3-4 乱舞


     ◆


 ほとんど賭けだった。

 信号が消えている地点へ飛び出すように亜空間航法の計算を行い、俺の機体は機動母艦スパルダを飛び出してすぐに、かき消えただろう。

 あまりにも近いため、亜空間航法ではほんの五分だ。

 亜空間通信でスパルダに入ってくる情報をチェックする。

 消えた機体は四機になった。

「誰も近づかせるな、実力のない援護は無駄だろう」

『無駄とはなんだ! 仲間だぞ!』

 通信担当の相手が怒りをぶつけてくるが、俺に怒りを向けられても困る。

「俺に文句を言うな。相手は巧妙だ。待ち構えているぞ」

『なぜわかる! 貴様、ファントム・シックス、階級はなんだ!』

 こういう事態でも階級を大事にするとは、恐れ入る。

 一方的に通信を切った。もう数分で離脱になる。シートの具合をもう一度、確かめる。複数のペダルの位置、操縦桿の感触を確かめた。

 何も普段と変わらない。

 ただ、久しぶりに命のやり取りだ。

 亜空間航行から、離脱する。三、二、一。

 宇宙が色を取り戻す。何かが漂っている、と思ったら、真っ先に目に入ったのはパイロットスーツを着た人間だった。動かない。死んでいる。

 周囲にはバラバラになった機動戦闘艇の部品。

 くそったれめ。

 背筋が冷えたのは、視界の隅で光が起こったからだ。

 操縦桿を倒すと同時に、衝撃。防御フィールドが削れる。

 機動戦闘艇だった。こっちに飛び込んでくる。二機、いや、三機か。

 しかし一機が突出していて、二機は援護か?

 好都合だ。

 一対一の格闘戦。相手は相当に使う。それでもこちらが背後を取った。

 照準を手動で補正。発砲。外れる。

 なんだ?

