3-11 決着


     ◆


 いつかと同様の、艦の全方位を索敵する訓練が始まった。

 あの時は宇宙海賊に捕捉され、被害が出た。俺はそのことを理由に、本来の索敵、哨戒よりも強い戦闘力を持つように、機動戦闘艇を重武装にさせた。

 訓練が始まる。

 俺たちカトラス・グループからは三機が訓練中の機体の指導のために出撃している。

 通信を細かく、拾うように聞いて、異常がないか確かめる。視線は星海図に注がれている。

 来るはずだが、来ないのか?

 じっとしている時間が過ぎ、訓練の終了の通信がやりとりされ始める。

 そこに悲鳴のような声が混ざった。

 テロリストに攻撃を受けている、という内容に、俺の手が素早く星海図を操作する。哨戒任務中の機動戦闘艇が二機、青い点で表現されている。そこに赤い点が二つ、増える。

「管制、こちらカトラス・リーダー、聞こえているか?」

『ええ、はい』向こうでも混乱があるようだ。『現在、情報が混乱しています、敵襲との報告があり……』

「現場に向かう。発進許可をくれ」

『は、はい。全機ですか? あっ! ちょっと……』

 声が遠くなったかと思うと、別人の声になった。

『キックス少佐、貴様、何を知っている!』

 いつかの会議にいた少佐だ。

「何も知りませんよ。通信で敵襲を知っただけです。援護に向かいます」

 相手は歯噛みしたようだが、短い罵り声の後、元の声の主に戻った。

 発進許可が出る。だがこの時になって、二箇所で敵襲を受けているとわかった。こちらは手元に五機しかいない状態だった。三機は訓練に随行して出払っているのだから、五機で二ヶ所をお出迎えするしかないのだ。

『どうするんです?』トンからの通信。『俺が片方を受け持ちますよ』

「それが良いだろうな。カトラス・リーダーより各機。カトラス・ツーにファイブ、セブンが同行しろ。カトラス・スリーは俺と来い」

 カトラス・ツーがトン、カトラス・スリーはアイリスだ。

 それぞれから返事があり、その時には機体はカタパルトへ牽引されている。

 射出され、機動母艦で計算された亜空間航行の発動地点へ飛び込む。レバーを押し込み、俺の機体のモニターの全てが黒く変わり、すぐに空の映像に変わった。

『少佐』声はトンだ。亜空間通信。『あまり無茶な作戦を立てると、目をつけられますよ。ただでさえ、敵が多いのに』

「敵が多い? それは知らなかったよ。名前を挙げてくれ」

『冗談ではありません。すぐにデスクワークに忙殺される未来がお好みで?』

 こいつも少しずつ説教臭くなったな。みんな経験を積むし、歳をとるってことか。

「エンファのことだからだ。これが片付けば、大人しくするよ」

『あいつのためになりません。あいつが何を望んでいるか、想像がつくでしょう』

 俺はどう答えればいいか、迷った。

 冗談を返せないのは、きっと、エンファの思いが俺にも想像がついているからだ。

 あいつは別に仇なんて討って欲しくないだろう。俺が無茶をするのも、歓迎しない。

「これで最後だ。後で会おう」

 通信を切って、シートに横になった。亜空間航行から離脱するまで、五分を切った。

 結局は自己満足のためか? 俺はそんな奴なのか? 自分の憂さを晴らすためにどこかの誰かを地獄に叩き込む? しかも戦友を利用して?

