第3部第1章 最強金字塔編 男の戦い

3-1 第一艦隊


     ◆


 帝国宇宙軍中央方面軍第一艦隊。

 実際には近衛艦隊があるために、最高位の艦隊ではないが、近衛艦隊はほとんどが貴族連中に占められている。実戦とは縁のない艦隊だ。

 だから中央方面軍第一艦隊こそがトップであり、エリート中のエリートになる。

 第一艦隊所属の機動母艦カスターが、とりあえずの俺の居場所になった。

「第一艦隊に乾杯だ」

 そう言って十九歳の俺はオレンジジュースを掲げてみせる。

「乾杯」

「乾杯」

 二人の部下、第一艦隊まで引っ張ってきた相棒が、こちらは酒の入ったグラスを掲げる。

 俺は第二十二方面軍で、ルイズ・グループの小隊長をやっていたわけだが、この二人、背が高い方のトン・クー、坊主頭の方のエンファ・シーズは、同じ部隊に属していた。

 つまり直接の俺の部下だが、実際には部下という言葉では片付けられない間柄だ。

 二人と出会ったのは一年前で、トンは高校卒業後に入隊して、まさしく一兵卒からのし上がってきたやり手、一方のエンファは私立大学の卒業者だが、アマチュアの機動艇パイロットだった。

