3-12 栄光からの転落


     ◆


 第一艦隊に配属になって三年が過ぎた。

 俺はついに第一艦隊所属では最大の機動母艦オリオンで、最高の技能者だけが集まる機動戦闘艇小隊、第一小隊の小隊長となった。

 小隊のコードはファントム。懐かしい名前だ。前のファントム・グループはとっくに解散していた。

 俺は中佐に昇進し、コードはファントム・リーダーだ。ファントム・ツーはトン・クー少佐、ファントム・スリーはアイリス・ウジャド少佐だ。

 本来は第一線に立たない第一艦隊に所属しているが、俺たちは頻繁にテロリストとの戦闘に駆り出され、ありがたいことに撃墜数を伸ばしていた。

 歴代の操縦士全てを抑えて、俺が一位、二位は大きく溝をあけてトンかアイリスだろう。

 勲章はいくつかもらって、俺の制服は略章が賑やかだ。これはアイリスもトンも同様だが。

 全ては問題なく進んでいる。俺は戦いの場に立ち続け、結果を出し続け、知らない者がいないほど、名前は轟いている。

 むしろこの先が不安になるほどだった。いつか年をとったら、俺もデスクワークばかりやって、現場の操縦士たちにあれこれ指示を出し、現場がわかってないとか、戦いがわかってないとか言われて、それに怒鳴り返したりして、日々を送るのか?

