2-17 意地
◆
アグリ大尉に頼み込んで、新しい機体を手配してもらった。
エーデーが除隊してから二ヶ月が過ぎていて、例の機動戦闘艇の犠牲者は増え続けている。ジャグラー・グループでも、俺より新参者の、補充されたばかりのジャグラー・テンが撃墜された。
どうやら俺たちが担当している戦域には、テロリストも本気で当たっているらしい。
理由なんて知らないが、もはや理由などどうでもよかった。
仲間が殺されている。それで連中の理由や事情は無視できる。
何がなんでも、撃墜してやる。それだけが俺の頭にあった。
新しい機体、アイアン社のファイア六型は、流線型で、アダム八型とはふた回りも大きさが違う、超小型機だ。
その代わり最高速度はアダム八型よりも速いし、小回りも断然、違う。
粒子ビーム砲は一門だけだが、俺は整備兵に頼んで、複砲を二つ、翼につけさせた。
「バランスが崩れますよ、面倒だな」
整備兵がぼやくのに対して、「技量でカバーするさ」と応じておいた。
セッティングも終わり、俺は早速、完熟飛行に入る。最初からオシャカにするつもりはないが、それでも限界を見極めるために、様々な技術を試した。
格納庫に戻ると、整備兵たちが集まってきて、俺も含めて議論になる。
小型機のために、機体自体の強度が不足することがわかり、剛性を高める処置をするとなった。副砲のバランスは問題ない。
そんな具合で、改良と試験の連続になり、俺は実戦から離れていたが、例の憎まれ口の仲間、ジャグラー・シックスも撃墜された。
「どうなっているんですか? 敵はこちらを狙い撃ちですよ」
俺の機体の様子を見に来たアグリ大尉に、俺は詰め寄っていた。
「たまたまだろう。こちらより敵が強力なだけだ」
「俺が撃墜します」
「期待しているよ」
アグリ大尉はじっと俺の機体を見てから、軽く肩を叩いて、去って行った。
ファイア六型の初陣は、完璧だった。
帝国軍の輸送部隊を襲撃していたテロリストの機動戦闘艇は全部で八機。
そのうちの三機を俺が食った。
余談だが、実はファイア六型は、兵士たちの間では、サーカスの機体とも呼ばれていて、あまりに貧相に見えるし、武装も弱いし、評価が低かった。
それが俺が乗ったことで、ツバメ、などと呼ばれ始めた。
俺とテロリストの戦いがいよいよ本格的に始まり、それは命がけの綱渡り、地面の見えない、はるか天空に渡された細すぎる綱を渡る、そんな様相になった。
ファイア六型は剛性をいくら上げても、激しい機動ですぐにフレームに異常が発生する。それだけが懸念材料で、帰還するたびに整備兵たちがぼやく。
ただ、戦場に飛び込む度に俺の撃墜数は跳ね上がった。
撃墜マークを描くのも面倒で、俺の機体は新品のように塗装されている。
一方の例の敵機は、ツインズ、とか、ダブルキラー、とか、適当に呼ばれていた。同型機が二機いるためだ。
エーデーを落とした奴はそのうちの片方で、もう一方はあの時、アグリ大尉と戦っていた。
ナインも、シックスも、奴らにやられていた。
一人一人が相当な技量で、それが連携攻撃を取るのだ。たまったものじゃない。
俺は今まで、一対一でしかやっていない。ツインズの片方がレッド、もう一方がグリーンと便宜上、呼ばれていて、でも二機は全く同じに見える。
その日も例のように救助要請を受けて、一時間だけの亜空間航行で、その場にたどり着いた。
前方で爆発が起こる。機動戦闘艇の爆発ではない、輸送船が破裂したのだ。
煙があっという間に拡散し、そこにツインズとその僚機が二機、合わせて四機、飛んでいるのが見えた。
驚いたことに、この場に帝国軍の機動戦闘艇はいない。
いないわけがないが、いない。
撃墜されたんだ。
俺たちは三人の班で、ジャグラー・リーダー、つまりアグリ大尉と俺、そしてジャグラー・イレブンの三機だけ。
最初から数の上で不利なのだ。
『撤退するべきです、隊長』
即座にイレブンが進言したが、そう簡単にはいかない。
まずは亜空間航法の計算をする。次に計算で設定した座標に向かう。この二つの過程が必要だ。
そして今、計算はできていない。
「時間を稼ぐとしよう」
俺はそう言って、スロットルを全開にした。
耳元でアグリ大尉とイレブンが騒ぐが、知ったことか。
誰かが戦わないと、逃げることもできないんだぞ。
敵の四機から、二機がこちらへ向かってくる。牽制も何もなく、俺は接近戦を選択。相手も乗ってくる。
良いね、パーティーの始まりだ!