 アイリスに通信をつなぎたかった。だけどパネルに触れる寸前で、固まったように手は動かなくなった。

 あいつは、アイリスは知っている。

 それで黙っていてくれる。

 いい奴じゃないか。トンもそうだ。俺だけがガキのままなのか。

 本当にこれで最後だ、と自分に言い聞かせた。

 亜空間航行から離脱するまで、三十秒。シートの位置とベルトを直し、もう数え切れないほどやっている動作で、ペダルの具合と操縦桿を確かめた。

 カウントダウンが、終了。

 モニターが宇宙を映した。何かが舞っている。

 機動戦闘艇だ! 装甲のない、カタログでは見たこともない形状の、テロリスト仕様。

 出力を最大にし、操縦桿を倒した。

 敵機は、三機か。編隊飛行で突っ込んでくる。

 俺は素早く視線で敵機の一つをマークし、俺に続いて通常航行に戻ったアイリスに通信。

「こいつは俺がやる! 他の二機を任せる!」

『ちょっと、そんな無茶な!』

「信じてるぜ、カトラス・スリー!」

 先頭を飛んでくるのが、俺の目標だ。

 すれ違う瞬間、一瞬だけ敵の姿がコクピットのキャノピー越しに見えた気がした。

 格闘戦が始まった。

 敵機の動きは、いつか見たテロリストたちのそれよりも機敏だ。

 だが例の宇宙海賊の無人機とはまるで違う。人間臭い、野性味のある操縦だった。

 一対一がはっきりとして、俺は目の前に敵に集中した。

 俺が追っているはずが、いつの間にか追われている。今度はこちらが限界の機動で相手の背後へ回る。

 機体への負荷、限界が見えてくる。

 長時間は戦えない。防御フィールドもすでに四割が削られている。

 お互いがお互いの背後へ、必死で向かおうとし、背後を取られれば、さらに無理をして、逆転する。

 終わりのない複雑でねじれにねじれた螺旋が、そこに描かれる。

 何かが瞬き、敵機のスラスターの一つがエネルギー漏れを起こしたのが見えた。

 エネルギーの帯を引きつつ、それでもこちらの背後に占位する。

 瞬間、粒子ビームが俺の機体を貫く。

 パネルを叩き、操縦桿にある複数のスイッチを素早く押し込み、爆発寸前にスラスターの一つを切り離す。

 一瞬後、爆発。

 その反動さえも利用して、機体を旋回させた。

 ほとんど向かい合うようになり、それぞれが粒子ビームで攻撃。防御フィールド、ダウン。

 光点がすれ違い、機体もすれ違う。

 推進器、最大出力。弾かれたように俺の機体が動く。同時にペダルを踏みつけ、残っているスラスターで姿勢を制御。

 きわどいところを粒子ビームが貫通。防御フィールド、再起動。出力は一割しか戻らない。

 頼りない盾たが、なに、回避すればいい。

 敵の機体のスラスターももう一つ、脱落していた。

 再びの追いかけっこになる、そう思った。

 しかし、そうはならなかった。

 旋回しようとした敵の機体の一部が、剥がれるように脱落した。

 姿勢は決定的に乱れ、燃焼門が機能停止しただろうと想像できた。

 機体の物理的トラブル。

 俺に対しては十分すぎる隙だった。

「悪いな、終わりだ」

 トリガーを引く時、少し指が震えた気がした。

 闇を走った粒子ビームは、敵機のコクピットを正確に破壊した。

 終わった。

 これで、終わりなんだ。

 衝撃。

 粒子ビームが防御フィールを貫通し、機体を掠めていた。

 そうか、まだ二機いるんだった。

『ぼうっとしないで!』この声はアイリスだ。『戦えるっ? 逃げられるっ?』

 やれるさ、と答えて、スロットルを全開にした。

 残っていたテロリストの二機の機動戦闘艇はほどなく撤退した。

 ボロボロの機体でアイバーンに帰還すると、トンと部下たちが待ち構えていて、正直、安堵した。誰も欠けていないことが、この時ほど嬉しいことはなかった。

 機体を降りると、真っ先にアイリスがやってきて、飛びついてくる。

 俺自身もボロボロで、支えきれずに倒れこんだ。ヘルメットを外していたら、後頭部を打ち付けただろう。

 俺の敵討ちは、これで終わった。

 ヘルメットの中に報告に来るように怒鳴る少佐の声が響き渡り、雑に返事をする。

「今から行きますよ」

 起き上がると、全身が痛む。本気で戦うと、どうしてもこうなってしまう。

 やっと自分の機体をはっきりと見ることができた。

 よく飛んでいたものだ、とまず思ったし、機体に申し訳ない気持ちも沸いた。

 何か、憑き物がすべて落ちたような、新鮮な気持ちだ。

 ヘルメットの中にまた少佐の声が響く。

 俺はヘルメットを外し、アイリスに投げ渡した。

 さて、どうやって言い訳しようかな。




(続く)

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