3-3 訓練航行
◆
機動母艦カスターの酒場は、今日も盛況だ。
「真面目に仕事をしているようだな」
いつかの憲兵大佐がやってきた。俺は一人で、一緒に来たトンとエンファは離れたところで女性士官と楽しく飲んでいる。俺は無意味にミックスベジタブルを皿の上で分類していた。
ちょっと精神を病んでいるかもしれない。
「訓練航行に行くらしいな」
大佐はすでにグラスを持っていて、ビールが注がれている。いい具合の泡で美味そうだが、もちろん、飲んだことはないし、飲みたいとも思わない。
「二ヶ月ですよ。ちょっとした休暇と考えますけどね」
「きみたち三人は毎日、撃墜数を稼いでいると聞いている」
「撃墜しているわけではなく、訓練で相手に負け判定を与えているだけで、相手は敵じゃない。何より、辺境地帯や実戦部隊にいれば、長々とした訓練の間に、実際の敵機を、実際に撃墜している。俺たちには何の得もないですよ」
言うね、と大佐がかすかに笑い、ビールに口をつけた。
「自分の行動が不思議になることがないか?」
「例えば、どうして苦いだけのビールを飲むのか、みたいな感じにですか?」
素早くやり返すと、大佐も笑った。死神を笑わせたら、寿命が延びるだろうか。
そんなことを思うとは、本当に精神を病みつつある気もするな。
大佐がゆっくりと喋る。
「味方を訓練しているのは、善意のようだが、本当の善意を示すなら、テロリストを全部落とせば、もう誰も死なない」
全部落とすか。
それは面白いな。撃墜数が天井知らずになる。
「俺一人でも、うちの奴らも含めて三人でも、それは夢のまた夢ですね」
「では何人なら可能だろう?」
なるほど、これが酒場での会話か。酔っ払っているとしか思えない。俺も、大佐も。
「敵の総数がわからないですが、三百人は必要です。それも一流のテクニックの奴らが、完全な連携をして、です。そして戦いの中で半分は死にますね。ワンサイドなどありません」
ほとんど妄想で雰囲気だけを伝える言葉。その雰囲気は大佐に通じたようだ。
「半分が死ぬ、か」
「それでも少ない方ですよ。弱い奴らをいくらぶつけても、死人が増えるだけだ」
考えておこう、と大佐が一口、ビールを飲む。泡はほとんど消えている。もう美味そうでもないな。
「君の夢は?」
話題を変えてきたな。
「特にありませんよ、行けるところまで行く、上がれるところまで上がります」
「人の死の上に立って、か?」
この人は実にセンチメンタリズムを大事にする人だ。
「すでに数え切れない人間を殺してますよ。今更、気にもなりません」
「情熱があるようで、冷淡な厭世家、か。きみのことをもっと知りたいね」
「俺が二十歳になったら、一緒に酒でも飲みましょう」
「その時は奢らせてもらおう」
大佐はビールを飲み干し、では、と一言だけ言って、去っていった。
と思うと足を止め、こちらを振り向く。俺の手元の皿を指差した。
「何か意味があるのか?」
何も、と笑って答えると、彼は神妙な顔で今度こそ去っていった。
その翌日には俺とトンとエンファも含めた機動戦闘艇小隊三つが、小型機動母艦スパイダに乗り込み、訓練航行に出発した。
乗組員は戦時のそれを想定しているし、整備兵も乗り込んでいる。
訓練期間は二ヶ月で、亜空間航行を繰り返したり、機動戦闘艇同士の模擬戦もある。他にも哨戒任務を実際に行ったり、とにかくテロリストとの戦闘で想定される全てを実際に訓練する。
憲兵大佐には休暇などと言ったが、はっきり言って、暇らしい暇もない。
これが軍隊というものだし、戦闘態勢はそういうものだ。
俺は長い時間を愛機の元で過ごす。ナーオ四型のコクピットで、艦内でやり取りされる通信のほとんどを閲覧する。これは階級で与えられている権限で、実際には艦橋や情報処理室に入ることもできるわけだけど、あまりに俺には敵が多すぎる。
こっそりと、場の空気を乱さないように、という繊細な気遣いで、ここにいるわけだ。
キャノピーを開け放っているので、周囲で整備兵たちの会話や笑い声が起こる。その音は不思議と緊張を解いてくれる。
