2-14 通夜
◆
機動母艦オラドルスキンに帰還して、すぐに会議室に集合になった。ジャグラー・グループの七人と、作戦指揮官である少佐の顔もある。
報告は主にアグリ大尉が行い、他は黙っているか、少佐に質問されたことに答えるだけだ。
「キックス、何故、自力で敵機を引き受けなかった?」
少佐が訊ねてくる。この人は何を言っているんだ? という顔で見返すと、愉快げに笑っている。なるほど、こいつも歓迎会の一環か。
「合理的な戦い方を選びました。いけないことですか?」
「セブンが撃墜しなかったら、どうしていた?」
「その時はエイトが撃墜したでしょう」
全員が小さく笑った。少佐も嬉しそうだ。
「良いだろう、セブンとエイトに評価点一つだ」
そんなやり取りの後、少佐が「食堂で寛いでくれ。俺は後から行く」と俺たちを送り出した。
七人でやいのやいの言いつつ食堂へ行くと、一角に豪勢な料理があり、すでに数人が席についている。つなぎを着ている奴らが多い、整備兵かな。他に何人か軍服も。
全員が立ち上がり、拍手を始める。
「ケルシャー・キックス軍曹の着任と、初戦果を祝して!」
急にアグリ大尉が大声を上げて、ちょっと肩が震えるほど驚いた。
それから何が何やらわからないうちに、俺にグラスが手渡され、代わる代わる、大人たちがグラスを合わせ、どんどん酒を飲んでいく。俺のグラスの中身はジュースらしい。
握手を求めてくる人も大勢いる。口々に、本物だな、とか、やっぱり伝説だ、とか、言っている。
「お前の噂はこの艦に響き渡っているよ」そう言ったのはジャグラー・シックス、マグという名前のパイロットだ。「隊長が直々に出向いたのに、返り討ちにしたってね」
「そんなこともありましたね」
反射的に答えると、彼はどんよりというか、うんざりした顔で「事実かよ」と呟いて、離れていった。
どれくらいが過ぎたか、視界の隅に制服が見え、若い兵士だった。アグリ大尉を見つけると、何かを伝え、瞬間、アグリ大尉の顔が強張った。そういえば、少佐が来ていない。
「みんな、聞いてくれ」
そこはやはり軍隊で、全員がピタッと口を閉じた。
「セブンとエイトが撃墜された。事実だ」
俺は冗談か何かかと思ったが、口調も内容も、ふざけていない。
「例の奴ですか? 隊長から逃げた?」
そう言ったのはジャグラー・フォーだ。それに対して、ゆっくりとアグリ大尉が首を振った。
「わからんよ。しかし、我々も警戒任務に就く。明朝からだ。ケルシャーには悪いが、歓迎会はここでお開きだ。各員、任務に備えろ。ケルシャー、少し休め」
敬礼も何もなく、全員が息を呑むような気配で、軽く顎を引いた。その全員が慌ただしく飲み食いをして、去って行った。
最後まで残って、俺はピザを口に入れていた。
ただ美味かったからでもあるけど、日常があることをちゃんと心に刻んでおきたかった。
「あなたがケルシャー・キックス軍曹?」
指をベロベロ舐めていると、食堂の係員らしい女性がやってきた。
「ええ、どうやら俺がケルシャー・キックスという軍曹で、たった今、歓迎会が唐突にお通夜になった新人らしい」
女性は笑いを堪えきれず、クスクス笑い、しかしすぐに表情を改めた。
「亡くなった方の、仇を討ってあげて」
なるほど、こういうことを言う人もいるのか。
「努力しますよ」
「いい人達なのに、なんでかしらね、みんな、すぐに死んじゃうわ」
テロリストはもっと頻繁に死んでいるだろうし、死にたくないなら軍人にならなきゃいい。
そうは思ったけど、口には出さずに、「では」と打ち切るように告げて、俺は食堂を出た。
割り当てられた部屋は二人部屋で、すでに荷物は届いている。部屋には二つのベッドが壁際にあり、真ん中をカーテンで仕切れる。ちらっともう一つのベッドが見えたが、男が眠っていて、いびきも聞こえた。
俺のベッドの上には二箱の段ボール箱があり、それが俺の持ち物の全てだ。
雑にダンボール箱を部屋の隅に積み上げ、ベッドに寝転がる。
