2-11 打診


     ◆


 準軍学校の二年目が始まった。

 アイリスと打ち立てた記録、一週間でランキングを駆け上がったあの出来事は、一部で噂になったようだけど、俺たちはあまりにも唐突に出現したデュオだったので、大きな噂になる程度の輪郭はなかったようだ。

 アグリとエーデーのことは、あの後、かなり真剣に考えたけど、考えても答えは出ない。

 わかっていることは、俺が亜空間航法の実技訓練をしっかり修めることだけだった。

 亜空間航法は何度も経験があるけど、機動戦闘艇単体での亜空間航法での移動は経験がない。スチールさんも教えてはくれなかった。

 亜空間航法に必要な装置は小型化されている。

 その訓練は二年目が始まって一ヶ月もしないうちに実施された。まずは隣の惑星までの航行で、片道はたったの一時間、しかも帰りは機動母艦で帰ってくる。

 何が問題になるのか、と思いながら、俺は亜空間航行中の作り物の空を眺めつつ、シートをリクライニングさせた。

 まぁ、パイロットスーツの中で用を足すのが一番の不便さだが、俺たちは戦士だし、戦士がその程度のことを気にするのもおかしいか。

 連続して訓練が続き、そのうちに亜空間航行の時間は延び、半日ほどになった。

 俺には理解できなかったけど、ここまでの訓練でちらほらと脱落者が出始めた。亜空間航行中に精神の破綻を起こしたのだ。狭い空間に閉じ込められ、ほとんど動けないだけのことが、なんでそれほどの負担なんだろう?

 二ヶ月かけて、亜空間航行で片道十二時間を往復することができるようになった。

 慣れとは怖いものだ。色々と。

 その訓練の間にも実機を使った戦闘訓練や、集団での編隊飛行の訓練も行われる。

 俺は負けなしで戦い続け、戦闘時間は機動母艦オグニッツで訓練する生徒たちの中で一番になり、撃墜数ももちろん、ダントツだ。

 この頃から、帝国宇宙軍の士官が何度か視察に来るようになった。でもいつかの二人組のように親しくすることはない。模擬戦闘が終わった時に、帰還前に仮の司令部と動画でやりとりする場面で、教官の向こうに制服が見えるくらいだ。

 三ヶ月が過ぎた時、いよいよ軍人が実際に俺の前に現れた。

 名前を名乗って、階級は大尉だった。しかし握手なんてしない。

 見たところ、機動戦闘艇のパイロットでもない。事務屋のような男だ。顎の下の肉がそれを証明していると見ていい。

 こういう奴は信用できないぞ、と素早く身構えていた。

 話の内容は、俺を帝国宇宙軍にスカウトしたいという意見がいくつかあり、自分たちもケルシャー・キックスという生徒の力量を正当に評価している、という具合だ。

 やたら前置きが長いが、要は挨拶だった。

 その日は彼らはそれだけで帰って行った。

 驚いたのは一週間後で、その大尉より恰幅のいい中佐の襟章の男がやってきて、しかもぞろぞろと取り巻きを連れている。全部で八人だ。

 教官の一人が不愉快さを隠そうともせず、俺に飛行を見せるように指示する。

「飛行とは、どのような?」

 嫌がらせ半分で訊ねると、教官も心底からウンザリしたように答えた。

「機体がすっ飛ぶほど、派手にやってやれ」

「イエッサー、仰せのままに」

 俺が見せた飛行は、軍隊の機動戦闘艇の飛行ではなかった。ほとんど曲芸で、エア・サーカスの見世物にでもなりそうな、際どいものだ。

 それを実際の軍用機でやるわけだから、とにかく、派手ではあった。

 画面に映る機体にかかっている負荷が、青だったのも一瞬、すぐ黄色になり、青に戻り、黄色のままになり、最後には赤になる。運動の間で一時的に黄色に戻っても、次の機動に入れば、どこもかしこも真っ赤っかだ。