 それぞれに癖がありながらも腕のある二人を、俺はひたすら訓練した。

 いつの間にか俺たち三人はトライアングルと呼ばれ、無敵のトリオとして名を上げた。

 第一艦隊から声がかかった時、無理やりに交渉し、こうして連れてきたわけだが、第一艦隊にはプラスに働くだろう。第二十二方面軍、アグリ少佐は困るだろうが。

 いつの間にか、みんな出世して、俺も大尉だ。

 新しい立場は、ファントム・グループの、ファントム・シックス。トンとエンファはそれぞれ、セブン、エイトだ。

 いつかこの艦隊にいながら、部隊を指揮したいものだが、まずは実力を示さないと。

 これからの根城になる機動母艦カスターの酒場で俺たちは卓を囲み、料理も運ばれてくる。

 と、背中に何かがぶつかってきた。その程度で揺らぐ俺でもない。

「なんだぁ」

 背後でわめき声。さすがに振り向く、ゆっくりと。

 やけに体格のいい少尉の襟章の男が、赤ら顔でこちらを見下ろしている。

「いつからここはガキが出入りするようになったんだぁ」

 酔っ払っているようだが、演技だ。こういう輩にはうんざりするほど会ってきた。黙っているに限る。

 相手は一人ではなく、五人組だ。全員の体格の良さは、明らかに暴力の雰囲気がする。陸戦隊だろう。

 彼ら全員が悪意の笑みを浮かべている。

 年齢だの経歴だのと、俺は嫉妬されることが多すぎる。

 トンとエンファに身振りで何もしないように伝える。

「なんだ、お坊ちゃんは玉無しか? 大人に声をかけられただけでビビっちゃったんでちゅかぁ?」

 爆笑が起こるが、まぁ、面白いジョークではある。思わず笑ってしまった。

 いや、本当に思わずなんだって。

 俺の笑みを見て、連中がブチ切れることくらい、わかりきっている。

「なんだ? 何がおかしい? おい?」

 肩を掴まれた。丁寧に押し返しておく。

「あんたの口調が面白くてね」

 いけないな、どうも。

 俺も熱くなったらしい。

「赤ちゃん言葉でしか話せない大人って、初めて見た」

 頰に強烈な衝撃があり、机に突っ込み、料理の皿が吹っ飛ぶ。くそ、制服が汚れるじゃないか。

 起き上がろうとすると、また殴り倒されたが、次の瞬間にエンファが奴の股間を蹴り上げていた。

 一気に血の気が引いた男を、横合いからトンが殴り倒す。

 乱闘が始まり、憲兵がやってくるまでの間、トンとエンファが五人組を徹底的に叩き潰し、俺は離れて見守っていた。制服にシミができていた、最悪だ。

 やっと来たか、という遅さの憲兵の登場により、一気に場は沈静化した。倒れこんでいる男たちが担ぎ出されるのと入れ違いに、佐官の男がやってきた。大佐だ、憲兵の制服。

 その大佐が身振りでトンとファエンを拘束させ、どこかに連れて行く。

「初日からこんな具合か? 大尉」

「トラブルには慣れていますよ」

「まだ十代だろう? 酒場には来るな」

「酒場に入れないような指揮官の元で戦いたい奴はいませんよ」

 首を振った大佐が、倒れていた椅子を起こして、ゆっくりと座る。身振りでこちらを示す。俺も転がっていた椅子を雑に持ち上げ、腰を下ろしたが、椅子が壊れた。

 倒れ込むのをこらえて、別の椅子を立てる。

「ケルシャー・キックス大尉。伝説だ」

 大佐がどこか嬉しそうに笑っている。勘違いしそうだが、この人も第一艦隊に所属しているわけで、能力、才能があるのだ。

「第一艦隊での伝説もできましたしね。初日から酒場で喧嘩をして、憲兵の皆さんの世話になった」

「その伝説を霞ませる能力があるだろう?」

「まず機体、次に仲間、そして敵。この三つが揃えばね」

 いいだろう、と憲兵がこちらに乗り出す。

「ファントム・リーダーは私もよく知っている。才能がある奴を好む男だ。きみに機会を与えるだろう。ただ、また私ときみが対面することになれば、全ては終わりだ」

「失礼ですが、大佐、あなたは死神ってことですか?」

「そう呼ばれることもある」

 やれやれ、ぞっとしないな。

 立ち上がり、敬礼しておく。

「肝に銘じます、大佐殿」

「よろしい。次に会うときは、別のシチュエーションがいいね」

 会ったら終わりじゃないのかよ。

 大佐が立ち上がり、こちらに手を差し出してくる。

「改めて、第一艦隊へようこそ、ケルシャー・キックス」

 気のない様子を見せつつ、手を握り返す。

 与えられた部屋に帰ると、すぐにトンとエンファがやってきた。同室なわけではなく、ぐちぐちと憲兵の文句を言うためにだ。

 ドアがノックされたが、二人は口を止めない。俺だけが立ち上がって、ドアを開けた。

「ちょっといいか、大尉」

 そこにいるのは少佐の階級章の男だ。知らない顔じゃない。

 ベンジャミン・スコット少佐。第一艦隊所属の機動戦闘艇小隊、ファントム・グループのリーダーだ。

 少佐に気づいて、トンもエンファも黙った。

「ちょうど勢揃いしているな」スコット少佐が爽やかな笑みを見せる。「トライアングルを迎えることができて、嬉しいよ」

「こちらこそ、光栄です、少佐」

 思わず堅苦しい口調になっていた。

「機体を見せてもらったよ、だいぶいじっているな。うちの整備兵にコーチしてやってくれ。きみ達もだ」

 はい、とトンとエンファも頷く。

 スコット少佐に導かれるように、四人で格納庫へ向かう。

「憲兵の世話になったそうだが、喧嘩が好きなのか?」

 突然、その話題になったので思わず笑ってしまった。

「喧嘩を売られやすい立場ではありますね。それと口が悪い自覚がある」

「自覚があるなら直せ、自分のためだぞ」

「口が悪いという特徴がなくなると、俺の個性が消えます」

 格納庫にたどり着き、ファントム・グループの機体の列の前を進む。メーカーが統一されていて、ハーモニア社のマシンで揃えてある。部品を融通しやすいからだ。

 そんな中で、俺たちの機体、三機だけが浮いている。バラバラのメーカーの機体だ。整備兵がすでに取り付いて、一部の装甲を外して内部を覗き込んでいる。

 俺の機体は、ユグドラシル技術というメーカーの、ナーオ四型。小型機で、小回りの良さに傾けられたスペックが特徴だ。それに俺は剛性を追加し、さらに防御フィールド発生装置を強化していた。

「こんな頼りない機体でエースとは、信じがたい」

 言いながら、スコット少佐がポケットからタバコを取り出す。喫煙者なのか。少しは信用できそうだ。

 トンとエンファもタバコをそれぞれに取り出し、トンがスコット少佐のタバコに火をつけてから、エンファのタバコ、そして自分のタバコに火をつけた。

 三人が紫煙を吐き出す間、自然な沈黙があった。

「今までどれくらい落としている?」

 こちらを見られても、その質問はうんざりするほど訊かれた内容だ。

 こういう時の常で、トンの方を見る。

「数えている?」

「いませんね」

 いつもは結構、笑いを誘うこのジョークは、スコット少佐には通じなかった。

「あまりふざけていると、足元をすくわれるぞ、大尉」

「じゃあ、足元だけを見るようにします」

 うんざりと言わんばかりにスコット少佐が首を振った。





(続く)

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