 変な回避の仕方だった。際どい避け方だし、まるでこちらが見えていたような……。

 相手が機首を起こし、スラスター全開。機敏さでは負けない、こちらも同様の機動。

 側面から粒子ビーム、二機目の敵だ。

 機体を倒し、離れる。今度はこちらが背後を押さえられた。しかも二機にだ。

 側面から三機目。

 良いじゃないか、面白いぞ。

 興奮と冷静が同時に心に満ちて、混然一体となり、全ての情報が雪崩れ込むように俺の中に入ってきた。

 その全てが完璧に咀嚼された。

 機体を振って、三機目と正対。

 粒子ビームの交錯。同時に俺には他の二機から粒子ビームが向かってくる。

 短距離ミサイル、点火。切り離しのタイミングをほんの僅かだけ遅らせる操作。

 ミサイルに引っ張られ、機動戦闘艇の機体が想定外の勢いで、回転。

 これで背後からの粒子ビームを回避し、その上で回転の勢いで、素早く前後を入れ替えることができた。

 二機のうちの一機に狙いを絞り、トリガーを押す。

 敵も撃ってくる。

 推進器、最大出力。二機とすれ違い、さらに距離を取る。

 もう後ろのことは気にしても仕方ない、と割り切った。相手は相当な腕前だし、それが三機だ。ここは時間を稼いで、味方を待つしかない。

 すぐにトンとエンファが来るはずだ。

 俺の背後に三機がくっついてくる。鬼ごっこだな。

 激しい機動の連続に、俺は記憶が呼び覚まされてくる。

 機体のことなど意識しない、凶暴な操縦技能。

 これは実戦だ。生き残った方が勝ちだ。

 機体なんて、ただの器。

 俺の肉体さえも、ただの装置だ。

 粒子ビームを回避し、防御フィールドで受け止め、飛び続ける。

 引き離せない。

 機体性能に差はない、ほぼ同じか。

 数だけが不利、ではない。

 俺が勝っている点は見当たらない。

 敵は連携も、状況把握も、操縦技術も、全てのレベルが俺を上回っている。

 俺がこうして生きているのは、ほんの小さな偶然の積み重ねか。

 モニターの隅で、いよいよ機体への負荷が限界になり、赤い表示が出る。

 時計を見た。

 まさに今だ。

「助かったな」

 亜空間航行から、二機の機動戦闘艇が飛び出した。

 言葉も交わさずに、三対三の戦闘が始まった。が、俺は長持ちしそうもない。

『後続が来るまで三分です』

 トンの冷静な声。

 ありがたいったらないぜ。

 言葉を返す余地もなく、ひたすら操縦桿とペダルに集中する。

 機体が激しい微振動を起こし始める。いよいよフレームがイカれる兆候だ。

 と、目の前から機動戦闘艇が消えた。

 亜空間航行による離脱。冷や汗ものだが、助かったか。

 敵機が次々と消え、戦闘宙域には俺とトン、エンファだけになった。

「映像を記録したか?」

 二人がしたという返事をする。それで俺も、組織の中では首の皮一枚で助かりそうだ。

 独断専行やら何やらで、放り出される可能性は、ギリギリ回避できるだろう。

 戦闘で生き残ったのに、今度は集団の規律の中で生き残らないといけないとは、我ながら、馬鹿げているが、それが現実だ。

 トンが言った通り、三分で増援が次々と現れ、全部で機動戦闘艇は八機になった。

『聞こえるか、ファントム・シックス』

 どこの誰かと思ったら、知らない相手だ。ゴールド・スリー。

「何かあったか?」

『そちらの機体からエネルギーが漏れている。機関を停止するべきだ』

「そりゃどうも」

 実は機関はとうの昔に停止していた。フレームが破断して、安全装置が働いたのだ。今、漏れているのは絞りかすに過ぎない。

 俺のために救助部隊が編成されたという連絡があり、一応の安全も確保されたし、俺は機体を捨てることにした。

 めったに引かないシートの下のレバーを引っ張ると、衝撃と共に操縦席のユニットが切り離され、そのまま救命ポッドになる。

 救助部隊の輸送船がやってきて、アームで俺の棺桶を回収してくれる。

 あとは自力で乗り移り、エアロックを抜けて、やっとヘルメットを外すことができた。

 待ち構えていた軍医が俺を簡易診断し、精密検査の必要性を説明し始めた。

「帰ったら受けるよ」

「絶対ですよ」

 そんなに重傷でもないし、慣れているがね。

 そう思いつつ、急に全身に痛みを感じつつ、通路に出ると、若い兵士が端末を差し出してくる。

「ベンジャミン・スコット少佐からです」

 どうも、と受け取り、耳に当てる。少佐も機動戦闘艇の中だから、音声だけの方が都合がいいだろう。

「ケルシャー・キックス大尉です」

『無事か? 敵はどうなった?』

「無事ですし、敵は逃げました」

 逃げた? と少佐が声を漏らす。

 逃しちゃ悪いか。

「相当な使い手です。データがあるので、艦に戻り次第、全員で分析すればいい」

『無事に帰ってこい』

 通信が切れた。優しいようだが、どうだろうな。

 俺はリビングスペースでシートに横になり、うとうとしているうちに、船は小型機動母艦スパイダに戻っていた。

 軍医の添え物のような若い看護師が俺を起こしに来てくれたが、全身が痛んで、起き上がるのにも一苦労だ。

「先生を呼んできましょうか?」

「いや」俺は笑みを見せてやる。「それじゃ、あんまりにかっこ悪い」

 どうにかこうにか起き上がり、格納庫に降り立った。

 整備兵が三人、駆け寄ってくる。

 全員が俺の前で敬礼をした。本気のびしっとした奴だ。

 返礼したいが、体が動かない。

「諸君、重要な任務がある」

 三人ともが真面目な顔で俺を見た。俺はどうにか頷いた。

「俺を医務室に運んでくれ」

 それだけ言って、俺は倒れこんだ。

 緊張が切れたのか、意識を失っていて、気づくと医務室に併設の病室で、ベッドに寝かされていた。他にも五台のベッドがあるが、誰も寝ていない。

 頭を振って、意識をはっきりさせる。

 と、部屋に看護師が入ってくる。例の看護師だ。

「大丈夫ですか? 今、先生を呼んできます」

 バツが悪いが、自業自得か。

 結局、一日をそこで過ごし、寝ているわけにもいかず、端末で報告書を書いていた。

 めでたく全快と認められて、真っ先に格納庫へ行った。

 俺の機体があった場所は、空白だ。

 いやはや、こんなことになるとは。立ち尽くすしかない俺に、整備兵が駆け寄ってくる。

「キックス大尉、もう体は良いんですか?」

「うん、しっかり休んだから」

 ちょっとだけ整備兵が笑みを見せる。しかしすぐに表情を改めた。

「あの、スコット少佐の元へ行かれましたか?」

「これからだけど?」

「お待ちかねだと思いますよ」

 冗談だろ、と思ったが、冗談ではなかった。ポケットの中で携帯端末がメッセージの受信音を立てる。見てみると、スコット少佐からの出頭命令だった。

「行ってくる」

 俺は整備兵にひらひらと手を振って、その場を離れた。




(続く)

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