第2部第3章 実戦突入編 彼は飛び立った

2-12 限界突破


     ◆


 俺とアイリスはいい加減、例のシミュレーターでのみ繋がっていた。

 デュオの設定は解除していないけど、俺は亜空間航法の訓練で留守が多かったし、それはどうもアイリスも同じらしい。

 書類が来たまさにその日に、俺たちはシミュレーターで久しぶりにデュオで戦い、二回連続で勝った。

 それまで書類のことを言い出せなかったけど、もうここしか機会がない、と打ち明けた。

『あなた、十七歳でしょ? すごいじゃない』

 そう言われて思わず照れたけど、しかし、彼女に俺の年齢は口にしていない、という事実に気づいた。

「どうして俺の年齢を知っている?」

 おっと、失言、という小さな声がした。

「答えろよ、アイリス、どうして知っている?」

『実はあなたの顔も知っているのよ』

 ますますわからない。だけど返って来た答えはシンプルだった。

『昨年度の惑星ガールデンの準軍学校で、優秀賞を受け取った生徒を、探したわけ。機動戦闘艇操縦士コースの』

 あー、なんだ、そうか、なるほど。

 卒業式の後の表彰式で、写真を撮られた。校内新聞とか、一部のマイナーな雑誌とか新聞に載る程度だと思っていたが、このご時世、情報ネットワークに上がらないわけがないのだ。

『私は写真は断っているから、どこにも載ってないわよ。悪しからず』

「それを今、調べようとしていたよ」

 沈黙がやってくる。俺はムッとしていて、喋る気を失っていた。

『最後にちょっと、本気でやってみない?』

「何を?」

『まさか私がいやらしいことをしようと提案していると思っているの?』

 少しはやり返せたようだ。

「本気でやりあうんだろ? 良いだろう。今やろう」

『早い人は嫌われるっていうわよ』

「早い方が好きな奴もいる」

 そんな話をしつつ、あっという間に設定が整えられ、俺とアイリスは離れた仮想の宇宙空間で、位置取りを始めていた。

『先に二回取った方の勝ち。一回ごとに設定はリセット。オーケー?』

「オーケー、目に物見せてやる」

 カウントダウンが終わり、俺の集中は一瞬で、まるでスイッチを弾くように切り替わった。

 両者が高速ですれ違う。反転。お互いに弧を描くような軌道を飛ぶ。

 スラスターの出力を上げていく。勝とうが負けようが、リセットされるんだから、あっという間に機体がぶっ壊れても問題ない。

 機体が崩壊する寸前で、俺はアイリス機の背後に滑り込んだ。

 逃さずに粒子ビームを連射。防御フィールドが受け止めるが、負荷に負けて弱まるのがよく見えた。リアルなシミュレーターだよ、こいつは。

 一発が命中、スラスターが一つ、目の前で切り離される。 

 その反動でアイリスの機体が跳ねていた。しまった、と思った時にはこちらはもうほとんど追い越している。

 スラスターを使って、こちらも減速、反転。

 間に合うか。

 スラスターが一つ、機能停止。さっきまでの機動の負荷のせいだ。

 錐揉みを始める。そのままにして、アイリスを探す。残っているスラスターで錐揉みをわざと酷くさせる。

 これで照準をごまかせるか。ただ、俺の技術、機体コントロールの限界領域でもある。

 制御できるか、できないか。

 アイリスはどこだ?

 見えた!

 その時には、アイリスがこちらを狙っている。

 ペダルを踏む。

 わずかに遅い。

 画面が赤く明滅。撃墜された。

『これで一つ』

「まだ終わっちゃいないさ」

『私相手にサーカスしている人は勝てないわね、永遠に』

 やりたくてやったわけじゃない。

 画面の中がリセットされ、またもとの地点からスタート。

 序盤はさっきと同じ展開。だけどこちらは無理をしないことにした。アイリスは速攻を選ばない、さっきも選ばなかった。

 じわじわと機体同士の間合いが狭まり、自然と俺がアイリスを追いかける姿勢になった。

 粒子ビームで攻撃、防御フィールドが跳ね返す。

 ふと思いついて、エネルギー魚雷を準備し始める。充填完了まで、十秒、九秒……。

 アイリス機が機首をわずかに上げる。誘いだ。じっと照準を外さず、無理せずに追いかける。

 粒子ビームがいよいよアイリスの機体のフィールドをダウンさせる寸前。

 ここしかないのはわかっている。

 普段は押さないトリガーを押す。

 発射されたエネルギー魚雷が閃光のように突き進む。

 ほとんど同時に、アイリス機の挙動が乱れる。

 ドンピシャだった。

 アイリス機の乱れが露骨になる。それもそうだ、あいつがまるで仕方なくという素振りで、その実、意図的に進もうとしたところを、エネルギー魚雷が走り抜けて行ったのだから。