亜空間航行で二日ほど跳躍し、飛び出した先の映像を俺はやっぱり機動戦闘艇の中のモニターで見た。
何もない空間だ。
艦長から指示が出て、戦闘態勢が正式に発令される。もちろん、訓練だ。
俺も一度、機体から降りて作戦検討室に走った。機動戦闘艇のパイロットは大勢いるので、まずはここでの会議に小隊指揮官が集まる。俺は実際には小隊指揮官ではないが、ターゲットの指揮官として、入る権利があった。
入らなくてもいいが、知っておくべきことは多い。
俺がそっと中に入ると、こちらをスコット少佐が見て、会議が始まった。
どうやら艦の周囲の安全を確保する計画だ。機動戦闘艇部隊から偵察部隊を編成し、全方位へ飛ばす。基本の基本、基礎の基礎だな。
俺は指名されないので、ただ眺めるだけでいいだろう。
小隊指揮官が指示を受け、離れていく。スコット少佐がやってくる。
「キックス大尉、君は待機だ」
「了解です」
「そのうち、出番もあるあろう。それと、制服でここに来るな、パイロットスーツを着ろ。いつ出番があるか、わからない」
まったく、心にもないことを言う御仁だ。そんな場面は当分ない、と顔に書いてある。
俺は制服のままナーオ四型のコクピットに戻り、訓練の進展を眺めていた。
格納庫はすぐに騒がしくなり、機動戦闘艇が移動を始める。偵察部隊が出払うと、今度は一気に静かになった。
コクピットで小さな星海図を展開し、偵察部隊の動きを見る。どこにも乱れがない、お手本のような飛行経路。
と、一つの信号が途絶する。どこの誰だ? ゴースト・フォーとシックスのペアがいたようだ。消えたのはシックスで、すぐにフォーも消える。
「トン、エンファ、支度をしろ」
『してないのは大尉だけですよ』
すぐにトンから返事があった。くそ、パイロットスーツを先に着ればよかった。横着したせいだ。俺も直感が鈍っているかもしれない。その前に規則を大事にしなくては。
さっさと機体を降りて、更衣室へ走る。途中で顔なじみの整備兵を見つけ「実戦かもしれない、武装を搭載しろ!」と怒鳴りつけておく。相手は目を白黒させている。
「早くやれ! Bセットだ! セブンとエイトにも!」
整備兵を置き去りに、携帯端末で相棒二人と連絡を取りつつ、更衣室のロッカーから取り出したパイロットスーツに素早く着替えて、今度は整備兵とやりとりする。
画面の向こうで整備兵が、許可がないと無理だなどとまくし立てるのに、俺の方も、責任は持つなどと紋切り型なことを言い返しているうちに、その整備兵の前まで来ていた。
と、格納庫にサイレンが鳴り始めた。やはり緊急事態だ。
俺の機体にBセットと呼ばれる武装が装着されている。なんだ、ちゃんと仕事してるじゃないか。
チャフ、フレア、デコイなどのセットと、斥力場フィールド中和装置のついた二発の短距離ミサイルだ。
トンとエンファはすでにコクピットにいるが、武装の装着途中。
ナーオ四型のコクピットに入り、シートに体を固定しつつ、通信をつなぐ。
「セブン、エイト、後から来い! 管制官、聞こえているか? こちら、ファントム・シックス! 発進許可をくれ!」
『なんだと? ファントム・シックス、緊急事態だが、そちらについては何も指示を受けていない』
くそ、時間がないぞ!
星海図を展開。他の哨戒機がロストした二機のポイントに向かっている。
良いカモじゃないか。
「少佐! スコット少佐!」
チャンネルを変えて呼びかける。ノイズの後に返事。
『緊急事態だ、後にしろ』
「俺たちを出してくれ。もう待機している!」
少佐は言い淀んだようだが、『良いだろう』と絞り出すような返事があった。
「管制官に話を通してくれ」
光が瞬いたと思ったら、星海図の中で信号がまたひとつ消える。
久しぶりの実戦だが、急がないと無駄死にする奴が増える。
管制官からの指示を聞きながら、光の点を睨むしかできない俺の体を、牽引車が機体を掴んだ振動が揺らした。
(続く)
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