2-15 強敵


     ◆


 アダム八型に慣れるまでに一週間、その間、俺たちは機体に乗っている時間の大半を、亜空間航行に委ねていた。

 テロリストが輸送船を襲うという話は事実で、俺たちは担当している宙域で、輸送船が亜空間航行を一度、切り上げて、再び起動する瞬間までを三機で護衛する。

 亜空間航行の難点がここにある。ほとんど直線でしか動けず、突入と離脱を繰り返す。

 数え切れないほどの輸送船を見送り、敵が来ないことに、肩透かしと、同時に安堵を感じる日々。

「本当に敵が来るんですか?」

 輸送船が消えるのを見送り、しばらくその空間で旋回し、こちらの亜空間航法のための計算が終わるのを待つ。返事はエーデーから来た。

『それは当たり前のことだでな。連中、貧乏で品がないから』

『当たりくじは少ないんだよ、ケルシャー』嗜めるようなアグリ大尉の声。『さあ、次の現場へ行くぞ』

 了解、と並列計算して設定された座標へ向かって機体を飛ばし、太いレバーを押し込む。

 周囲が真っ暗になり、一転、青空へ。

 エネルギーの余裕もあるし、と個人用の携帯端末を操縦席に接続し、モニターに映画を投影する。何百年も前の映画だが、補正に補正が加えられ、少しも古く感じない。

 しばらく映画を見ていたけど、通信が入ったので一時停止させる。

『離脱する先で戦闘が起きている。ハーガン・グループの担当宙域だ。敵機は三機、こちらは五機になっている』

「数に差がありますから、敵が逃げるのでは?」

 俺は返事をしつつ、画面の中の数字をチェックする。離脱まで三十分を切った。しかし三十分とは、遠すぎる。間に合うか?

 機体のコンディションをチェックし始める。その間に機体に搭載されている簡易人工知能が情報を整理して、一覧で表示した。

 すでに味方機が二機、落とされている。敵は減っていない。これでイーブンだ。

 最初に襲われたのは輸送船で、半ば拿捕されているようだ。敵機は三機だけでこちらを手玉に取ったようだが、こちらは正規軍だぞ。

 味方の不甲斐なさに、歯がゆい思いがする。そのまま、三十分が終わり、離脱の時が来た。

『とにかく敵を追い払え。ジャグラー・スリー、ナインのフォローを』

『スリー、了解』

『ナインはあまり無理をするな』

 了解、と答えつつ、俺は機体を即座に戦闘出力に叩き込む支度をしていた。

 亜空間航行から、離脱。

 通常空間で、やや薄いデブリの浮遊を感知。斥力場フィールドが弾き飛ばす。

 敵は?

 一瞬だった。もし反射的に機体をスライドさせなければ、やられただろう。それと、戦闘出力の防御フィールドにも助けられた。

 激しい紫電に包まれながら、機体をわざと錐揉みさせ、追撃の粒子ビームを回避、姿勢を整え、フルスロットル。

 爆発的な加速をする俺の機体に、ピタッとついてくる機動戦闘艇がいる。

 型式は、と思うと、装甲をほとんど取っ払っていて、すぐには判断できない。スラスターも増設されている。

 手こずるわけだ!

 少しでも機体を軽くしなくちゃ!

