3-10 陰謀、策謀
◆
訓練航行の計画が持ち上がり、俺はその作戦立案に参加し、会議の場で一つの提案をした。
訓練航行は前にも乗っていたアイバーンだ。極めて縁起が悪いが、仕方がない。
艦長の大佐は静観していたが、訓練を監督する中佐とその取り巻きの少佐二人が、俺に不快感を示し、遠回しに否定してくる。
「これで全てが落ち着くところに落ち着きます」
俺の言葉に、三人が渋面になり、黙り込む。
あとちょっとだったが、
「無駄な危険は排除するべきだ」
という、艦長の横槍の一言で、俺の提案に関するやり取りは終わってしまった。
却下、ということだ。
怒りは沸かなかった。なぜなら、この展開は予想していたし、やるべきことも決まっている。
最近は部屋ではなく、格納庫にいる時間が長い。この時も格納庫へ直行した。と、休憩室でトンがタバコを吸っている。
「暇そうだな」
声をかけると、やれやれと首を振られた。
「あのじゃじゃ馬娘の注文は、異常ですよ」
じゃじゃ馬娘、というのはアイリスのことだ。
俺は格納庫を横断し、彼女の機体に向かうが、すで整備兵とやりあっている声が聞こえてきていた。
推進器のセッティングで揉めているようだ。
「言う通りにしてやれ」
俺が声をかけると、整備兵がバッとこちらを見た。アイリスは難しい顔をしていた。
「無茶ですよ、少佐。この娘の機動戦闘艇はすぐに棺桶になっちまいますよ」
「棺桶を飛ばす技術があるんだ」
理解できない、という顔だったが、整備兵が折れて部下に指示を出し始める。
近くの小さなコンテナに腰掛けると、すぐ横にアイリスが立った。
「もっと上手くコミュニケーションは取れないのか?」
思わず俺らしからぬことを言っていた。アイリスは顔をしかめる。
「私は命がけよ? 命を任せる機体は万全にしたい」
そりゃそうだ、と俺はタバコを取り出す。ここは禁煙だが、まぁ、構わないだろう。
アイリスも自分でタバコを取り出し、吸い始める。
「それで、例の話はどうなったのかしら?」
彼女とトンには俺の意図が伝えてある。
アイリスはエンファの代わりに俺たちと組んで、新しいトライアングルのようになっている。
「訓練航行でわざわざ危険な作戦を取る必要はない、というのが艦長の意見だ」
「ま、それが妥当ね」
俺はじっと煙を見つめていた。
「本当に奴が来るとも限らないじゃない」
すっとアイリスが携帯端末を取り出し、その映像を表示させる。
俺が以前の、テロリストとの戦闘で記録した映像の、一瞬の静止画で、相当に補正が加えられてクリアになっている。
見たこともない機動戦闘艇だが、それは異なる機種を接続しているためだ。
装甲はほとんどない。
かろうじて残っている装甲に、三本の線が引いてある。
エンファを落とした機体だ。
俺たちは「奴」とか「三本線」と呼んでいる。最近の第一艦隊に所属する艦船や機動戦闘艇の記録映像を見ると、この三本線の機体が多く確認できる。
テロリストの中でも、第一艦隊への嫌がらせを担当しているらしい。
エンファは死んじゃいないが、落とし前はつけさせてもらうつもりだ。
「わざと誘い込むなんて、向こうは思わないでしょうね」
それが俺の意図だった。
訓練航行の中で行われる、いくつかの行動でわざと抜け道を作り、そこをテロリストが襲ってくるのを待ち構える。
これはテロリストがこちらの事情を把握していないと、成立しない。
だが、俺は成立すると踏んでいた。
帝国軍の中にいる内通者が、その抜け道の情報をテロリストに流すからだ。
情報課員はそのやりとりに目を光らせ、内通者をあぶり出し、確保するか、泳がせるか、好きにすればいい。
俺は不愉快な敵を消し飛ばせるし、帝国軍としても裏切り者を認識できる。
