2-16 生存競争


     ◆


 どれだけが過ぎたか、忘れるほど戦いに熱中した。

 スラスターは一つが完全に破壊され、切り離した。他の三つのスラスターも時折、反応が怪しくなる。

 推進器は敵をどうにか引き剥がすため、繰り返し、出力を極端に上げたり下げたりしたから、少し垂れてきている。

 命綱の防御フィールドは辛うじて生きていた。もしこの機体がアダム八型じゃなければ、今頃、俺は丸裸か、あるいは宇宙の塵に変わっている。

 時折、ちらっと少し離れたところに光があり、それがまだアグリ大尉が戦っている証明だった。

 二人とも、会話をする余裕はとてもない。援護する余裕も当然、ない。

 純粋な生存競争を、俺たちは戦っていた。

 フッと、敵機が距離を取った。 

 理由はわからないが、初めての好機だった。

 待ってましたと機体を反転させるが、敵機がこちらからさらに離れる。

「逃げるのか!」

 思わずオープン回線で叫んでた。

 聞こえたんだろう、ひらひらっと翼を振って、敵機はまるで拭い去られるようにその場から消えた。

 亜空間航法だ、くそったれめ!

 アグリ大尉の方を見ると、彼の機体も一機だけで、こちらへやってくる。

 直後、亜空間航法から離脱してくる兆候が察知され、現れたのは帝国軍の機動戦闘艇部隊だった。全部で八機。ジャグラー・グループの機体はその中には二機だけだ。

 通信でアグリ大尉が増援と話している間、俺は戦闘宙域を飛び回り、エーデーを探した。生体反応と機動戦闘艇のコクピットそのものが救命ポッドとして発する信号を探す。

 信号がキャッチされるまでの五分間は生きた心地がしなかった。

「エーデー、聞こえる? 無事か?」

 雑音しか返ってこない。

「エーデー、エーデー?」

『あまり大きい声は勘弁な』

 返事があって、心底からホッとした。

 俺は信号を発している機動戦闘艇の残骸にたどり着く。機体に内蔵されているアームを展開し、その残骸を掴んだ。

「ちょっと揺らすよ」

『なして?』

「あんたが入っているか調べるためだよ」

 軽く揺すってやると悲鳴が聞こえた。確かに乗っているらしい。

 俺とアグリ大尉は、増援の連中が用意していた計算された座標から、亜空間航行で近くの機動母艦へ向かった。

『ああ、痛ぇ、痛ぇなぁ……』

 エーデーがぶつぶつと呟く。

『あと少しだ、耐えてくれ』

 アグリ大尉の言葉に、エーデーが呻く。

『こんなことなら、イータと結婚するべきだったと思うぎゃ、手遅れだぁね』

 わけのわからない方言に思わず笑いそうだが、笑えないのは口調が本気だからだ。

 結局、片道二十分で機動母艦にたどり着き、格納庫に滑り込み、俺は機体を降りた。

 アームで引っ張ってきた機動戦闘艇の残骸を、整備兵と医者、看護師などの救助部隊が取り囲み、まず整備兵が慣れた様子で機体を切り刻んだ。そうしないとコクピットが開かないのだ。緊急時の切り離しもできないほどの破損。

 やっとコクピットが空いた時、俺の隣にはアグリ大尉がいて、同時に彼も感じただろう。

 濃密な血の匂い。

 コクピットに医者と看護師が飛び込み、すぐに出てきた。

 反重力で浮かんでいる担架に寝かされているエーデーはピクリともしない。

 重苦しい空気でいる俺たちの前を土気色の顔のエーデーが運ばれていった。看護師の一人がやってくる。

「命に別状はありません」

 何を言われたかわからず、思わずアグリ大尉の顔を見てしまった。頷かれたけど、えっと、エーデーは、生きているのか。

 看護師についてアグリ大尉が医務室へ行ってしまった。

 俺はやることもなく、自分の機体の方へ向かう。整備兵たちが俺が運んできた残骸を片付けている横で、ボロボロになっているアダム八型を見る。

 強敵だった。エーデーは相当な使い手だと思っていたけど、奴に落とされた。

 俺が撃墜されなかったのは、ほとんど運だろう。

 あり得る要素としては、敵機はエーデーを倒すために体力を使った。

 それは俺も一機を撃墜するために体力を使ったわけだけど、だから状態はイーブンだった、と見るつもりはなかった。

 お互いが万全で、さて、その時の勝敗はどうなる?

