2-18 命がけ


     ◆


 鹵獲されたテロリストの機体は、一度、近くの機動母艦に運ばれてから、機動母艦オラドスキンに護送された。

 パイロットは拘束され、薬物で昏睡状態にされた。俺は対面しなかったが、女らしい。大きな怪我もないとも聞いた。

 俺は機体を失ってしまったので、そのテロリストが乗せられている輸送船に便乗したが、顔をあわせることがなかったのは、厳重に隔離されていたせいでもある。

 機動母艦オルドスキンに着いて、外へ出ると整備兵たちが駆け寄ってきて、俺をもみくちゃにした。

「お前、機体をなんだと思ってやがる!」

「無駄にしやがって!」

「機体を守って死ぬくらいの気概を持て!」

「サーカスじゃねぇぞ!」

 散々、罵倒されているようだが、全員が嬉しそうだ。俺が生きて帰ったことを喜んでいるんだと思うけど、もっと別の表現はないのか?

 結局、服装が乱れて髪もボサボサになって、俺は解放された。

「あまり無茶をするなよ、ケルシャー」

 遅れてやってきたアグリ大尉に、軽く敬礼をしてみせる。

「サーカスに転職するかもしれません」

「人気が出るだろうさ。さて、確保したパイロットを見に行こう」

 歩きながら、二人で戦闘についてひたすら議論した。まるでアグリ大尉とエーデーのように。

 俺としても、機体をもっと長持ちさせる必要を感じていたし、その点について意見をもらいたかった、ということもある。

 わかりきっていることだけど、俺の操縦はあまりにも荒すぎる。

 だからこそ、敵機を落とせるわけだけど。

「お前の専用機を作らなきゃ追いつかんよ」

 アグリ大尉が苦笑いでそう言った時、取調室にたどり着いた。

 ドアが二つ並んでいるが、片方に大尉が入り、俺も続いた。

 その部屋は取調室の隣で、壁に取調室の様子が映ってる。先に中にいた兵士がラフにアグリ大尉に敬礼。知り合いらしいけど、俺は初対面だ。

 二人が話している横で、俺は取調室をじっと見ていた。

 椅子に座っているのは女で、まだ若い。俺よりは年上で、二十代半ばか。

 髪の毛は短い。瞳が大きく、攻撃的な視線がまるで見えているかのように、こちらを見ている。俺がだいぶ痛めつけたが、どうやら五体満足だった。

 運が良い奴だが、ここにいるということは、それ以上に不運だ。

 俺の隣では、アグリ大尉と兵士が、精神スキャンについて話している。

 聞くともなく聞いていると、ドアがノックされ、誰かが入ってきた。見ると、大尉の襟章の男だ。三人ともが敬礼。

「精神スキャンをかけるぞ。さっさとテロリストの情報を引っ張り出そう」

 アグリ大尉が口を挟んだが、情報部門の所属だろう大尉は譲らなかった。

 準備が整えられる。

 テロリストは取調室で椅子に縛り付けられると、ヘルメットを被せられる。この装置が精神スキャンと呼ばれる技術の端末で、脳から強引に情報を抽出するのだ。

 軽度なら少しの不調で済むが、ごっそりと情報を奪うとなると精神が崩壊し、廃人となる。

 この女も、ここで終わりだ。

 不自然なのは、ヘルメットをつけられても、少しも抵抗しないことだ。

 なぜだ?

「大尉」俺はアグリ大尉に訊ねる。「何か、おかしくないですか?」

 返事がある前に、精神スキャンの開始が告げられる。

 俺たちがいる部屋の端末に情報が流れこんでくる。

 女を見る。歯を噛み締め、その口元に笑みが浮かぶ。

 狂気的な笑み。

 まずい。

 直感がそう告げた時には、女の頭が内側から弾け飛んでいた。部屋中に血と脳、頭蓋骨の破片、皮膚、毛髪などが飛び散る。

 部屋の中がしんと静まり返っていた。

「残酷なことだ」

 絞り出すようにアグリ大尉がそう言った。

 結局、吸い出した情報はほとんど意味を持たず、無意味になった。誰が取調室を片付けたかは知らない。

 俺は食堂で食欲がないのを無視して、食べ物を腹に詰め込み、格納庫に行った。

 珍しく、ポーツマスの姿がある。仲間と一緒に誰かの機体を前に話し合っている。

 割り込むのも悪いので、そっと視線を外し、俺の機体に向かう。はずが、俺の機体はないんだった。

 それでもフラフラと歩いて、空白になっている駐機スペースに立った。

 俺がやっているのは、人殺しだ。

 目の前で、あの女の、死ぬ寸前の笑みがチラチラする。

 精神スキャンを受けると起爆する爆薬が彼女の頭の中にあった。

 残酷だ。俺たちも、テロリストも。

 そこまでして戦って、何を守ろうとしているんだ?

