3-2 地獄へようこそ


     ◆


 機動母艦カスターの指揮官たちとは顔合わせがあったが、下士官や兵士との顔合わせは、セッティングされずにめいめいに挨拶してくる形になった。

 別に歓迎会をやって欲しいわけでもない。軍隊だし。それも周りの連中を押し分け、掻き分け、蹴落とし、ここまでやってきた奴らだしな。

 仲間は使える奴で、使えない奴は仲間じゃない、ってことか。

 俺が食堂で飯を食べていると、兵士たちがやってくる日が続いた。

 俺と同年の奴もいるが、大抵は年上で、しかし階級は下だった。どうして俺に興味を持つのかは、はっきりしていて、十九歳で、大尉で、撃墜王で、第一艦隊に配属になった、そういう話題てんこもりの男が俺だからだ。

 兵士たちはみんな礼儀正しく挨拶し、握手を求めてくる。それに答えるが、名前を覚えるのは無理だ。あまりに忙しすぎた。

「撃墜数をなんでカウントしないんです?」

「誰かがカウントしているからね」

 オォー、などと歓声が起こる。

「どんな機体が最強だと思いますか? 具体的には?」

「どんな機体でも、パイロット次第で最強になるさ」

 また、オォー、だ。

 そんなやり取りが何日か続き、実機に乗る機会を待っていたが、やっとやってきた。

 実機での訓練という形で、機動母艦カスターに所属している五つの小隊による集団戦闘を実際に行う。粒子ビーム砲は実弾を発砲しないモード。

 もう誰も、どうやっても、数えられないほど繰り返しやってきた訓練内容だ。

 俺の機体はナーオ四型のままで、整備は万全だ。そこはさすがに第一艦隊の整備兵だった。注文にもよく応えてくれる。

 他の四十機を超える数の機動戦闘艇が、合図と同時に模擬戦闘をスタートする。

 五つグループのうちの一つは観戦で、他の四つが二グループずつで連携を取って戦う。機動母艦からの観測で勝敗が決まり、観戦しているグループと一つのグループが入れ替わるらしい。

 俺が所属するファントム・グループは最初は観戦だ。

 しかしぼうっとしている奴はいない。整備は万全だが、飛ばしているうちに異常が出ることもある。様々な機動を繰り返し、機体の反応を確かめているうちに、一回戦の訓練が終わった。

『諸君、準備はいいか?』

 スコット少佐からの言葉に、全員が返事をする。

『隊長、作戦は?』

 エンファからの俺への通信。

「俺は隊長じゃないよ。だが、まぁ、俺たちのやり方を見せてやろう」

『了解』

『了解です』

 トンからも返事が来る。

 十五機ほどの敵機の群れに、俺たち三機を含める十六機が飛び込んでいく。

 俺とトン、エンファは一塊になった。

 それから俺たちは撃墜を量産することになる。三機がお互いをカバーし、しかもその連携が役割を決めないレベルになっている。言ってみれば、誰もが即座にオフェンスになり、即座にディフェンスにもなる。

 本筋の飛行かと思えばそれは囮で、囮と気づいて離脱しようにも他の二機に撃ち落される。

 正確には、撃ち落されたと判定されただけで、ピンピンしているが。

 敵機は正確には十七機だったけど、俺たち三人で六機を落とした。もちろん、俺たちのグループの勝ちだ。

 次も勝ち、次も勝ち、次も勝った。

 俺たち三機は落とされることがない。仲間内での通信でさえ、どこか覇気がないものになっている。俺たちがあまりにも食いすぎて、他の奴らは訓練にならないだろう。

『聞こえるか、ファントム・シックス、セブン、エイト』

 どこからの通信かと思ったら、訓練を調整する管制官だ。

『君たちは訓練から外れて待機しろ』

 了解、と答えて、すぐにトン、エンファと繋ぐ。

「やりすぎたな。連中の腕前をどう思う?」

『実戦経験がとにかく乏しいですね。駆け引きが下手だ』

 と、トンが即座に応じる。まさに、とエンファも言う。

『技術は高いですが、活かしきれていない。まぁ、俺たちの飛行に比べれば、実に綺麗で、まるで俺たちが泥臭いように感じます』

「あまり参考にもならないが、奴らのスマートさを見学させてもらうとしよう」

 そんな具合で、俺たちは他の仲間が訓練するのをずっと眺めて、結局、訓練に戻れないまま、格納庫へ向かうように指示された。

 格納庫に滑り込み、牽引車で所定の駐機場所にたどり着き、キャノピーを開放する。

 床に飛び降りると、整備兵がやってくる。

「あんな飛び方は初めて見ました」

 一人が声をかけてくる。

「あれが俺たちの流儀だよ。機体への負荷がとにかくすごい。念入りにフレームを見てくれ」

「フレームが破断した機体で敵機を落としたことがある、って噂を聞いていましたが、事実ですか?」

 あれはもう二年も前か。

 この二年で、機体への負荷を減らす飛び方を、俺なりに取り入れてきた。もうフレームに異常をきたすような飛び方は、めったにしない。

 それでも俺の手法は異質である。

 整備兵と話してから、その場を離れようとすると、数え切れない視線を感じた。

 格納庫の全方向から、機動戦闘艇の操縦士たちがこちらを見ている。睥睨するように、俺は端から端まで、睨み返した。

 さっきは訓練だったが、実戦になればどうなるか、こいつらがわからないわけがない。

 恐怖すればいい。怯えればいい。

 俺の価値観は単純だ。

 強い奴が正しい。強い奴だけが強制できる。

 もし俺が間違っていると思うなら、一度でも俺を落として見せろ。

 改めて全員を眺めて、俺は歩き出す。トン、そしてエンファが横に並んだ。

「あんなに殺気立っちゃって、みっともない」

 エンファの冗句に俺は笑ってしまった。

「自分が強いと思っていたんだろう。俺たちの前じゃ、子どもの遊びだったな」

「これで第一艦隊とは、肩透かしですよ」

 トンの言葉に「俺たちが鍛えればいいさ」と応じておく。

 スコット少佐がこちらに駆け寄ってくる。俺たちは立ち止まり、敬礼する。スコット少佐はわずかに表情がぎこちない。

「君たちに任せたいことがある」

 視線で先を促すと、少佐は不憫なことに止まらない冷や汗を拭いつつ、やっと口にした。

「君たちには機動戦闘艇の戦闘訓練で、ターゲットになってもらう」

 ま、それが妥当だろう。

 ターゲットというのは、要は仮想の敵機である。

 俺たちを落とすことに全員が必死になるか。それは面白いな。第二十二方面軍でもやっていたことでもある。ここでやるとなると、手応えは段違いだろう。

「俺たちは新入りですよ、少佐」

 ふざけて言ってみたが、返事はそっけない。

「しかし強い。違うか?」

 思わずトン、エンファを見てしまった。二人とも笑っている。

 少しは謙虚さとか、謙遜する姿勢を勉強しておくんだったな。

 俺もだけど。

「やらせてもらいますよ、ええ、よろしくお願いします、少佐」

 スコット少佐の表情は強張ったままだった。

 地獄へようこそ、第一艦隊機動艇操縦士の諸君!




(続く)

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