一石二鳥じゃないか。
今の時点では、上の奴らに否定されているが、結果さえ出せば、文句もあるまい。
「あなたって自分が無敵だと思っている?」
気づくと機動戦闘艇の立体映像しか見てなかった俺は、アイリスの言葉で彼女の存在を思い出した。ゆっくりと視線を向けると、大きな瞳にはこちらを気遣う色がある。
「無敵とは思っていないよ。俺の技術に機体がついて来れば、無敵だろうけど」
「やっぱり自信家ね」
その評価はいろいろな奴らが俺に向けてくるが、いつも面倒なので無視している。そうでなければ冗談で紛らわすかだ。
ただ、アイリスにそう言われると、少し違うものを俺の心のうちに感じる。
「死ぬのが怖いだけさ」
思わず口にした言葉に、俺自身が驚いた。
今まで、そんなことを自分が思っているとは、つゆと知らなかった。
そうか、俺は、怖いのか。
「何よ、ケルシャー、嬉しそうな顔して」
「ん? いや、自分で自分が可笑しいだけだよ」
死にたくないから、死ぬような行動をする。
矛盾だが、あるいはそこに何か、細い細い道筋がある気もする。
死に飛び込むように見えて、そこには見えない経路が、ちゃんとあるんだ。
「エンファって人は、どういう人?」
「何だよ、急に」
フゥッと俺が煙を吐くと、アイリスも煙を吐く。
「あなたが信用した相手が、気になるだけよ。ねえ、教えてよ」
「エンファ、か」
俺は呟くように、記憶にある奴の思い出を口にしたが、途中でやめてしまった。
「いつか会いに行けば、わかるさ。あいつももう危ないことはしないだろうし」
「休暇が楽しみだなぁ。一緒に行きましょう」
「その前に訓練航行だ」
短くなったタバコを床に捨て、踏み消す。アイリスはまだ吸っていた。こちらを見る瞳には、今度は不安がある。
「無茶はしないでよ。あなたは小隊指揮官なんだし」
「わかっているよ」
背中を向ける前に、一度、動きを止めて改めて振り返っていたのは、反射的な行動だった。
「しかし、軍人に死はつきものだ。小隊八人の命で、もっと大きな命が助かるなら、俺はそっちを選ぶかもしれない」
「大きな命って、何よ?」
身振りはしたけど、俺は言葉を出せなかった。身振りだけが、繰り返される。
とっさに自分で言っておいて、何を話しているか、わからなかった。
「いや……すまん、忘れてくれ」
俺は今度こそ彼女に背中を向けた。休憩室にはまだトンがいる。目線でやりとりしておいて、俺はさっさと格納庫を出た。
機動母艦アイバーンの作戦指揮室に向かい、中に入る。艦長の副官を中心に、オペレーターたちが壁際の端末に並んでいる。
「何かありましたか、少佐?」
艦長付きの副官である大尉の言葉に、俺は頷いて「最近のテロリストの動向を知りたい」と答え、オペレーターに声をかけ、最近の第一艦隊所属の艦船の戦闘記録を閲覧した。
目当ての情報はない。
だがどこかで、奴はこちらを見ているはずだ。
指揮室を出て、自分の執務室に戻ると、事務処理を任せている女性の曹長が待ち構えている。彼女の文句を聞きつつ、書類を整理しているうちに、時間だけが過ぎる。
いいさ、このまま時間が過ぎれば、自然と訓練航行は進行し、俺の思い描く場面になる。
その時になれば、決着なんだ。
俺は数日を過ごして、訓練航行に同行することが正式決定し、我が小隊であるカトラス・グループは八機ともがアイバーンに乗り込んだ。同行するのは他に二個小隊の機動戦闘艇がいる。
訓練航行は、こうして、自然と始まり小型機動母艦は二ヶ月の航行に乗り出した訳だ。
俺の陰謀と作為もまた、動き出した。
(続く)
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