「英雄が何をしている?」

 声をかけてきた整備兵を振り返る。

「早く機体が来ないかな、と思っていてね」

「噂では機体より早く来るものがあるぜ」

「何が来るの?」

 ニヤッと笑って、整備兵が俺の肩を叩く。

「勲章だ」

 勲章ね……。

「勲章じゃ宇宙を飛べないよ」

「言うねぇ。それくらいじゃないと勲章はもらえないさ」

 整備兵が去って行って、俺はもう一度、空白になっている目の前の空間を見た。

 テロリストはいよいよ本気になって、襲ってくるだろうな。

 俺たち帝国軍は、奴らにとっては仇だと、俺も実感を持って意識できた。

 いいじゃないか、戦ってやろう。

 機体があれば。

 私室に戻って眠っていると、物音がして、どうやらポーツマスが帰ってきたらしい。重い音を立てて奴も自分のベッドに横になった。

 また眠りがやってきて、目覚めは例の如く、ポーツマスのアラームだ。

「おはよう、ポーツマス」

「眠れているか?」

 カーテンが引き開けられて、いきなりそう言われて、ちょっと可笑しい。

「眠っているよ、しっかりとね」

「眠りは重要だぜ。そして、睡眠時間や睡眠のレベルは精神に影響される。異変があったら、すぐ医務室へ行け」

「ありがとう」

 ちょっと冗談を言う気になった。

「精神が図太くて、いつでもどこでも眠れるんだ」

「機動戦闘艇の操縦士はそうらしいな。亜空間航行中に眠れる奴が生き残る、って噂もある」

 初めて聞く噂だ、ジョークだろう。

 身支度をして、俺は食堂へ行った。すると、アグリ大尉がやってきた。

「きみのための機体を工面するんだが、何か意見はあるか?」

「小回りが利いて、頑丈な奴がいいですね」

 それからしばらく話をして、不意にアグリ大尉が食事にほとんど手をつけていないのに気づいた。

「どうも食欲がなくてな。あの光景を見て」

 頭が吹っ飛んだ女のことだろう。

「自然なことだと思います」

「私もちょっと、心が弱くなったかもな」

 俺は自分の皿に盛られたものを全部食べ、アグリ大尉は食べ切らなかった。

 機体が手に入るまで、空いている機体で任務につくように言われ、休んでいる暇はない。

 初めての機体でも、すぐに慣れる。そしてやっぱり、限界を試してしまう。

 撃墜数はさらに増え、どこかの誰かが記録を漁ったようだが、新兵の撃墜数どころか、過去のありとあらゆる兵士の撃墜数を照らし合わせても、このまま生き残り、戦い続ければ帝国軍での最多の撃墜数に届くらしい。

 整備兵が教えてくれた勲章も受け取った。

 初めての帝星で、映像で見たことのある元帥が、俺の新品の礼服の胸に勲章をくっつけて、握手した。それだけで、あとは晩餐会に参加したが、まるで役者のような軍人とその妻や子どもたちばかりで、これが本当に軍人の集まりか? と愕然とした。

 機体はファイア六型を改良した機体が届き、俺の戦いはいよいよ激しくなった。

 そうこうして、入隊して二年があっという間に過ぎた。

 俺は機動母艦オルドスキンの中の機動戦闘艇の小隊ルイズ・グループのリーダーとなっていた。

 階級は中尉。異例中の異例の出世だ。

 その俺の元に通達があった。

 中央方面軍第一艦隊に配置換えになるという。

 その話を聞いても、心踊ることはない。

 少しは戦場から離れられるかもしれない。中央方面軍、それも第一艦隊は、虎の子だから。

 この二年、俺はあまりに敵を殺しすぎた。もう数えることも不可能なほどに。

 何かが麻痺して、感情は敵を前にすると加熱し、しかし冷静さも伴い、その奇妙な心地の中で、トリガーが敵を落とす。

 第一艦隊?

 俺は戦場から離れたいのか、それとも戦場にいたいのか、よくわからないまま、荷物をまとめ始めた。



(続く)

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