 まさか自らエネルギー魚雷に飛び込む奴じゃない。

 だが、今は、姿勢は乱れすぎたな。

 粒子ビームが相手を蜂の巣にする。画面が青く明滅。

 今度は俺が勝った。

『エネルギー魚雷を使った人、初めて見たわ』

「俺も機動戦闘艇同士では初めて使ったよ。今度はぜび、その身に受けて威力を体験してくれ」

『まっぴらごめんよ』

 画面の中がリセットされ、三回戦が始まる。

 やっぱり序盤は同じ。どこまで訓練しても、どれだけ経験を積んでも、絶対に回避できない展開らしい。

 まずは俺がもう一度、アイリスの背後についた。

 エネルギー魚雷のトリックをもう一回使うのは下策と考え、堅実に落としにかかる。

 奴が姿勢を乱し、フィニッシュ、と思ったところで、アイリス機がブレーキをかける。俺をやり過ごす意図だ。こちらもブレーキ。

 極めて近い位置で、二機が姿勢を整える。

 もし実機なら、相手の顔がコクピットの中で見えたかもしれない。

 でもこれはゲームだから、何も映らない。

 真っ黒なコクピット。

 すれ違う。今度はアイリスが俺の後ろ。

 粘って、凌ぎ続ける。逆転する瞬間が絶対に来るのは知っている。

 待つこと、耐えること、それが何よりも強い矛になり、最後には相手を刺し貫くからだ。

 防御フィールドの出力が三割を切る。まだ。まだいける。

 粒子ビームを避けようとしても、アイリスの照準は外せない。

 フィールド出力、二割を割り込む。少しの集中攻撃で抜かれてしまう強度だ。

 思考が一瞬であまりにも多くのことに及びすぎて、何もかもが溶け合う。

 どうすれば攻撃を回避できる? 防御フィールドはもう役に立たない? どうやって機体を反転させる? スラスター? スラスターを切り離す? そこまでしなくても機体を壊す機動でどうにかなる?

 全ての思考が塗りつぶされ、俺の手足が自分でも驚くほどスムーズに、魔術的に動いた。

 防御フィールド、ダウン。

 スラスター全開、限界出力を超過。

 機体、捻れる。

 画面がブラックアウト。

 なんだ?

 負けた? いや、負けた表示ではない。

 真っ黒い画面に身を乗り出すと、白い文字が浮かんだ。

 システム限界。そう表示されている。

『あなた、無茶しすぎよ』通信は生きている。『何をやったか知らないけど、フリーズしちゃったじゃない!』

「あぁ、そうか、そんなつもりもなかったが……」

 俺はシートに身を預けて、考えた。考えようとした。でも何も浮かばなかった。

 勝っても負けてもいない。そんな勝負は、今までほとんどなかった。

『ちゃんと見ていてあげるから、死なないでよ』

 アイリスの声は真剣だ。

 死ぬ云々の話はつまり、俺が軍に入隊しても生き残れ、ってことだ。

 さりげなく、そして素っ気ない激励もあったものだ。

「あまり簡単にくたばると、かっこ悪いからな。ま、長生きするよ」

 ちょっと間ができたのは、礼を言うべきか、考えたからだ。言わないわけにもいかない。

「ありがとう」

『私が助けてあげられたらいいのにね。それは無理か』

「先に行って待っている。ゆっくり追いかけてこいよ」

 うん、と、かすかにアイリスの声がした。

 何を話すこともなく、俺はじっとシートに座り、アイリスも黙ってそこにいるようだ。

 画面にはまだ、白い文字が灯ったままで、ゆっくりと点滅する。

 消灯を告げるスピーカーの音が、筐体の中に薄く反響する。

「こっちは時間だ。またな、アイリス」

『うん、無事を祈っている』

「現実で会った時、お前に幻滅しないように祈っておけよ」

 言葉にならない喚き声が返ってきた。猫か犬かよ。

「今のは冗談だ。いつか、一緒に戦える日を待っている」

『うん、じゃあね、ケルシャー』

「じゃあ、アイリス」

 通信が切れた。筐体の外に出て、思わず振り向いていた。

 アイリスとはもう、会えないのか。

 今までも実際に顔を合わせたこともないけれど、一番長い時間を一緒に戦った戦友のようなものだ。

 消灯時間になり、非常灯だけになる。

 そうなってやっと俺はシミュレーターの筐体を離れた。




(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る