3-8 敗れる時
◆
格納庫にサイレンが鳴り響いて、こうなるか、と変な感慨があった。
杞憂が現実になると、逆に落ち着く。
更衣室でパイロットスーツに着替えているうちに、ナーオ試作型は完全武装になっていた。
「何か知っていたんですか?」
整備兵に訊ねられても、答えははっきりしている。
「論理的結論だな」
わかりませんよ、と整備兵がぼやく。
コクピットに入り、シートを加減。
『やっぱり来ましたね』
隣の機体を見ると、コクピットの中でエンファが手を振っている。
次にトンから通信が入る。
『悪いことばかり現実になりますね』
「出迎えてやろう」
管制から通信が入り、俺たち三機からカタパルトで射出されるという。
『敵の数は十二機です。後方に機動母艦らしい艦影があります』
これは索敵担当の通信員から。機動母艦と機動戦闘艇のシステムがリンクされる。すでにこちらの機動母艦は攻撃を受けていて、これは危ない兆候だ。防御フィールドの出力、八割。
発進するのと同時に、敵機が二機、まとわりついてくる。
連携の程度はそこそこだな。
と、大きな閃光が走り、視線を向けると、我が家である小型機動母艦アイバーンの一部が崩壊している。
こいつはいよいよ時間がないな。
ラビット・グループの九機が飛び出してくるが、何をやっているのか、僚機で接触し、二機が浮遊を始める。それを助けるためにもう一機が戦闘行動に入れない上に、その一機を守るために二機がかかりきりになる。
つまりラビット・グループは九機だったはずが、実質的に戦闘に参加するのは四機だけだ。
素人じゃないぞ、と味方に通信を送りたいが、そんな余地もない。
背後にくっついてくる一機を急減速でやり過ごし、追い越してきたところを撃墜する。
もう一機はしつこい。かなり使う。
すぐ前方をトンの機体が横切る。瞬間で、奴の背後を追っていた機動戦闘艇を狙い撃った。命中、エネルギーの暴走が爆発に変わる。
機動戦闘艇の残骸をすり抜け、まだ追いかけっこは続く。
『援護します』
エンファの声、強張っている。
素早く視線を周囲に向ける。
こちらに向かってくるエンファの機体のスラスターの一つが、脱落しかかっているのが見えた。
あれじゃ無理だ。
「一度、艦に戻れ。スラスターを交換だ」
『もう一機、落としたら』
そう言っている奴の背後には敵機が張り付いている。
閃光が走る。粒子ビーム。エンファの機体の防御フィールドが消える。
「エンファ!」
思わず声を上げると同時に、エンファの機体のスラスターが二つまとめて爆発し、奴の機体がすっ飛んでいく。
俺はがむしゃらに突撃していた。
エンファの機体にとどめを刺そうとした機動戦闘艇を、集中砲火で防御フィールドをぶち抜き、破壊しようとしたが、回避される。いや、スラスターを二つ、破壊できた。
俺は素早く旋回、こちらの背後の奴はまだくっついている。
目の前の煙を引く敵機が視界から消え、見えなくなる。
背後に集中。
超高速からの急旋回。
機体への負荷の表示が黄色、部分的に赤へ。
しかし旋回を緩めるわけにはいかない。
機動戦闘艇がしなった気がした。
ついに俺は敵機の背後を占め、攻撃。
粒子ビームが吸い込まれ、爆発。粉々になった機動戦闘艇のそばを走り抜け、しかし視線はエンファを探している。
あった。
緊急時の姿勢制御が機能したようだ。機動戦闘艇の胴体部分はおおよそ残っている。
「生きているか? エンファ? エンファ?」
雑音の向こうで声がする。聞き取れないが、生きているだろう。
すぐそばまで近づき、アームを展開する。向こうからもこちらが見えたのだろう、救命ポッドが分離され、俺はそれをアームで捕まえた。
戦闘は散発的になっていた。テロリストどもの機体は、残すところ数機で、奴らの負けは決まっている。
トンの機体がしつこく一機を追い続け、ついに撃墜して、戦闘は終わった。
奴らが逃げ去るのを俺は見られなかった。
格納庫にいて、エンファを救命ポッドから引っ張り出したのだ。
血臭が立ち込めた。
俺は言葉が出なかった。