「新入りか?」
カーテンの向こうから声がした。起き上がるが、もちろんカーテンでお互い、相手は見えない。
「ケルシャー・キックス軍曹です」
「うん、どうも。俺は、ポーツマス曹長。整備兵だ」
「整備兵? 担当は?」
うーん、と唸り声がして、それがいびきに変わってしまった。眠ったらしい。
またそのうち、分かるだろう。リモコンで明かりを消して、俺もベッドに横になった。
アラームが鳴ったのがすぐだと思ったら、眠っているうちに四時間は過ぎていた。しかし、俺のかけたアラームではない。
身を起こすと、カーテンの向こうで大きな体が動く。
俺も身を起こして、カーテンを引きあける。
「ん? あんたか、名前は……、えっと……」
そこにいる髭面の男はまだ若い。三十代になろうかどうかだ。
「ケルシャー・キックス。よろしく、ポーツマス曹長」
「若いな、ケルシャー。本当に十七歳か?」
「本当に十七歳だよ。これから仕事?」
そうさ、寝ているわけにはいかない、と言って、彼はタオルと歯ブラシを手に、部屋にある小さなドアを開けて、窮屈そうに奥へ行った。あそこが洗面所か。
この船でも、トイレやシャワーは共用だ。
水が流れる音を聞いていると、俺の携帯端末が鳴った。
「お前も仕事か?」ポーツマスが首を出す。「慌しいな」
「着任早々、テロリストの歓迎を受けてね。まぁ、一機、落としてやったけど」
「機動戦闘艇乗りも因果な商売だと、そばで見ているとつくづく感じるね」
彼が歯磨きと洗顔を終えたので、俺も素早く身支度をした。ポーツマスはもう出て行ってしまった。
着慣れない軍服で、姿見で具合を見る。大丈夫だろう。
俺は足早に通路を進み、呼び出された会議室の一つに入った。ちゃんとノックをする辺り、俺も状況に迎合しようとしているようだ。
すでに全員が揃っている。眠そうな顔も、二日酔いの顔もない。本当にここが軍隊だと、変に意識した。
俺が席に着くと、アグリ大尉からシフトについて話があり、ジャグラー・グループの七機は、3班に分かれ、三交代制を敷いて、テロリストを探すらしい。もちろん、他の小隊もそれぞれに動く。
これは意外でもないが、シフトでは俺はジャグラー・リーダー、ジャグラー・スリーとの三人組だ。
つまり、アグリ大尉と、エーデー少尉だ。
「俺を子守する、っていう感じですね」
会議が終わってから、俺はアグリ大尉に歩み寄った。柔らかな笑みが返ってくる。
「いきなり一人で行動させるわけにはいかないよ。きみの技術は身に染みて知っているけど、実戦は何が起こるか、わからないしね。それとも、いきなり死にたいのか?」
「まさか。ありがたく、背中に隠れさせてもらいます」
「私のケツを掘るなよ」
どうやらこの前の会話を聞かれていたらしい。
「俺のこと、どう思っています?」
反射的に訊ねると、笑われてしまった。
「くだらないことを言う、よくいる新兵だな。落ち着きすぎているが、今だけだろう」
まったく、この人には敵いそうもない。そう思っているとエーデーが近づいてきて、背中を叩いてくる。
「くだらんこと言ってねぇで、自分の機体を見に行くんだ」
俺は二人に見送られるような形で、格納庫に走った。
もっとゆっくりできるかと思ったが、どうやら敵は待ってくれないものらしかった。
格納庫の広い空間に飛び出し、数え切れないほどの機動戦闘艇、輸送船が並んでいるのに、圧倒された。何度見ても、驚く。慣れるまで時間が必要かも。
携帯端末を取り出し、自分の機体の場所を検索。
整備兵たちに怒鳴られつつ、俺は自分の機体を見つけた。
少し離れて眺めたけど、やっぱり変に感慨がわかないのが、我ながら不思議だ。
俺の機体、俺の武器、俺の盾で、俺の剣。
整備兵の一人が俺に気付いて、近づいてくる。
俺は少し深呼吸して、彼に向かって踏み出した。
(続く)
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