 機体によじ登り、記録映像をチェックした。

 映像に映っている敵機の改造は、確かに効率的ではあるな。装甲なんて、ほとんど飾りだ。防御フィールドがダウンしてしまえば、大抵の装甲は粒子ビームを防げない。デブリの衝突は確かに怖いが、斥力場フィールドを展開すれば、防げる。

 やはりもっと軽い機体じゃないと、ダメか。

「軍曹、降りてくれ」

 声がしたのでコクピットから顔をのぞかせると、すぐそばに三人の整備兵がいる。

「そちらの母艦で本格的に対処するが、一応の整備をするように命令を受けた」

「わかった、ありがとう」

 素早く床に降りて、彼らが俺の機体を眺め回し、それから作業に移るのを、俺はしばらく見物した。

 俺と似たような距離で立っている整備兵がいて、階級を見ると少尉だ。年齢は五十代か。

「よろしいですか?」

 この手の男は敬語を嫌うが、最初くらいは必要だ。

 少尉が大きな瞳でこちらを見て、ぶっきらぼうに応じる。

「ガキがここで何をしている?」

「軍人なんですよ、戦いに決まっているじゃないですか」

 鼻を鳴らして、彼は俺の機体を雑な身振りで示した。

「あれがお前の機体か? 技量の程度が知れるな」

「ガキなんでね」

 俺は構わず、彼の前にさっきの記録映像を見せた。彼は真面目な顔でそれを眺め、それからもう一度、俺を見る。

 唸るように返事があった。

「装甲を外すのは、戦闘力の向上には繋がるが、微々たるものだ。それよりも装甲を外すと機体の内部がより早く劣化するから、やめた方がいい。装甲が防御しているのは、敵の攻撃ではないんだ、当たり前だがな」

 思っていたより具体的な返事だ。

「じゃあなんで、連中はそんな無茶をするんです?」

「単純に装甲にカネをかけられないんだろう」

 ……身も蓋もない。

 しかし、ありそうなことだ。

 俺はその少尉に礼を言って、格納庫を出た。医療室に向かうことにした。

 やっと、エーデーの状態を確認する決心がついた。命に別状はないのだ。命には。

 通路ですれ違った兵士に場所を聞いてそこへ行くと、扉の前でアグリが椅子に座って目を閉じていた。眠っているわけじゃないのは姿勢でわかる。

 扉の上には、手術室、とあった。

「どんな具合でしたか?」

 声をかけても、アグリ大尉は顔を上げない。

「大尉?」

「左足を切断した」

 それは、重傷だな。

「今は失血のせいで意識を失っている。しかし命に別状はないらしい。人工血液が山ほどあるようだし、足も自在に義足をつけられる。まったく、すごい時代だよ」

「でも、エーデーは……」

 さすがに俺でも、その言葉の先は、すぐには言えない。

 何を言いたいのか、アグリ大尉はわかっているだろう。黙ったまま、目を閉じている。

 エーデーは命を取り留めても、もう帝国軍にはいられない。除隊することになるだろう。もちろん、生活は帝国軍によって保障される。

 ただ、俺だったらそんな生き方はまっぴらだ。

 二人が重苦しい空気の中で黙っている時、アグリ大尉の携帯端末が音を立てる。

 彼がやっと瞼を上げてそれを見ると、立ち上がった。

「味方が攻撃を受けている。援護に行くぞ。歩きながら話す」

 立ち上がったアグリ大尉は、いつになく怒りに駆られているようだった。

 その後、俺たちは整備途中の機動戦闘艇で出撃し、それぞれにテロリストの機体を一機ずつ、仕留めた。

 だが例の奴じゃない。

 エーデーを落とした奴とは、別人だ。

 寄り道が長くなり、機動母艦オルドルスキンに帰還すると、すでにエーデーはここに移送されていた。すでに二日が経過している。

 入院施設の一角、ベッドに寝転がったエーデーは本を読んでいる。

「いい脚が手に入ったでね」俺が顔を見せると、彼は笑う。「歩行訓練も順調さね」

「元気そうで良かったよ」

「ま、こういうこともあるわさ。死ななかっただけでも、良しとせな」

 三週間ほど、俺は暇を見つけてはエーデーと話をした。

 その間にも任務は続く。テロリストは帝国軍や民間の輸送船を襲い続け、その度に近くの機動戦闘艇部隊が駆り出される。

 俺は三週間の間に十四機を落とした。

 エーデーは「天才だでね、お前は」と言っている。

 最後に彼と話した時も、いつもとは違うような、特別なことは何も言わなかった。

 彼はオルドルスキンを出て行った。

 ポーツマスが部屋に来て、俺に提案してくる。

「撃墜マークをいれないのか?」

 俺は堂々と応じた。もちろん、半分はジョークで。

「すぐに別の機体に乗るから、無駄になるよ」

「他の機体?」

「アダム八型じゃ、あの敵には勝てない」

 機体のせいにするなよ、と言って、どっかりとベッドにポーツマスが巨体を転がす。

 俺の手元では、機動戦闘艇の電子カタログが、空中に立体映像を投射していた。




(続く)

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