複雑極まる操縦と、機体の限界に挑む機動の末、俺はまず一機を撃墜する。コクピットに穴を開け、推進器を破壊。
もう一機がその瞬間に攻めてくるが、遅い。
機体がぐるぐると横に転がり、粒子ビームを回避。スラスターが機体を急停止させたのも束の間、推進器が全力で機体を弾き飛ばす。
敵機は俺の影を追うように滑っていく。
こちらを向く時に合わせて、俺はスラスター全開で、同時に機首を向けた。
粒子ビームの交錯。我慢比べ。そして、運だめし。
こちらのフィールドが破綻する前に、向こうのフィールドがダウン。粒子ビームが無数の穴を開け、直後、爆発。
俺は機体を旋回させ、戦場を確認。
やっとイレブンの反応が消えていることに気づいた。
同時に、こちらに敵機が一機、向かってくる。
先ほどの二機とは動きが違う。ツインズだ。
アグリ大尉のことを気にする余地はない。一対一のドッグファイト。
ここまでの戦闘で、防御フィールドは出力が三割程度しかない。すぐに抜かれそうだ。スラスターは全部が生きているが、一番、二番がやや、もたつく。
推進器は万全、燃焼門もだ。
代わりに、フレームのそこここが過負荷を訴え、画面の端に赤い表示。
勝てるかどうか、なんて関係ない。
勝つしかない。
間を置くこともない、戦いは続く。集中が余計な情報、感覚を切り捨てる。
不意に警告音が鳴る。フィールド出力、一割を切る。二番スラスター、出力低下。
機体が断続的に、小刻みな振動を始める。
フレームの一部が断裂し、緊急事態を告げる表示。
全てを見ていた。
でも気にするつもりはない。
重要なのは、勝つことだ。
粒子ビームが四番スラスターを直撃、切り離すが、爆発に機体が流される。
フラフラしている俺の機体に、敵機が襲いかかってくる。
終わりにしてやる。
機体を急反転。フレームが引き裂かれるものすごい音と同時に、激しくコクピットが波打った気がした。
敵からの粒子ビームが画面をでたらめに走り、命の危機を感じる。
感じるが、感情は即座に置き去りにされ、俺の意識はトリガーと目の前の光景、そして照準の位置の十字にしかない。
三番スラスターに、粒子ビームが直撃。
切り離す余裕はない。
その瞬間が、狙いの一瞬。
トリガーを引いていた。
粒子ビームがすれ違う。
モニターの中で小さな爆発が起こると同時に、俺の機体が何かに衝突されたように、予想外の衝撃につんのめる。
予想外じゃないな、三番スラスターの爆発だ。
反射的に切り離そうとするが、もうその必要もない。吹っ飛んで、胴体すら抉っているし。
燃焼門が反動で緊急停止し、推進器も出力が落ちている。生命維持装置は生きているから、まぁ、いいだろう。着ているスーツもある、これでも生き延びれるはずだ。
モニターの三分の二が死んでいる。そのモニターには宇宙しか映らない。アグリ大尉のことを知りたいけど、見えない。
救命ポッドを分離する手順を実行したが、動作不良。フレームがイカれたせいだ。
コクピットを開放することにした。こういう状態の対処法は訓練でやっていたので、すぐにできた。機体の回転を停止させ、手動開閉用のレバーを倒し、キャノピーを自力で押し上げ、外に出る。
二機の機動戦闘艇が追いかけっこをしていたが、片方がすっと消える。
どちらだろう? ヘルメットに内蔵されているカメラを機動し、こちらに向かってくる機動戦闘艇を撮影し、ズーム。
もしその機体がアグリ大尉の機体じゃなければ、俺は困ったことになる。
でもそれは杞憂に終わった。
やってくるのはアグリ大尉の機体だ。
『生きているようだな、ケルシャー』
通信が届く。
「かろうじて、生きてますよ」
『敵機の中に生体反応がある、鹵獲しよう。きみはこっちの機体に乗り移れ』
話している間にアグリ大尉の機体がすぐそばに来ている。
生体反応?
近くに漂っているテロリストの機体は、推進器の爆発で半分が消し飛んでいるが、生きているのか。俺の一撃は、コクピットは外していたようだ、と遅れて理解した。
なんにせよ、ツインズの一人の顔を、やっと拝めるわけだ。
静止したアグリ大尉の機体に向かって、俺は強く、崩壊した自分の機体を蹴った。
アグリ大尉の機体に取り付いて、やっと自分のファイア六型を振り向くことができた。
こいつはまた、ほとんどスクラップだな。
アグリ大尉の機体のコクピットが開放されたので、俺はその狭い空間に滑り込んだ。
(続く)
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