第3部第2章 残酷悪意転落編 栄光と正義をめぐる彼の戦争
3-9 再会の時
◆
第一艦隊の駐留宙域での訓練が続いた。
「やあ、少佐。元気かね?」
機動母艦マーメイドの酒場で、俺は例によってジュースを飲んでいた。
やってきたのはいつかの憲兵大佐だ。
「おかげさまで、楽しくやっていますよ」
「とてもそういう雰囲気じゃないな」
そんなに荒んでいる意識もなかったが、注意しておこう。
「それにしても、きみはあまりに昇進が早すぎて、そんなことでは三十になる前にデスクワーク漬けにされるぞ」
「現場にしがみつきますから、ご心配なく」
「スコット少佐の話は聞いているだろう」
頷いて見せると、大佐は苦笑で応じる。
「あの人はきみに押し出された形だな」
「ファントム・グループの指揮官ですよ、有能な奴が収まるべきです」
ベンジャミン・スコット少佐は、現場指揮を離れ、作戦司令部の機動戦闘艇部隊を管轄する准将だか少将の副官になっていた。ファントム・グループは新指揮官を迎えることになる。
俺は独立して、カトラス・グループのリーダーだが、小隊としてはまだ無名だった。
少しこちらを見やり、声をひそめる大佐。
「有能な奴、というと、例えば誰かな?」
誘いというより、冗談だろう。堂々と答えてやる。
「俺とか?」
「一考に値する提案だ」
二人で笑いあい、彼のところに酒が運ばれてくる。
「もう二十歳になったはずだが、酒は飲まないのか?」
「最初で大失敗をして、もうやめました」
嘘だろ? という視線を向けられるが、本気ですよ、という視線を返す。
二十歳になって初めての非番の日に、トンと一緒に酒を飲んだ。こんなものか、と安心して飲み続けたら、あっという間に具合が悪くなり、床に吐瀉物をぶちまけた。
食堂から連れ出され、部屋に帰る途中で、体に残っていた最後の吐瀉物をまたぶちまけて、みっともないったらない。
というわけで、俺はもう酒を飲まないことにした。
タバコを取り出し、大佐が火をつける。
「煙はやるんですよ」
そういうと、そうかい、とタバコの箱が差し出される。おっと、良い銘柄じゃないか。
火をつけてもらい、煙を吸い込み、吐く。
「ここからが本題だが、真剣に聞いてくれ」
急に真面目な顔になるんだから、ついていくのも大変だ。
身構えると、大佐が静かな口調で言った。
「内通者がいるという情報をキャッチした。で、君が疑われている」
へぇ。思ったよりも感情は震えなかった。俺が内通者だったら、びっくりだろう。
「テロリストの襲撃を知っていたような素振りを見せた、という情報が情報課に上がってきている。知らないだろう?」
「実際的に考えれば、テロリストを手引きして、俺が自分で奴らを撃墜するのは、非常に理にかなっていると思いますね。撃墜数が稼げて、エースパイロットになれる」
「冗談を言っている場合ではない。連中はきみを監視しているぞ」
グラスの中身のジュースを飲み、笑ってやる。
「いくら俺を探っても、何も出ないですよ。それは俺が一番よく、知っています」
「やはりきみは自信家だが」大佐が声を一層、小さくした。「それで身を滅ぼすぞ」
お好きに、と身振りで示すと、大佐も処置無しと気付いたらしい。
「大佐殿のお名前を聞いておりませんでした」
冗談のつもりで尋ねると、彼は失笑してから答えてくれた。
「ネヴィル・ネルソン大佐だ」
「また何かあったら、教えて下さい、ネルソン大佐」
よろしい、と彼は頷いてグラスの中身を飲み干すと、立ち上がる。
「何も食べないんですか?」
「これは付き合いだ。きみと話をしに来ただけで、食事は家族で食べるつもりだ」
「奥さんによろしく」
大佐の背中を見送ると、彼が出て行くのと入れ違いに、細身の三人組が入ってくる。
雰囲気が独特で、どういう素性か丸わかりだな。
俺のところに来るという確信があったので、待ち構えたら、まさに目の前にやってきた。
「キックス少佐、少しお時間をいただけますか?」
「うん」ジュースの中身を飲み干す。「一杯飲みながら、って感じじゃないな、情報課の諸君」
