2-13 実戦配置


     ◆


 どこかで誰かが叫んでいる、と気づいたけど、今更、遅いか。

 イヤホンを外す。

『新入り、あまりぼけっとするなよ!』

「分かってますよ」

 ゴーグル型のディスプレイを外し、周囲の青空を見る。

 数字が表示されていて、残りは五分を切っている。

 規定では亜空間航法から離脱する五分前に部隊指揮官に状況報告することになっていた。ちょっと遅れた程度だ。

「こちらジャグラー・ナイン、オールグリーンです」

『離脱先で戦闘が起きている情報が入っている。観光に行くんじゃないぞ』

「それはまた」どう言えばいいだろう。「願ったり叶ったり」

 本当に頼むぜ、という言葉で、通信は切れた。

 俺は十七歳で例外的に準軍学校から引き抜かれ、実戦部隊に配属された。

 どこに送られるのか、と思ったら、着任先の機動母艦で待ち構えていたのは、アグリ大尉だった。エーデーも、他のジャグラー・グループのメンツも揃っている。

 歓迎会もそこそこに、これもまたいきなり出動を命じられ、俺は新しい機体、ピカピカの新品を与えられたので、こうして亜空間航行中である。

 片道が三時間だったので、最初の一時間で帝国軍の軍規を再確認し、あとは映画を見ていた。これは別に軍規違反ではないはずだ。いや、どうだろう、違反していたかも。読んだばかりの軍規の中にはなかった。触れられてさえいない。

