3-6 承認


     ◆


 新しい試験用の機体はそのまま俺の機体になり、ナーオ試作型などと呼ばれるようになった。

 反乱軍との戦闘にいきなり放り込まれたけど、俺は三機を撃墜し、機体を少しも損なわずに帰還した。

 何を意図していたのか、テロリストは嫌がらせのようにこちらの機動戦闘艇を潰しにかかったが、落とされたのは新人だけだ。

 せっかく鍛えてやったのに、俺たちの努力は水の泡だ。

 まぁ、逆にテロリストの連中を、反撃でおおよそ叩き潰すことはできた。

 戦死者の葬儀がその場で行われ、一日だけ、喪に服した。

 喪に服していても、喪章をつけるくらいで、仕事は続く。試験機の試験飛行があった。整備兵たちと激しくやりとりし、それは仕様にはありません! とか、怒鳴られたりもした。

 俺はナーオ試作型の試験飛行を続け、単機での亜空間航行の試験も行った。片道十二時間で、眠っていたいが、そういうわけにはいかない。

 丸一日を超える長時間の任務から帰還し、体をしっかりと洗い、食堂に行った。

 入った途端、ほとんどの兵士が立ち上がり、敬礼した。

 突然のことにびっくりして、わざとゆっくりと敬礼してみせる。

 理解不可能だが、柔らかい空気になった。

 しかしなんなんだ? 逆に恐怖を感じつつ、カウンターに向かい、料理を受け取る。知り合いがいないか見回すと、端の方でトンが食事をしている。俺の方を見て、ニヤニヤ笑っていた。

「さっきのあれはなんだ?」

 彼の前に陣取り、声をひそめる。

「大尉のことを全員が認めた、ってことですよ」

「俺が何かしたか?」

「宇宙海賊を押しとどめ、テロリストを撃墜し、これで疑う奴はいないですよ。あなたは本物ってことです」

 そうかい、としか言えない。

 それから二人で機体について話し合い、トンもナーオ試作型が気になるようだった。

「かなり乗り心地のいい機体だよ。どこかで正式採用されると思う」

「あんなヒョロヒョロする奴じゃ、パワーが欲しい奴はがっかりするだろうなぁ」

「かもな」

 先にトンが食事を終え、離れていく。

 一人になると、一人、二人と食堂を出る前の兵士がわざわざ俺のところへ来て、挨拶をしていく。いったい、この船はどうなっちまったんだ?

 俺を崇めたところで、何の意味もないのにな。

 食事が終わったので、部屋に戻る前に、気になることがあってスコット少佐の執務室になっている、機動戦闘部隊指揮官室に向かった。電子端末上でそこにいるとわかったからだ。

