つき!」


 …

 ぼくはカッと頭に血が上って、トマス君に掴みかかった。トマス君が憎くて憎くてしょうがなかったんだ。トマス君はぼくの手を払いのけて押し返してきた。いきおい、ぼくはたっぷり助走をつけて体当たりをした。

 するとトマス君は、クラリとよろけて後ろの階段から転げ落ちてしまった。


 トマス君は階段の下で、うずくまっている。

 頭から血が出ている。

 ぼくは急に怖くなった。

 足が震えた。体が震えた。

「ぼくは悪くない。」と自分に言い聞かせた。

「ぼくは悪くない。」「ぼくは悪くない。」

 ぼくはその場から逃げ出した。



 …まちがいをおかしました。


 …ぼくは、まちがっていたの?


 …まちがいをおかしました。


 ぼくは自分が嘘つきだと思った。

 かなしくて、なみだがあふれてきた。お空のなみだもいっしょになって、目の前がグニャグニャになった。

 真上のお星さまが、ひと際おおきくひかっています。きっと泣いているのはお空ではなく、あのお星さまだね。

 お星さまもぼくみたいに間違うのかな?


 おおきな、おおきな、お星さま。

 もう少し、ぼくといっしょに泣いていて。


 …ローザの声がする。ひどく遠くに聞こえる。

 大丈夫だよ、ローザ。もうすぐ寝るから。もう少しだけ、このまま……




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