3-5 敵と試作機
◆
佐官クラスの部屋には何度か入ったことがあるが、スコット少佐の部屋は閑散としている。それもそうか、二ヶ月だけの住まいだ。
「体は治ったかな?」
書類を見ていた目が、こちらに向けられる。
嬉しそうでも、楽しそうでもない。不機嫌そのものだ。
「お陰様で」
まるで上官へ向ける言葉遣いではないが、場を和ませるためとしておこう。
スコット少佐もそういうことをガミガミ言ったりはしない。
「敵について我々で分析したが、君があそこまで手こずるのを、みんな不思議にしていたよ」
「俺だって無敵じゃありませんし、体はひとつ、機体もひとつです」
「負け惜しみか? 珍しいな」
「相手は反則ですからね」
ふむ? と少し少佐の表情に意外の色がさす。
なんだ、気づいていないのか。
「あの三機は無人機ですよ、人工知能でしょう」
「人工知能? 自動操縦か?」
「もっと自由度の高いものですね。帝国軍では話を聞きませんから、一部の研究者が知っているくらいだと思います」
唸りながら、スコット少佐はやっと俺の話を真剣に聞く気になったようだ。
「そう判断した理由を提示しろ」
「記録映像はご覧になったはずですが、戦闘の冒頭、なぜか俺と一対一になりかけた場面があった。そこでまずおかしいと感じましたが、気にする余裕はない。こちらが後ろを取って、そこで攻撃した時に、敵の正体におおよそ当たりがついたのです」
「わからんな」
「俺の粒子ビームを回避したんですよ。背後からの攻撃をね。どういう可能性が思いつきますか?」
「偶然だろう?」
「その割には最低限の動きだった。俺はこう感じました。見えているんだな、ってね」
じっとデスクを睨みつけ、思考を巡らせているスコット少佐は何も言わない。補足してやるか。
「敵の三機が観測情報をすべてリンクしていれば、俺たちがやるような背後を繰り返し眺めて相手を伺うなんて手間はかからないし、はっきりと、自分の状況を客観的に俯瞰できる。インチキですが、まぁ、仕方ない」
「報告書にはなんと書く?」
「ありのままに書くしかないでしょう。あれは宇宙海賊だから、気が楽だ」
ぽかんと、こちらを目と口を丸くして見始めた少佐の顔は、写真に撮りたいな。
「テロリストではないのか?」
どうやら反乱軍の皆さんと勘違いしていたらしい。
「母艦も連れずに、機動戦闘艇だけで俺たちを襲う? テロリストはそんなことはしません。テロリストの攻撃は、戦意高揚か、物資の奪取が主ですよ。まかり間違っても、訓練航行中の帝国軍を襲ったりしない。そもそも、襲ってすらいないのかも」
「どういうことか詳しく話せ」
「帝国軍の機動戦闘艇を撃墜して、その残骸を回収するれば、闇で売れる。それは海賊の手法です。しかし今回は、ただ単にうちの偵察部隊と連中が鉢合わせして、戦闘になったんでしょう。母艦がいないのは、先に逃げたからです」
「亜空間航行でか?」
「いえ、通常航行で」
わからん、と椅子にもたれる少佐。
「なぜ亜空間航行で逃げない?」
「その現場で亜空間航法を稼働する計算をすると、計算が終わるまで戦闘が起こっている宙域にとどまることになる。そんなことをしていたら、帝国軍の援軍がやってくる。まずは現場を離れつつ計算をして、さっさと逃げる、というのがシンプルです。機動戦闘艇を残したのは、囮の意味もある。筋が通るでしょう?」
もう何も言わないまま、すっとスコット少佐が手を振った。
「機体を捨てたことに関する報告書を書け。簡易人工知能の助けを借りて」
「了解です、すでに半分は出来てますよ」
続けざまに、俺に新しい機体をもらえますか、と言おうとした時だった。
サイレンが鳴り始める。同時にスコット少佐のデスクに置かれた受話器が赤い光を明滅させる。
可能性はひとつだけだ。
敵襲。
少佐が話している間に、俺も携帯端末を取り出し、艦の状態をチェックした。
通常航行中で、亜空間航行の発動まで十五分。
レーダーが捉えている敵機は、小型機動母艦が一隻、こちらに向かっている機動戦闘艇は二十機。
つまりおおよそ戦力は拮抗している。
「格納庫へ行きますよ、空いている機体を使います」
まだ通話中の少佐に敬礼すると、彼がマイクを押さえながら言った。
「第二十五格納庫へ行け」
第二十五格納庫?
頷いて、部屋を出る。通路では兵士達が行き交っている。突然の奇襲で、誰も心の準備などできていない。
格納庫まで走りながら、自分の体のことが不安になったが、大丈夫らしい。
あまり医者にばかり面倒を見てもらうと、そのうちにサイボーグにされるかも知れないな。
格納庫は大騒ぎで、機動戦闘艇が次々とカタパルトに引っ張られていく。
壁際を走って、二十五番格納庫へ。格納庫は大型船を格納庫に入れる時などに、機動戦闘艇をしまっておく場所だ。
何があるやら。機体があるんだろうから、乗れることを願うのみ。
扉にたどり着き、認証装置に手のひらを当てる。小さな電子音の後、扉が重々しく開いた。
開ききる前に中に入ると、自動で明かりがつく。
「こいつはまた」フラフラと機体に歩み寄っていた。「すごいな」
型番は知らないが、ユグドラシルの系統だ。全体的にシャープな形状である。
スラスターが小型化され、さらに増設されている。防御フィールド発生装置が二つ、積まれていた。
粒子ビーム砲はひとつだけ。最新型のエネルギー魚雷発射管も付いている。
背後で人の気配がしたが、一人かと思ったら三人ほどが入ってくる。全員が整備兵だ。
「少し下がってくださいよ、大尉。今、出します」
俺を担当している整備兵たちで、一人を慌てて捕まえた。
「こいつはなんだ?」
「試験飛行を頼まれていた機体ですよ。予定では昨日にやるつもりが、パイロットが寝込んでいたんです」
寝込んでいたって、俺のことか?
事前に全く聞いていなかった。サプライズのつもりか?
パイロットスーツに着替えてくださいよ、と言われたので、俺は素早く着替えに行った。
格納庫に戻ると、既に機体は格納庫を出て、発進準備の最中だ。
整備兵からスペックデータを示されるが、もちろん、読んでいる暇はない。
コクピットに乗り込む。整備兵たちもわかっているもので、操縦桿の位置、ペダルの位置、投影されている計器類など、全部が俺の慣れた位置にある。
牽引車に引っ張られる俺に、整備兵が親指を立てて見送ってくれる。
こちらも同じことをして、牽引されている間に、機体のスペックでも重要なものだけを見て、再確認する。
『こちら管制、ファントム・シックス、応答しろ』
「ファントム・シックス、発進許可を」
『そちらでも見えているだろうが、戦況は拮抗している。戻ってこいよ』
ありがとう、などと答えているうちに、機体がカタパルトに接続された。
試験機なんだ、好き勝手にやっていいだろう。データも欲しいはずだ。
俺はぐっと身構え、カタパルトの加速に身を任せた。
(続く)
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