 そんな生活はまっぴらごめんだ。

 実戦の場から外されたら、さっさと軍を除隊して、自由に暮らす。

 それがぼんやりと俺の頭の中にある未来図で、もちろん誰にも話していない。

 これはまだまだ先の未来のはずだった。

 その客が来るまでは。

 なんのことのないいつも通りの一日で、格納庫から執務室へ戻ると、三人組の兵士が待ち構えていた。いや、一人は士官だ。襟に大尉の襟章がある。

「どちら様?」

 俺が尋ねると、彼らはすぐに俺を囲むように立った。礼儀が欠片もないどころか、物騒な姿勢だ。

「ケルシャー・キックス中佐、ご同行を」

 そうか、情報課員だな。俺が動く前に、兵士の一人がエネルギー銃を没収した。まぁ、普段からあまり練習していないし、あってもなくても変わらない。

「事情を説明してもらえるかな、大尉?」

「取調室で。ここでは目立ちます。それに時間もかかります」

「夕食までには帰してくれよ」

 特に夕食どきに予定はない。ジョークだが、誰も笑わなかった。

 取り調べ室に通され、クオン・ルードという兵士について質問された。俺の部下で、ファントム・シックスだ。もうそろそろ同じ部隊で一年ほどが経つだろう。

「あいつがどうかしたのか?」

「テロリストに情報を売っていたという疑いで、捜査対象です」

「売っていた? 金をもらったのか?」

 俺の前にいる大尉が、重々しく頷く。

「まったく知らなかった。いや、プライベートではほとんど関係がない」

 正直なところだったが、果たして、どう響いたか。相手が黙ったので、俺は睨むように視線を向けて、やはり無言。

「他の方からも聴取していますが」大尉の低い声。「彼に何か情報を漏らしましたか?」

「任務で必要なことと、あとは、機動戦闘艇のスペックや操縦技術については話しているが、テロリストに漏れても問題ないはずだ。あいつは、確か工学系の大学の卒業で……」

 そこまで言って、気づいたことはある。

 この情報課員どもは、クオンの奴が知識を使って、俺たちの部隊に配備されている最新型の機動戦闘艇についての情報を売ったと疑っているのだ。

「中佐、あなたは機動戦闘艇に詳しいですよね」

「仕事柄ね」

 まだ驚きから立ち直れなかった。

 俺は何もしていないが、奴は俺の部下だ。俺にも責任はある。

「彼について、知っていることを話してください」

「本当に大したことは知らないよ」

 仕方なく、この一年ほどであった会話を思い出して言葉にしたが、自分でも頼りないほど、断片的で、充実したものは何もない。

 でもこれが事実だ。奴とは親しくなかった。

「あー、悪い、大尉」わざと時計を見る素振り。「夕飯だ。いきなりで俺も思い出すのには限度がある。ゆっくり考えたい」

 大尉が部下の一人を振り返り、頷かれてから、こちらに向き直った。

「トン・クー大尉と彼の繋がりを知っていますか?」

 爆弾が落っこちたような衝撃だった。

「トンと奴の繋がり? 何も知らないが、どういう繋がりがある?」

 黙り込む大尉を睨みつけるが、返事はない。

「答えろ、大尉。トンとクオンにどんな関係があるんだ? 教えろ。教えてくれ」

 まだ黙っている大尉。かすかに顎を引いた彼は、部下に身振りで指示を出した。兵士が二人、座ったままの俺を抱えるようにする。

「中佐、三日ほど、お時間をいただきます」

「おい! 俺を拘束するのか! 俺は何もやっていない!」

 無理やりに兵士に立たされ、引きずられる。くそ、すごい力だ。

「俺は知らない! 教えてくれ! 何があった! おい!」

 返事はなかった。

 独房の一つに入れられ、俺はウロウロと歩き回り、監視している兵士に声をかけたが返事はなく、わざと喚いてみたり、壁を叩いたが、何も反応はなかった。

 三日はあっという間に過ぎた。

 例の大尉がやってきて俺を独房から出した。

「ご協力に感謝します。憲兵事務所へ出頭してください」

 憲兵だって?

 没収されていた携帯端末が手元に戻ってきて、そこにはメッセージの受信を示す表示がある。恐る恐る開いて、文章を目で追った。

 なんだこれは?

 そこには、トン・クー少佐に軍事法廷への出廷を求めたことと、俺が証人の一人として出廷することを要請する文章があった。

「トンが何をした?」

「それはこれから明らかになります、中佐。彼は今、憲兵に確保されています」

 俺は駆け出し、記憶の中にある憲兵事務所まで全速力で向かった。エレベータに乗っている時間がやけに長く感じた。

 憲兵事務所に入ると、顔なじみの例の大佐、ネヴィル・ネルソン大佐が待っていた。彼だけはずっと階級が変わらないのは、俺の中の謎の一つだ。

 しかし今はどうでもいい。

「中佐、久しぶりだな」

「トンはどこにいる?」

「隣だ」

 立ち上がった彼に促され、俺も隣の部屋に入る。

 しかしそこにトンはいない。さらに隣の部屋に彼はいて、椅子に拘束されている。こちらの様子は見えないらしい。特別な素材の壁だ。

「おい、これはなんだ?」ネルソン大佐に掴みかかっていた。「あいつが何をした!」

「テロリストへの情報流出が疑われている」

「疑われている? これはまるで……」

 俺が絶句したのは、トンがいる部屋に二人の兵士が入ってきたからだ。ネルソンを解放し、俺は壁に手を伸ばす。何も見えないから、何もないはずなのに、壁がある。

 絶対的な、壁。

「おい、おい、大佐」

 目の前で、こちらに気づくことなく、兵士たちが準備しているのは精神スキャンを行う装置だ。トンも目を見開き、手足をばたつかせるが、椅子に固定されていて、少しも動かない。

「やめさせろ! 大佐!」

 振り返ると、ネルソン大佐は無表情にこちらを見ている。

「これは決定事項だ」

「やめさせろ! いますぐ! 奴を解放しろ!」

 返事はない。

 見えない壁に振り返る。トンの頭にヘルメットのようなものがつけられる。ベルトでがっちりと固定され、頭を振っても動かない。

「トン! トン!」

 兵士の一人がヘルメットからのコードを別の箱、情報処理と記録を行う装置に繋ぐ。

 その箱にあるレバーに手がかかる。

「やめろ!」

 レバーが倒された。

 ビクッとトンの体が揺れ、体が突っ張る。口がいっぱいまで開かれる。完全防音で、声は少しも聞こえない。

 俺はその光景を見たまま、動けなかった。




(続く)

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