三人が顔を見合わせるのを無視して、立ち上がる。
「行こう。どこへなりとも連れて行ってくれ」
こうして俺は情報課の取調室にご案内、となった。
取り調べは常識的な範囲だったし、俺も話せることはない。いつかの、訓練飛行での敵襲を予測するような言動は、部下からの助言をいれた、と伝えておく。事実だ。
あの程度の直感は、長く戦場に入れば誰もが感じる場面があるし、外れれば問題ないし、現実になれば、事前に準備している分の余裕が生まれる。
一日で取り調べが終わるかと思ったが、仕切り直しで翌日もあり、さらにもう一日、行われた。
どういう結論が出たのか、知りたかったが、教えてもらうこともなく解放されて、別に何かの念を押されるようでもない。
わかったことといえば、情報課の連中が本気で情報漏洩を調べている、ということくらいか。
食堂で食事をしていると、トンがやってきて、手を振ると料理を持って向かいの席へ進んでくる。腰を下ろすと同時に、彼が切り出してきた。
「少佐も取り調べを受けましたか?」
「もちろん」
俺は無意識にフォークとナイフでミックスベジタブルを仕分けし始めた。
「しかし、精神スキャンはされなかった」
「それは俺もですよ。あれをやられたら、人間として終わってしまう」
「不愉快な装置だな。で、トンの目から見て内通者はいるのか、いないのか、どっちだ?」
「いるでしょう。でも俺でも少佐でもない。姿が見えません」
そいつも不愉快な奴だ。
しばらく黙っていたが、思い出したようにトンが言った。
「うちに新しく配属になる奴がいる、その通知は受けましたか?」
「いや。いつ?」
「つい一時間前に連絡が。少佐の端末にも行っていますよ」
ポケットから引っ張り出すと、確かにその旨の通知がある。開封して文書を眺めて、まじまじとトンを見てしまった。彼が胡乱げにこちらを見る。
「なんです? 少佐」
「配属替えでやってくる兵士の名前を教えてくれ」
そこにあるでしょ、と言いながら、トンも自分の端末を取り出して、文書を見る。
「アイリス・ウジャド少尉です」
俺の見間違えじゃない。
「知り合いですか?」
「うん、まあ」
他にどう答えればいい。でも本当に相手が、あのアイリス・ウジャドだろうか。
俺はもう一度文書を眺め、そこに添付されている彼女の経歴を見た。
第二艦隊での撃墜王、というのが一番強い。年齢は俺の二つ上だった。準軍学校の卒業者で、しかし一時的に予備役に入っているのは、年齢の壁を俺のように飛び越えられなかったからか。
入隊は二年前。入隊前は民間の宇宙旅客機のパイロット。
機動戦闘艇操縦士として、累計撃墜数は相当なものだ。ただし、俺とトンには負けるし、エンファにも及ばない。
「やっぱり知り合いですね?」
苦笑いしつつ、トンが指摘してくる。肩をすくめてやる。
「確信がないけどな。顔を知らないんだ」
「じゃあ、何を知っているんです?」
「声と操縦技術だ」
堪えきれないというように、トンが笑い出し、食堂中に声が響いた。俺はムッとしつつ、端末を机に置き、野菜の仕分けに戻ったが、やる気を失い、さっさと食べて、席を立った。トンはまだクスクス笑っているので、置き去りにした。
それから二日後、その兵士はやってきた。
真っ白い髪のその女性は、細身をパイロットスーツで包み、機動戦闘艇から降り立つと俺の前で敬礼した。
「アイリス・ウジャド少尉です」
聞き覚えのある声だ。よく忘れないものだと、俺は自分に感心した。
敬礼を返し、ちょっと笑ってやる。
「ケルシャー・キックス少佐。君が配属されるカトラス・グループの小隊長だ。よろしく」
手を差し出すと、彼女が俺の手を握る。
最近では手の触感だけじゃなく、ちょっとした動きで相手の技量が分かる。
彼女も笑みを見せた。
「よろしく、ケルシャー」
「会えて嬉しいよ」
俺たちはどちらからともなく、お互いに飛びついていた。
(続く)
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