第3部第3章 自由解放立志編 約束はいらない
3-15 再会と別れ
◆
惑星スベルギアまで片道で二週間だった。辺境地帯も近い。
船の中では寝て過ごすか、亜空間通信で送られてくる書類の決裁に時間が費やされた。アイリスが何をしているかと思えば、携帯端末でゲームをしているようだ。
例の兵士はじっと俺たちを観察しているだけで、はっきり言って薄気味が悪い。
「吸うかね?」
俺は新しいタバコの箱を五箱ほど持っていて、一箱あげようかと思ったが、返事はそっけない。
「いえ」
いえ。ただそれだけだ。まるで全く響かないドラムを叩いている気分だ。
まぁ、俺がいくら殴りつけても痛痒も感じないような、ガタイのいい男ではある。
惑星スペルギアのすぐそばで亜空間航行から離脱し、窓の向こうに目的地の工場衛星が見えた。
完全なる球に見えるが、欠けている部分がある。あそこを艦船が通り抜け、内部で補修や改良を施されるわけだ。
輸送船がその巨大な欠けの一角に接舷し、チューブで俺たちは工場衛星の中に入った。
歓迎は盛大で、あまりに多くの人が出迎えたので、顔と名前が一致しないどころではない。はっきり言って、一人の顔も、一人の名前も、覚えられなかった。
この衛星での時間の関係だろうが、俺たちはそれぞれに部屋に案内され、荷物を置くと、すぐに晩餐になるという。その会場は見るからに会議室で、しかし料理は本格的だ。
なんとか部長とか、なんとか課長とか、なんとか主任とかが、延々と俺たちに話を続け、アイリスは巧みに受け答えするが、俺は酒を断るのに忙しかった。
例の兵士はといえば、席で黙々と酒を飲んで、自分から話すこともない。なるほど、酒には強いらしい。俺からも酒を勧めて、どれくらい強いか、試したかった。やらないけど。
会合が終わり、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。酒を飲まずに済んでホッとした。
眠りから覚め、身支度を整えていると、ドアがノックされた。開けるとそこにはアイリスと、例の兵士がいる。
「どういう二人組?」
冗談でそう聞いてみると、「朝食です」と兵士が答える。やれやれ、ジョークもなしか。
食堂で食事を済ませ、事前の予定通り、俺たち三人で試作機の様子を見に行った。
次世代型の推進器は、見ていて嬉しくなる。まだちょっと大きいから、機動戦闘艇に搭載すると敵の目標にされるだろう。専門じゃないが、戦闘艦あたりにはちょうど良さそうだ。
「推進器の出力は、現状でも問題ありませんね」
あっさりとアイリスが切って捨てたので、俺は思わず口を挟んでいた。
「そこは使いこなす操縦者の技術や技能だろう?」
「中佐、機動戦闘艇の目標は、タイムアタックではありませんよ」
ぐうの音も出ない。タイムアタックなど、久しぶりに聞いたワードだ。
次々と新しいシステムが俺たちの前で示され、アイリスが興奮した素振りを見せたのは、小型のスラスターを見た時だった。
従来型と同等の出力で、大きさは三分の二だ。
「やはり機動戦闘艇の命はスラスターです」
技術者にそう言うアイリスに、俺は鋭く口を挟んでやった。
「機動戦闘艇の仕事は、サーカスじゃないぜ」
すごい目で睨まれた。
最後に組み上がっている試作機の前に連れて行かれた。
ユグドラシル社の機体では、ナーオに長い時間、乗っていたから、目の前にある機体もその系統だとわかる。
例の縞模様の塗装のある機体が、目の前に二機ある。
こいつはラッキーだ。
「戦闘時の機動を試せますか?」
それとなく技術者に尋ねると、苦笑いされた。
「それはまた、明日にでも」
「目の前に機体があると、どうも浮き足立つんです。実戦でどうなるかも、知りたい」
技術者たちが顔を見合わせる。
「俺と彼女で」そっとアイリスを指差す。「模擬戦闘をやりたいんだが。可能かな?」
「ええ、まあ、模擬戦闘用の装備もありますから、できますよ」
「撃ち合いはしないので、装備を換装する必要はありません」
アイリスがそういうと、技術者たちが大笑いし始めた。
「ここは工場ですよ」技術者が身振りで機体を示す。「粒子ビーム砲も、エネルギー魚雷の発射装置も、後付けです。あれはハリボテ」
俺とアイリスがまじまじと見る先、試作機に搭載されている火砲の類は、まさに偽物、ハリボテだった。
お恥ずかしい、とアイリスが顔を伏せるが、技術者たちは楽しそうだ。
「明日、模擬戦をやりたいだけ、やってください。壊さない範囲で」
技術者たちの間から、伝説のパイロットの飛行を見れるぞ、などと話す声が聞こえた。
まさかそのままそのパイロットがどこかに消えるとは、思っていないだろう。
翌日、俺とアイリスはそれぞれに更衣室でパイロットスーツに着替えた。更衣室から出ると、制服の例の兵士が待ち構えている。アイリスに視線で意思疎通しようとするが、うまくいかない。こいつをどうするんだ?
