3-7 トラブルメーカー
◆
くそったれめ!
飛び交う粒子ビームの隙間をすり抜け、敵機を撃墜する。
粒子ビームの直撃に火の玉が生まれる。数瞬で拡散。
『隊長、敵が引きます』
「当たり前だ!」
機動戦闘艇を急機動で操り、背後からの攻撃を回避。
テロリスト、反乱軍どもの機動戦闘艇が俺の背後を走り抜け、離れていく。逆にこちらが追い縋ろうとするが、亜空間航法で離脱。俺の粒子ビームは虚空を引き裂いただけだ。
「くそ!」
思わず怒鳴りつつ、周囲を確認。敵は一機残らず、消えていた。
周囲には機動戦闘艇だったものが大量に浮遊している。こういう時の常で、帰るべき家、小型機動母艦アイバーンをチェック。
煙を上げているが、大丈夫か?
「アイバーン、聞こえるか? こちら、トライアングル・リーダーだ」
激しい雑音が返ってきたが、人の声が混ざっている。聞き取りづらいので、耳に神経を集中する。
『エネルギー魚雷の直撃を受けた。しかし艦の機能は回復しつつある』
そいつはよかった。死んだフリが功を奏したというか、怪我の功名って奴か。
戦闘が終結したのを見届け、機動母艦への帰還が始まる。
『隊長、ちょっと良いですか?』
通信はエンファだ。他には、トン以外には漏れていない。
『今の襲撃はあまりに露骨ですよ』
俺もそう思っていた。
機動戦闘艇の編隊飛行訓練の最中だった。全機が軽い武装のみで艦から離れていたから、テロリストの編隊が現れた時の混乱は、筆舌に尽くしがたい。
俺たちは慣れているが訓練中の部隊、ウルフ・グループとラビット・グループは、まったく役立たずだった。
一機、二機と落とされたところで、それぞれのグループのリーダーが、武装を換装するために艦に戻りたいと言い出した。二人が口論を始めたので、俺は言ったものだ。
「今ある武装でも撃退できる」
返事は無言、沈黙だった。
結局、連中は俺の意見を無視して、交代で武装を積み替えていたが、それは俺たちトライアングルに戦果をもたらした一方、極端な負担がかかった。
連中がやったのはほとんど敵前逃亡だった。
俺たち三機で十二機を撃墜し、結果、テロリスト諸君はお帰りになったわけだが、味方にも少なくない犠牲が出ている。
ウルフからは三機、ラビットからは半数にあたる四機だ。
どうも訓練飛行は中止だな。突然の奇襲で実質的には一個小隊を失ったわけだし。
「どんな可能性がある? テロリストが俺たちを狙う意味とは?」
質問しつつ、俺の視線は艦に戻っていく機動戦闘艇を見ている。どいつもこいつも、どこかしらにダメージを負っている。別に構わないか、交換可能なスペアの部品は山ほどある。
『俺たちを罠に嵌める意図ではないかと』
「俺たちの定義は?」
『はっきりしませんね。トライアングルなのか、帝国軍なら誰でもいいのか』
トンが割り込んでくる。
『今、俺たちには一個小隊の戦力しかない。機動母艦を撃沈しない理由が、その辺りにあるのでは?』
「なるほど、船を奪う、ってことか」
テロリストどもが、様々な型の艦船を訳のわからない技術で接続して運用しているのは、帝国宇宙軍で知らない奴はいない。
キメラ艦船、とか、ただ、キメラ、などと呼ばれる。
『こういう可能性はどうです?』エンファが続ける。『俺たち、トライアングルを、今なら倒せる。この可能性がちょっと、俺の中では捨てきれないです』
「こっちには十六機の味方がいた。それはちょっとハードルが高くないか?」
『そうでもないですよ、いいタイミングだったじゃないですか。そして案の定、連中は敵に背を向けて武器を取りに行った。馬鹿げてますけど』
そこまで考えるかな、と操縦桿を撫でつつ、俺は考えた。
トライアングルの名前は、おそらくテロリストどもにも響き渡っているだろう。もちろん、尊敬ではなく、憎んでも憎んでも、八つ裂きにしても足りないほどの、死神としてだろう。
それが荷物にしかならない味方を抱えて、しかも軽い武装で、それ以上の増援もない状態でそこにいる、となると、タイミングとしては抜群だ。
偶然だろう、というのが第一感、と考えているうちに、違和感も覚える。
偶然じゃない可能性は、はっきりしていて、むしろ狙い澄ましたようなタイミングだったのだ。時期が露骨すぎるがありえなくはない。
「どこかから情報が漏れている、っていうのがエンファの意見か?」