 入ろうとすると、女性士官が出てきて、鉢合わせした。お互いに謝罪の言葉を交わして、すれ違う。

「少佐、よろしいですか?」

 うん、と椅子に座っている少佐がこちらを見る。平静な顔だ。いや、さりげなく口元を袖で拭った。

 無視してやろう。

「この前のテロリストの襲撃ですが、あまりにこちらのことを知りすぎていると思うのですが」

「宇宙海賊が意趣返しにこちらの情報を売ったと私は考えている」

 それはそれで、筋が通りそうだ。

「訓練の日程を変えたらどうです? それが安全というものです」

「きみの考えることは私も考える。予定より早く本隊に帰還する。三日後だ」

 どうやら俺の不安は杞憂で終わりそうだ。

 内心、ホッとしている俺に、少佐が唇を斜めにする。

「きみにはまた任務が与えられる。ナーオ試験型の実地検証をしなくちゃいけないからな」

「これでもテロリストには目の敵にされているんですよ?」

「きみは最強だ。誰もそれを否定できない」

 そりゃどうも、と呟くしかない。

 部屋を出ようとして、嫌がらせをする気になった。

「さっきの女性は何者ですか?」

 気にするなと、笑われてしまった。噂を流してやろうかな。

 もう一度、格納庫へ向かい、整備が済んでいる自分の機体の周囲を回って、目視で異常がないか確認した。もちろん、そんな露骨な異常があるわけもない。

 コクピットに上がり、コンピュータを起動。簡易人工知能に音声認証で許可を得て、機体の状態を確認。

 粒子ビーム砲は積み替えられていて、新品だ。防御フィールド発生装置は、整備済みだな。正直、この二つさえあれば、敵機を落とすことはできる。

 まぁ、そんな機体じゃすぐに死ぬだろうけど、敵の二機か三機は巻き添えだ。

 一番気になる機体のフレームの歪みを、コンピュータに計測させる。色で表示させるが、全てが青だった。ふむ、整備兵も念入りにやったか。

 フレームの歪みで怖いのは、歪んだものを形状の上では元に戻しても、フレーム自体に疲労が溜まることだ。

 今はきっちりと設計通りの形状でも、その奥では目には見えず、コンピュータも計測できない異常がある可能性は捨てきれない。

 シートにもたれていると、整備兵がやってきた。

「何かお手伝いすることはありますか? 大尉」

「いや、ないね。話し相手が欲しかった」

「では、私が」

 俺はコクピットを出て、床に降りる。整備兵一人と一緒に、格納庫に併設の休憩室に向かった。

 そこに入ると、早速、整備兵がタバコを吸い始める。

「吸いますか?」

「習慣はないな」

「そうか、大尉は未成年でしたね。失礼しました」

 ゆっくりと整備兵が煙を吐き出す。遠回しな冗談は通じなかったようだ。

 俺はベンチに座って、ナーオ試験型のスペア部品について質問し、答えは「うんざりするほどありますよ」というものだった。

 メーカーが送りつけてきたようだが、当分は補充も必要ない、とも言う。

「正式にスペアを注文できるかな」

「スコット少佐はなんと? あの機体をこれからも使うようですか?」

「俺は気に入っているし、俺が気に入っているということは、使うってことになるんじゃないか?」

 自信家ですね、と整備兵が顔を綻ばせる。朗らかな表情。

「うちの隊長にも話を通して、大尉の意見を進言しておきます。もし無理でも、恨まないでくださいよ」

「死ぬまであの機体に乗るから、恨むも何も、それより先に俺は死んでいるさ」

「生霊より死霊の方が怖いですよ」

 面白いことをいう奴だ。

 整備兵と、理想的な機動戦闘艇について話をしているうちに、予定されていた訓練飛行の時間になった。機体の準備を任せ、俺はさっさと着替えに行った。

 今回の訓練航行の中でも何度もある、機動戦闘艇の実機を使った訓練で、俺たちトライアングルは模擬戦闘ではずっとターゲットだった。

 機体に戻り、コクピットに入ると、すぐに通信が入る。

『こちら、ファントム・リーダー。聞こえているか? ファントム・シックス』

 スコット少佐の声だ。

「ファントム・シックス、聞こえています。何ですか?」

『予定を繰り上げた。これが最後の訓練になる。言いたいことはわかるか?』

「本気でやれってことですね」

 そうだ、と返事がある。

 これはまた、楽しめそうだ。

「うんざりするほど、叩き潰してやりますよ」

『機体を大事にしろ、その一機しかないぞ』

「訓練で機体を潰すヘマはしません」

『よし。私も観察させてもらおう。以上』

 通信が切れる。と、すぐに今度は管制官からの指示が入る。

 訓練飛行は二時間に及び、俺とトン、エンファでおおよそ全員を撃墜した。当然、機体を潰すことはしないでだ。

 スコット少佐は真っ青になるか、真っ赤になるかのどちらかだろう。

 その訓練が終わり、機体の整備を見ているうちに、当のスコット少佐がやってきた。

「君の昇進を打診しないわけにはいかないな」

 俺はあまり階級には興味がないが、階級が上がり、少佐になれば部隊を指揮できるかもしれない。

「少佐は中佐になるわけですか?」

 冗談で返すと、彼は力なく笑うだけだった。

 こうして訓練航行は終わり、小型機動母艦スパイダは第一艦隊の本隊に戻った。

 三日間の休暇があり、その直後、俺たちトライアングルと、二つの機動戦闘艇小隊に、第四艦隊に属する機動戦闘艇部隊への教導任務が与えられた。

 イレギュラーなのは、俺たちトライアングルは二つの小隊のどちらにも属さないという形になることだ。これにはさすがに上層部の意図は読めなかった。

 それに俺たちに同行する小隊も、第一艦隊の中ではそれほどの技術がある隊ではない。

 彼らも同時に鍛えろ、という意図かもしれない。想像だが。

 任務を命じられて、意図がわからないなどと、駄々をこねる軍人はいないし、軍人は命令に従うだけだ。知っている奴が知っていて、指示を出せば、それで成立したりする。

 こうして、全体像が見えないままに俺たちはまたも、本隊から離れ、別の任務に従事することになった。




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る