 背後からの粒子ビーム。思い切ってスイッチの幾つかを素早く押し込む。

 増槽を切り離す。その反動で減速し、さらにスラスターで減速。

 敵機がほとんど横に並ぶ。向こうも減速中だが、宇宙戦闘で完全に停止するバカはいない。

 お互いに機体を無理矢理にひねり、正面で向き合う。

 相手のパイロットが見える。ヘルメットで顔は見えないが。

 もちろん、顔が見たいわけじゃない。

 二機ともが粒子ビームを相手に叩き込むが、それぞれの防御フィールドが受け止める。

 今度は両機が離れる機動を取る。撃ち合っても勝てるかわからなかった。向こうもだろう。

 追いかけっこが始まるが、先に背後を取ったのは敵で、俺は逃げるしかない。

 さっきの増槽を使った小技はもう使えない。

 スラスターの状態をチェック。どれも万全。しかしこれはゲームではない、シミュレーションでもない。

 実際の戦闘だ。

 機体がぶっ壊れるほどの機動を取るのは間違っている。

 粒子ビームが背後から防御フィールドを削っていく。仲間の機体を確認。敵機のうちの一機はアグリ大尉とやり合っている。エーデーは、最初から現場にいた二機と連携し、一機を追い詰めていた。

 俺をフォローするんじゃないのかよ。

「スリー、そっちに遊びに行っていいかな」

 切羽詰まっている割に、平静な声が出るな、俺も。

「いつかの再現だよ、そちらの目の前に敵を連れて行く」

『こちらは忙しいでな、自分でやってくれな』

 つれないお言葉……。

 俺は勢いよくスロットルを手前に引っ張った。推進器、ギリギリの出力まで推進力を低下。

 同時にペダルを連続して踏みつけ、機体を捻る。すぐそばを粒子ビームが通過。

 敵機がこちらへ機首を向ける。それは無理だ。そちらはスピードが出すぎている。

 一方の俺は、推進器を全開にして、衝突しそうなコースで敵機の側面に向かっていく。

 こちらを向く隙は与えなかった。

 かなりの至近距離で粒子ビームの連射。防御フィールドを食い破り、敵機が穴が開く。スラスターの一つが脱落し、爆発。推進器さえも炎を上げ、こちらはすぐに消える。もはや機能しないだろう。

 最後の粒子ビームが、敵機のコクピットを狙い撃ちにして、ジ・エンドだ。

 肩の力を抜いたとき、悲鳴がスピーカーから響き渡り、消えた。

 今のは、エーデー?

 画面をチェック、エーデーの機体の反応は、消えている。

 推進器の出力を全開にして、機体をスライド。

 かすめるように大出力の粒子ビームが突き抜ける。

『ナイン! 援軍が来るまで持ちこたえろ!』

 アグリ大尉の声。余裕は皆無だった。

 戦場では、一対一が二つ、同時に展開されていた。

 エーデーと他の味方の二機をまとめて撃墜した機体も、俺が落とした機体同様、でたらめに改造されている。

 帝国軍でも機体の改造は行われるが、あそこまで思い切った改造はない。装甲を外したり、スラスターを増設したり、推進器を積み替えたり、どこかのオタクが組み立てたような機体だ。

 俺の考える最強機動戦闘艇! みたいな。

 それはそうと、パイロットのテクニックも相当なものだ。

 時折、無駄な動きをするあたりは、洗練されていないというより、地が出ているんだろう。

 実戦主義がチラチラ見えるな。

 俺の背後に食らいついてくる奴の攻撃も、そんな具合だ。

 スマートに一撃で倒そうとは考えない。集中砲火でフィールドを剥ぎ取り、そのまま圧し潰す戦法だ。

 こちらが取れるやり口、反撃の手段が、その点で一つ生じる。

 つまり、敵機の粒子ビーム砲が過負荷でイかれるのを待つ。

 どう転ぶかな。

『増援が来るまで十五分だ。耐えられるか?』

 どこか苦しそうなアグリ大尉の声。

「これでも長生きしたいんで、耐えますよ」

『一対一だ、すまないな』

 何もすまないことなんてないが、俺は集中するべく、通信を切った。

 画面の隅に視線を送り、カウントダウンを開始させる。

 十五分が、十四分五十九秒、五十八秒と減っていく。

 いやはや、長い十五分になりそうだ。

 俺の機体を、一撃必殺の粒子ビームが掠めた。

 スラスターの一つが不調を訴える。

 頑張ってくれとしか言えないぜ、スラスターちゃん。

 俺は心の中で思いつつ、構わずペダルを踏みつけた。




(続く)

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