『でもどこからかは、皆目、見当がつきませんね』
「俺もだよ」
結局、その話は切り上げ、他の味方が全機、格納庫に入ってから、俺たちが着艦した。
格納庫はものすごい大騒ぎで、整備兵たちが慌ただしく行き交い、整備ロボットが騒音を撒き散らしながら、機体を分解していく。
俺たち三機はほとんど損傷らしい損傷もない。エンファの機体のスラスターが一つ、破壊されているだけ。
三人で顔を合わせて、休憩室に陣取って素早く闘いの全貌について意見交換した。
テロリストの奇襲を受け止めること、そのまま押し戻すことができたはずなのに、ウルフ・グループ、ラビット・グループが一時的に戦場を離脱して、結果、無駄な犠牲が出た、となった。
それぞれの携帯端末に報告会議に参加するように指示が出たので、俺たちは休憩室を出た。
パイロットスーツのまま会議に参加し、二つの小隊のリーダーが口論するのを眺め、こんな無能が第一艦隊か、とがっかりした。
「さっさと帰りますか」
誰もが黙った場面で、一応、進言しておく。二人の小隊長、全体での指揮官と副官が、こちらを睨んでくる。
「もう訓練どころじゃないですよ。一個小隊に相当する機動戦闘艇が撃墜されましたしね。さっさと帰って、ゆっくり眠りましょう」
「貴様、正気か?」
ウルフ・リーダーが怒気しかない声を向けてくる。肩をすくめて応じる。
「正気も正気ですよ。そちらこそ正気ですか?」
相手が掴みかかってくる。
殴り倒された。床に這ってそう気付いたが、その時には相手はトンに捕まり、勢いよく壁に叩きつけられ、失神していた。
「精神に破綻をきたした、って感じかな」
俺は起き上がりつつ、無意識に顎を撫でていた。痛いが、寸前で体を逃したのでそれほどでもない。失神した男は乱暴に床に放り出された。一応、寝かされた、としておこう。
うんざりした顔で指揮官が宣言する。
「ウルフ・グループはラビット・グループに編入だ。訓練航行は中止して、帰還する。以上だ」
会議が解散になり、俺は一度、医務室に行ってから、指揮官がいる指揮官執務室に向かった。
「なんだ? もう揉め事はご免だ」
デスクから動かずに、そんなことをいう指揮官に、俺はゆっくり歩み寄った。
「情報がどこかで漏れている疑いがあります」
「情報? 何の情報だ?」
「この訓練航行のです。テロリストは、計算ずくでさっきの襲撃を仕掛けてきたのではないか、と考えています」
鼻を鳴らされたが、俺は真剣だ。
「こちらはすでにダメージが大きい。帰還する航路はどうなっていますか?」
「大尉、心配のしすぎだ。テロリストなど、我々の敵ではないし、撃退しただろう」
「次はありませんよ」
じっと睨みつけると、指揮官はため息を吐いた。
「きみは上官に意見するのが好きなのか?」
やっとこの指揮官が大佐だということに意識が向いた。
大佐だろうと何だろうと、他人の命を好き勝手にする権利はないが。
わざとらしく敬礼してやる。
「どのように帰還する計画か、お聞かせください」
諦めたのだろう、彼はデスクの上の端末を操作し、そこに星海図を展開した。
「一度、亜空間航行から離脱し、十五分の通常航行で、再び亜空間航行に入る」
「すでに亜空間航行に入ってますね。一度目の亜空間航行から離脱するタイミングは?」
彼が端末を眺める。
「おおよそ三十分後だ」
三十分か。
さっきの襲撃地点からあまりにも近い。別働隊がいれば、先回りされる可能性もある。
もし、本当にテロリストに情報が漏れていれば、だ。
大佐が笑みを見える。
「杞憂だよ、大尉。下がりなさい。それと報告書を早く書いてくれ。本隊に帰還するまで、十日はあるが、怠けるな」
敬礼して、俺は部屋を出た。
向かう先は格納庫だ。報告書を書くのは後回しで構うまい。
俺はナーオ試作型のメンテナンスを眺め、整備兵に指示を出した。
「あと十五分で飛べるようにしてくれ」
「なんでです?」
整備兵が驚きを隠せないでいるが、俺は冷静なまま、というより、むしろ深刻な気持ちだった。
「嫌な予感がする」
「予感って……」
まじまじと整備兵はこちらを見たが、すぐに表情を改めた。
「了解しました」
「頼む」
素早く組み上げられていく機体を、俺はじっと見ていた。
(続く)
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