 締めくくりに緊急事態でのみ許される高速で格納庫に入り、全スラスターを全開にして機体を止めた。格納庫の床に、機動戦闘艇の足が擦った線が出来ていた。

 あまりに激しい機動だったので、俺も呼吸が乱れるが、病院に運び込まれるほどじゃない。

 息を整えつつ、ゆっくりとシートベルトを外し、通信機のスイッチを入れようとしたら、向こうから繋がった。

『お、お前、お前、何をしている!』

 管制官だ。やれやれ、おふざけなんだってば。

「ちょっとした曲芸を見せるように指示されたんだ」

『演習飛行と聞いているぞ! その着艦はなんだ!』

 更に言い募ろうとする管制官の向こうで、誰かの声がする。言い争うような気配の後、管制官は怒りを滲ませつつも平静な声で、機体を牽引させることを告げてきた。

 シートにもたれているうちに、自動牽引車が機体を引っ張り始める。外の様子を見ると、例の中佐と取り巻き達がやってくる。

『へい、坊や、機体を壊す気か?』

 通信が入った。例の軍曹の整備兵だった。

「機体の限界を試すように言われたんだ」

『お偉いさんの前でか? 空中分解したら、さぞかし彼らも喜んだだろう。あの連中はどう見ても軍人だが、お前の機体のメーカーに訴訟を起こすつもりかい?』

「メーカーの仕事は問題ないな。俺がそれを証明した」

 直す方の身にもなれ、という言葉と同時に通信が切れた。機体も停止。

 ゆっくりとコクピットを開放し、外に出る。飛び降りて機体を見ると、そこここから液体が漏れている。やりすぎたか。

 整備兵とすれ違う時、ものすごく睨まれて怖かった。いや、冗談だけど。

 お偉方のところへ行くと、中佐が満面の笑みで出迎えてくれる。

「すごい飛行だった、初めて見たよ」

「サーカスを見に行った方がいいですよ。軍隊の飛行より面白い」

 俺がそう答えても、彼は笑っている。頭が足りないんじゃないか?

 中佐と今回も同行している例の大尉が何か話し始めたが、俺は無視して背を向け、機体の方をもう一度、見た。

 例の整備兵が手元のタブレットに何かを入力している。ぞろぞろと整備ロボットも集合していた。直すのに一日はかかりそうだ。

 明日は潰れたな。別の機体があるだろうか。

「ケルシャー・キックス! こっちを向け!」

 例の大尉に怒鳴られても、慌てずにゆっくりと振り向く。

「貴様、階級というものを知らんのか!」

「まだ学生なんでね」

 いよいよ大尉殿の頭の中で血管がちぎれそうだが、知ったことか。

 中佐がまだ笑っているのが、こうなると不気味だ。その中佐がすっと小さな仕草で大尉を下がらせた。

「軍人になる気はあるか?」

「あるようですね、形の上では」

 ふむふむ、などと頷きつつ、中佐の目が細まる。

「私にはお前を自由にする権利がある」

 おっと、強く出たな。

 彼の取り巻きがわずかに身を強張らせている。全員の腰にエネルギー銃があるのを俺は何気なく眺めた。俺の腰には何もない。くそったれ。

 黙っていると、中佐がまた一人で頷いている。

「聞いたところでは両親とは絶縁状態らしいな。さて、お前に居場所がどこにあるかな? 今からここを出て行くか?」

「下らない奴らに良いようにされるくらいなら、今からプロゲーマーに転職です」

「ゲームメーカーを我々がどうすることもできないとでも?」

 わお、それもそうか。サスなんて、特に帝国宇宙軍とズブズブだもんな。

 また俺がだんまりを選ぶと、中佐がますます目を細めて、こちらを覗き込むように見てくる。

 こういう奴らが、権力者ってことか。

 と、そこで傍に控えていた大尉の携帯端末が音を立てる。彼がさっとそれを受けると、なぜか動きが固まった。俺が見ているまで、奴の携帯端末が中佐のおっさんに手渡される。

 受け取った中佐が誰かと話し、その表情は無表情だ。瞳に冷酷な色があった。

 通話が終わり、中佐が俺を見た時、もう表情は例の笑みに変わっていた。

「また会えることを願うよ、ではね」

 拍子抜けするほどあっさりと、奴はこちらに背を向けて、まだ事情を理解していない仲間共々、格納庫を出て行った。俺だって、何が起こったかは、わからない。

 仕方なく機体の方に歩み寄り、整備ロボットが機体をほとんど解体しているのを眺め、整備兵がこちらに拳を突き出し、親指だけを上に上げるのに、同じことをした。

 が、整備兵はその拳をくるっと回転させ、親指を下にした。

 唐突に疲れを感じつつ、俺はその場を離れた。

 三日後、俺のところに正式な書類が来て、それは宇宙軍に入隊するように求める書類だった。




(続く)

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