 ただ、まだ全体の一割が、ぼんやり記憶にある程度だけど。

 それでも、これから始まるのだろういきなりの戦闘で俺が戦死すれば、軍規の違反は無意味になり、俺は堂々と二階級特進となる。

 ちなみに俺の階級は軍曹だ。

 亜空間航法から離脱するまで二分を切る。素早く機体のコンディションをもう一度、確認。

 最新型の機体、フォーチュン社のアダム八型は、乗るのは初めてだ。乗ってすぐ、亜空間航法を始める寸前にちょっと動かしてみたが、まだ慣れているとはとても言えない。

『新入り、俺たちの後ろについてきな。女のケツを追うみたいにな』

 ジャグラー・ファイブの冗談に、ジャグラー・セブンがゲラゲラ笑う。うるさい奴らだ。

「謹んで、ケツを守らせてもらいますよ。誰にも掘られないようにね」

 軽口で応じつつ、スペックをもう一度、確認。防御フィールド出力を高めるように、素早くエネルギー流入量を切り替えていく。

 仲間が下品なジョークを繰り広げるが、それもアグリ大尉の言葉で終わる。

『諸君、戦いだ』

 亜空間航行を離脱。

 光が弾けた。全方位モニターに無数の表示。味方の機体、ジャグラー・グループが八機。いや、前方に二機、不明機に追われている味方の機動戦闘艇がいる。

 不明機が即座に敵と判定される。

 何機だ? 周囲を確認。四、いや、五機。

 ジャグラー・グループが激しく交信を始め、集中が乱れる。原始的なつまみを捻って音量を下げた。

 ちょっとの空白時間で、操縦桿を握りなおし、そして、ペダルを踏み込む。

 急加速で、シートに押さえつけられる。

『新入り! 引っ込んでな!』

 誰かが叫ぶが、知ったことか。

 今にも味方の機動戦闘艇を撃破しようとしていた敵機の前に滑り込む。

 ほとんど盾になるような挙動だが、こちらは防御力が売りだ。

 事実、味方にとどめを刺すはずだった粒子ビームは、俺の機体の防御フィールドで弾けた。

 敵機が翻り、こちらを狙ってくる。背後につかせるかよ。

 変に突出したために、俺に二機が向かってくる。巧妙だな、片方に対処すると、もう一方がフリーになっちまう。

 推進器の最大出力で、力任せに引っぺがす作戦をとってみた。うまくいかない。

 モニターを素早く確認。敵機の他の三機は、乱入した俺の味方と戦っている。襲われていた機動戦闘艇と、それが警護していたらしい輸送船は離れていく。

 近くにいるのは、セブンと、エイトか。

「セブン、今からそっちへ行くぜ!」

『は? お前、何を言っていやがる!』

 通信の間にも俺はジャグラー・セブンとエイトの方へ突っ込んでいる。彼らは敵機のうちの一機に襲いかかっているが、決定打を繰り出せずにいる。

 その目の前を俺が走り抜け、俺の粒子ビーム砲からの攻撃で奴らの獲物は、一瞬で俺の餌食になった。

 それと同時に、俺を追いかけていた敵機は、セブンとエイトの前に引き摺り出され、セブンの攻撃で撃墜された。

「お見事!」

『ふざけたことを!』

『いきなりスタンド・プレイかよ、新入り!』

 他の敵機も撃墜されているが、一機だけがしぶとい。ジャグラー・リーダー、アグリ大尉が常に背後を取っているのに、まるで背中に目があるように飛んでいる。

 と、その機体が急加速したと思った次にの瞬間には、消えていた。

 亜空間航行を起動したのだ。もちろん、事前に計算していたはずで、つまり事前に離脱する地点を決めていて、そこに逃げたことになる。

 言葉では単純だが、それを戦闘の中でやるのは、かなりの技術が必要だ。

 指定座標に、ピタリと予定通りの姿勢で飛び込む。

 あいつは要注意だが、また会うだろうか。

 宙を八機の機体が飛び回り、遠くで二機の機動戦闘艇が輸送船とともに進んでいるのが見えた。通信が入る、アグリ大尉からだ。

『セブン、エイトで彼らを護衛しろ。すぐそばに小艦隊が確認されているから、そこまで連れて行ってやれ』

 二人が短い返事の後、離れていく。

『他の機体は帰還するぞ。計算は俺とツー、スリーで並列計算だ。フォー、ファイブ、シックス、ナインは周囲を警戒しろ』

「了解」

 これでやっと自由に機体の反応を試せる。

 警戒していると見える範囲で、様々な挙動を確かめる。少し重たいが、悪くない。俺の好みはもっと軽い機体だけど、文句は言えない。

 いつか、自分好みの機体に乗れるかもしれないが、当分、先だろう。

『ナイン、さっきの飛び方はなんだ?』

 通信を送ってきたのは、シックスか。

「ちょうどいいタイミングだっただろ?」

『他人の獲物を横取りした』

「代わりに獲物を提供した。それでイーブンだし、苦労せずに落とせたはずだよ」

 戯言を、と呟いてから、シックスは通信を切った。

 そのうちに計算も終わり、俺たち七機は亜空間航行で戦場を離脱した。

「リーダー、ちょっといいですか?」

 三時間の退屈な時間を少しでも削ろうと、アグリ大尉に通信を送ってみる。

『なんだ? 亜空間航行中に映画を見るのは軍規違反ではない、と俺は思うが?』

「それはありがたいですね。でも話は別のことです」

 聞こう、と返事がある。

「さっきの連中が反乱軍ですか?」

『正確にはテロリストだが、反乱軍とも一部では呼ばれる。それがどうかしたか?』

 俺が今から口にしようとしている言葉が、果たして適切か、ちょっと迷った。でも言わないわけにもいかない。知っておきたいことだ。

「最後の一機の技能は、その、普通じゃない」

『どう普通じゃないと感じた?』

「あれは素人じゃないですよ。訓練を繰り返して、実戦をくぐり抜けなきゃ、あれだけの技は身につきません。素性が気になる。どこで訓練したんだろう?」

 返事がすぐにはなかった。思わず通信状態を確認した。繋がっている。

「リーダー?」

『いずれ分かるさ。俺も確かにあいつには手こずった。お前なら勝てそうか?』

 論点を逸らされたが、今は誘いに乗っておくとしよう。

「実際にやってみなくちゃわからないですね」

『帰ったら記録映像をチェックしよう。全員でな』

 通信が切れて、俺はぼんやりと空の映像を眺めて、まるで吸い込まれるような錯覚を感じていた。あまりにも露骨な映像だが、これはどうにかならないのかな。今更、それを気にしても仕方がないけど。

 なんとなく、モニターの表示を変えて、真っ暗にしてみた。

 宇宙のど真ん中に自分が浮かんでいるようで、変に不安になる。

 俺もちょっと、どうかしているかもな。

 表示を青空に切り替え、シートをほとんど平らになるまで倒し、横になった。

 目を閉じて、さっきの戦闘の光景を思い描いた。

 俺は最初の戦闘で、一機、撃墜した。

 誇るべきか、とも思ったけど、実感は何もない。

 あれで一人が死んだのか?

 本当に?

 目を瞑ったまま、目に焼きついた爆発の光の影を、じっと追っていた。




(続く)

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