天使の繭

○たらならくだ

第1話 神様は人間に試練を与えます。

 神様は一人ぼっちのぼっち君です。

 自らの創り出した世界を、いつもひとりで眺めています。様々な生き物をお創りになり、その行く末をご覧になり、長い溜息をつかれるのです。こんな時の愁いを帯びた表情が、我々お世話天使達をメロメロにするのです。

 つい先日、神様は人間をお創りになりました。今までの生き物とは違い、知恵を持った生き物です。この人間という生き物に対して、神様は大変思い入れがあるようです。下界の穴をじっと見たままで、私がどんなにお世話をしようとしても相手にもしてくれません。


「かみさま、かみさま~。今日のご飯は、なにがいいですか~。」

「いらない。」


 神様のいけず。いけない、いけない、私ったらそんなはしたない言葉を。でも、そうなんです。神様は空腹という概念がないため、食されなくても問題ないのです。こう見えても私は料理が得意なので、いつか食べてもらいたいのです。


「かみさま、かみさま~。御からだを御流ししましょうか~。」

「いらない。」


 神様ったら、ツンデレ。いや、デレはない、ない。でも、そうなんです。神様は、生身ではないので新陳代謝がないのです。いつでもキレイキレイで、とてもいい匂いです。


 ある日のこと、神様がこちらに向かって手招きをしています。


 「青い目の君、こっちにおいで。」


 青い目って、私のことですか。ほかにいないよね?私のことですよね。

 神様が言いました。


「人間には、試練が必要だ。」

「はい、試練ですか?」

「そこで、地上に”魔王”を贈ってあげたのだが…。」

「ま、魔王!?」

「思いのほか魔王の力が強くてね。人間達ではまるで歯が立たないんだよ。」

「……?」

「かわいい人間達は、みんなで力を合わせて魔王を倒して、この困難を乗り越えるはずだったんだ。」


 神様でも、思い通りにならないことがあるのですね。


「このままでは、私のかわいい子等が滅びてしまうではないか! あのバカサタンめ! 少しは手加減しろよ! 空気読めよ!」


 神様、地団駄踏んでいる。かわいい。

 っていうか神様ったら、私油断して聞き逃すところでしたが、サタンって言いました?今、サタンって言いましたよね。


「サタンって! 本気の魔王じゃないっすか!」

「…で、今度は地上に”勇者”を贈ってあげたのだけれども、その勇者も魔王サタンの力の前に苦戦を強いられている。」

「でしょうとも!」

「そこで、君に頼みがあるのだけど、いいかい?」


 まるで子供の様に激昂したかと思いきや、このさわやかな微笑み。神様ったら、そんな表情で頼みごとをされて、私が断れるわけないじゃないですか。


「はい。よろこんで。」

「ありがとう。では、きみは地上に降りて、勇者をサポートしてくれ給え。」


 神様が指をパチンと鳴らす。私は夢見心地で、フワッと天にも昇るような…って、いや落ちてます。落ちてます。天上界が遠ざかっています。


「かみさまー! 私、何か地上に堕とされるようなことしましたかー?」


 天上界がどんどん遠ざかっています。


「きぃぃやゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~……」




 暗いです。真っ暗です。私は地上に堕ちてしまいました。堕天使です。うぇ~ん。

 ひとしきり泣いたところで、私は少し冷静になるように試みます。さて、私は一刻も早く勇者を見つけなくてはなりません。まずは自分がどこにいるのかを確認、そして勇者の居場所を確認します。神聖術「千里眼!」。この術は、超高性能のセンサーの様なもので、遠いもの、近いもの、直目には見えないもの、果ては未来や過去までも、任意に見ることができるのです。…。


「千里眼!」


 …見えません。

 そういえばここは、魔素が非常に濃いですね。魔素が濃いと神聖術は発動しにくいのです。特に千里眼のような、広範囲に展開する術式は難しいのです。うかつでした。落ちる前に対処しておくべきでした。さて、一度深呼吸をして仕切り直しです。


 まずは私自身の状態を確認します。どうやら、ここに実体があるわけではないようですね。「クリア」の術式を身体の周囲に展開したところ、魔素を浄化することができました。術が使えることから、霊体ではなくアストラル体のようです。アストラル体であれば、暗くて見えないということはありえませんね。地上に堕とされた現実を見たくないという、私の感情というか、心象がそうさせていたようです。それがわかれば、…うん、見えてきました。


「だれか? そこにいるのか?」

「……。」(ギクリッ!)


 声を発したのは、巨大なドーム状の空間にある巨大な者。これは、巨大な絶望とも、巨大な災厄ともいえるでしょう。魔王サタン。

 すごい存在感です。その声が私を縛るかのように、身動きができません。冷汗が頬を伝って、ポタリと、…落ちませんね。アストラル体ですからね。

 魔王サタンを目の前にした今でも、神様お付きのお世話天使の私は冷静さを失いません。視界のひらけた私は、周囲にも目を配ります。どうやら魔王サタンは食事中だったようですね。足元には手が落ちています。クマなどと違い、肉球のない人間の手のひらは、食べるにはそれほど魅力のある部位ではないのでしょう。贄となった人間のご冥福をお祈りします。

 どうやら、目の前の魔王サタンは食専のサタンのようです。このサタンが食べたものが、他のサタンとも共有されるのです。役割を分担することで、本体のスキを無くしているのです。さすが魔王です。


 さらにサタンは肉塊にかぶりつきます。

 どうやら、私の存在がばれているわけではないようです。何か視線を感じる、「シャンプーしている時、背後から視線を感じる」的なあれですかね。(いやいや、クリアの神聖術を発動させたからでしょう。)


 食いちぎられた勢いで、その一部がボトリと床に落ちてきました。


 頭部のようです。


 顔もしっかり確認できます。


 見たことのある顔です。


 神様の隣で、何度も拝見ました。


 私は、神様お付きのお世話天使。どんな時でも冷静さを失いません。状況を分析します。



 ………………………………………………。


 ………………………………。


 ………………。


 ……。




 …勇者、食われてるやん。






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