コクピットの中に血だまりができ、しかし、エンファは笑っている。
「破片が飛び込みましてね。スラスターでしょう」
めったに見ない衛生兵がやってきて、看護師、軍医もやってくる。俺はその場から遠ざけられ、大勢に囲まれるエンファを離れて見ていた。
生き残った機体が次々と帰ってきて、その時にはエンファはもう処置室に運ばれていた。
「隊長?」
トンがやってくる。しかし俺を見て何かに気づいたようだった。
そんなトンを、俺はただ見ていた。見返して、言葉が出ない。
「生きていますか?」
気遣いでもないだろうが、トンは無表情にそれだけ、俺に訊ねた。
頷いて見せる。首がガチガチに固まったような感覚。
「死んではいなかった」
「なら、幸運です」
ジョークかもしれないが、笑えなかった。
整備兵たちも気後れしていたようだが任務を優先し、まずはトンを呼び、次に俺を呼んだ。
俺の機体はボロボロになっているが、整備兵たちはそのことには触れずに、
「スペアを多く用意してよかった」
など言って、俺の肩を叩いてくる。
力付けたいのだろう。
そんなに俺は、打ちのめされた様子でいるのだろうか。
思考が回らない。わからないことが多すぎる。
整備兵との話を終え、今度は戦闘についての報告会になった。
その場で即座にラビット・リーダーは解任され、さらに多くの兵士に懲罰が課せられた。カタパルト射出後の衝突事故など、素人の所業である。
実質的にこの艦の機動戦闘艇部隊は、俺の指揮下になるらしい。といっても、さらに撃墜されて戦死したものが出たので、一個小隊にも満たない。
「できるな? キックス大尉」
大佐の言葉に、俺は頷いた。
声は出せなかった。
会議が終わって、処置室へ行く。ドアの前に立ち、すでに処置中ではない表示が出ているのを見て、血の気が引いた。
恐々と医務室に顔を出すと、看護師が俺を見て、すぐに笑顔になった。
「こちらです」
導かれた先、カーテンの奥に進むと、寝台にエンファが寝かせられ、いくつもの点滴を受けている上に、たった今、軍医から何かの薬物を注射されているところだった。
「死にませんよ、隊長」
さすがに弱々しい声で、エンファが言った。
「ああ、しぶとい奴だと、誰よりも知っている」
久し振りに言葉を口にした気がした。俺が答えると、そうですよ、とエンファが笑みを見せる。
奴の腹部に巨大な機械が取り付けられているのが見えた。内臓を著しく損傷した患者が装着する奴だ。万能細胞から生み出した、代わりの人工臓器をつけるまで、この機械が命綱だ。
「しぶといどころじゃない」軍医がそう言ってこちらを見る。「不死身と言っても信じるね」
その場の全員が笑みを見せ、エンファは「腹が痛むんで笑わせないでくださいよ」と呟いた。
それから本隊に戻るまで、俺は格納庫と医務室を往復する日々を続けた。
亜空間航行に入ったので、敵襲はない。
エンファは日を追うごとに回復していき、本隊に戻った時には、簡易的な人工臓器を装着し、車椅子で生活している。
「さすがにもう、飛べませんよ」
第一艦隊所属の病院船に移動するシャトルの中で、エンファが言う。
それは事実だった。
俺にはどうしようもない、覆せない、事実。
「いつか」
エンファはこちらを見る。
「老人になったら、静かに酒でも飲みましょう。トンも一緒に」
「ああ、そうだな」
俺はエンファの肩を軽く叩いた。
「その時を楽しみにしているよ」
「あまり叩かないでください、腹が痛い」
「おっと、悪い」
俺たちは短く笑いを交わし、先へ進んだ。
エンファ・シーズは除隊した。
トライアングルはついに敗れ、二人になった。
俺の頭を支配しているのはただ一点。
俺たちの伝説を終わらせた奴らに、報いを受けさせる。
あの時の戦闘を、俺は暇さえあれば検証した。
俺は任された小隊を鍛え上げ、名前を、カトラス・グループ、と改めた。
俺の戦いは、俺だけのものではなくなろうとしていた。
(続く)
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