チラリと視線をよこし、ぱちっとこちらにウインクして、アイリスが動き出す。
何をどうしたのか、男を投げ飛ばして、頭から床に叩きつけている。
びっくりするほど、鮮やかだった。
「どこで習ったか、聞いてもいいかな」
「準軍学校で死ぬほどやらされたでしょう?」
俺とは違う準軍学校に通っていたのかもしれない。こんな殺人術は学んじゃいない。
この女は怒らせると危険だな。
男の巨体を二人で更衣室のロッカーに閉じ込めておく。触った時、兵士はまだ生きていた。クワバラクワバラ。
二人で格納庫へ行く途中、声をかけられるかと思ったが、誰も何も気にならないようだ。格納庫の広い空間に出て、ゆっくりと例の試験機にそれぞれ、近づいた。待ち構えていた技術者の手助けを借りて、乗り込む。技術者たちは姿を消した兵士には興味がないと見える。
スペックを説明され、解説を受ける。
早く飛ばせてくれ、とずっと思っていた。
「本気でやってね! ケー!」
いきなり声が聞こえて、そちらを見る。
もう一機の試作機の操縦シートの上で、アイリスがこちらに手を振っている。彼女がヘルメットを被り、俺もヘルメットを装着した。
ケー……?
その名前を知っている奴なんて、もう、ほとんどいないだろう。記憶の彼方に消えているのだ。
そして俺の中で、その名前を知っている、そして忘れない相手を、一人、確信を持って名指しできる。
ジェイだ。
『ケルシャー中佐、ウジャド少佐、いつでもどうぞ』
やっと管制から声がかかった。ここにはカタパルトなんてない。
「アイリス」通信機に呼びかける。「お前が、ジェイか?」
クスクスと笑っている声がする。
『いつ言おうかと思っていたけど、今になっちゃった』
いつまでも機体を操作しないわけにはいかない。
でも、今がずっと続いて欲しかった。
アイリスと、ジェイと、話したいことはたくさんある。
反重力装置を起動し、機体を浮き上がらせる。安全のために機体を固定していたフックは、もう外れていた。
隣の機体のアイリスに手振りで、挨拶する。これが別れとは思えなかった。
しかし、それが現実だ。受け入れなくては。
ここから先は、二人で別々に逃げることになっている。どこかで会えるはずだが、しばらくはお別れになると思うと、焦れったい気持ちがわき起こるのを止められない。
くそ、アイリスめ、こんな時に打ち明けるか?
もっと早く教えてくれ。もっと話をすればよかった。
仕方なくマイクに呼びかける。
「管制、こちらケルシャー・キックス中佐、発進する」
『どうぞ、お気をつけて』
気の利いた管制官だ。
俺はスロットルを全開にして、外へ飛び出した。
軽く旋回し、亜空間航行のための装置を起動し、計算を開始。
『中佐、亜空間航行は試験飛行のプログラムに含まれません』
「俺は何もしてないよ。そちらのバグじゃないか?」
途端に気の利かなくなった管制は、忙しそうだ。今頃、アイリスの方も俺と同じことをしているはずだ。
計算が終わる。
何か言うべきだったかもしれないが、無言のまま、俺は亜空間航行を起動するレバーを倒した。
一瞬で周囲が真っ暗になる。
そして空の映像に変わった。
さらば、栄光の日々。
シートを倒して横になり、空を眺めた。
空はどこまでも続いている。モニターに映されただけなのに。
(続く)
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