2-10 戦士の誘い


     ◆


 知り合いか? いや、まさか。

「そうだろ? 見るからに子どもだし。なぁ?」

「んだ、んだ。こいつ以外にいねぇべ」

 片方は背が高く、見るからに知的だが、もう一方はずんぐりしていて、牧歌的だ。牧歌的というか、どこかの農民が紛れ込んだような雰囲気。口調も変な訛りがある。

「俺はアグリ・ポートマン、こっちはエーデーだ」

 手を差し出されたので、まずアグリの手を取る。

 感電するほど驚いた。

 いつか、スチールさんと握手した時に近い。でも目の前の軍人の手の力強さはスチールさんとは別物だ。

 この人が現役の機動戦闘艇操縦士だと、直感的にわかった。

 手はあっさりと離れ、次にエーデーとも握手をした。彼の手も同様だ。

「よろしく頼むだよ、少年」

「はあ……」

 しかしこの人たちはなんでここにいるんだ? そしてどうして俺と握手をする?

「早速だがね」エーデーが話し始める。「実戦であれをやったら、瞬殺だでな」

「あれ、とは、なんですか?」

「粒子ビーム砲の出力過剰」

 さらりとアグリがそう言ったので、彼らの見ている前で俺の目は点になっただろう。

 さっきの模擬戦のことだ。

 それから二人はつらつらと俺の操縦を分析し始めた。まるで実際に見た、というか、手合わせしたような口調だが、その理由にさすがに俺でも気づいた。

 さっきの相手の二機は、この二人だ!

 いつかアイリスが言ったことは、事実だった。

 現役の軍人がシミュレーターにやってくる、ということが本当のことになった。

 つまり、俺たちは本当に藪をつついて蛇を出し、しかも蛇を退治してしまった。

 それで……、これから、どうなるんだ?

 いつの間にかアグリとエーデーが口論を始めていて、俺の操縦やアイリスの操縦云々の前に、自分たちのことを議論している。

 彼らが急に黙り、拳をぶつけ合った。意味不明だ。

「今のが、ここらでやめよう、の合図だべ」エーデーが困ったような顔になっている。「うちのグループではこうでもしないと、終わらんでな、議論が」

「時には喧嘩にもなる。そういう経験、ないか?」

 ええ、まあ、としか言えない。

 喧嘩といえば、惑星ガールデンを出る寸前に上級生に袋叩きにされたことが思い浮かぶ。

 あれはサスでのいざこざだったけど、本職の軍人も、似たようなことをするらしい。

「さて、ケルシャー・キックス、君は本当に十六歳か?」

「は、はい」

 あぁー、などと声を漏らして、アグリが天を仰ぐ。

「あと一年でも早く生まれていれば、シンプルなんだがな」

「仕方無ねぇべ、リーダー。もし一年早く生まれていても、一年早く俺らを落としたさね」

「変な前例になるとか、くだらんことを言う連中の姿が目に浮かぶよ」

 やっぱり俺にはわからないことを二人が話し始める。

「俺の年齢が、何か?」

 二人きりの世界にそう言って割り込むとアグリがまじまじとこちらを見る。

「帝国軍に入隊できるのは十八歳以上か、準軍学校、もしくは軍学校で三年学んだものだ」

 この基準は一部、重複しているが、生活が苦しい家庭などでは、小学校の卒業と同時に準軍学校へ入る子どももいるためだ。それは特別に同じ年代だけが集まる学校で学習する。幼年学校とも呼ばれるが、正式名称は長ったらしくて、よく知らない。

 それはともかく、俺は別に、このままなら自然と卒業し、入隊するはずだけど、何かおかしいだろうか。

 アグリが難しい顔で教えてくれた。

「特別にお前をスカウトしたいんだが、来年でも十七歳で、規定に反する。無理やりにスカウトしたいが、その前例を帝国軍が受け入れるかが、わからない、って話さ」

「腕は確かだで、誰も文句は言わねぇさ」

「俺たちを落とすわけだしな」

 やっとこの二人がどういう立場か聞く必要を感じた。

「お二人の所属は?」

「第二十二方面軍、機動戦闘艇特別部隊の中の、ジャグラ・グループだよ」

 アグリが冗談でびしっと敬礼してみせる。エーデーも倣った。

「アグリ・ポートマン大尉、ジャグラー・リーダーです!」

「エーデー少尉、ジャグラー・スリーです!」

 ……これは冗談にならないぞ。

 二人が敬礼を解いて、ニヤニヤと笑う。

「来年にでもお前を仲間にしたくて、ちょっと様子を見に来たんだ。休暇の間もここに残って、シミュレーターで荒らし行為をしていると聞いてね」

 ものすごく恥ずかしさを感じながら、あれは友達の誘いで、とごにょごにょ答えるしかなかった。

「試しに対戦したら、不覚を取った。参ったね」

「仲間に顔向けできねぇべ、こいつは」

 二人もどこか恥ずかしそうだが、俺は笑いも何もできない。

 それから三人で機動戦闘艇の操作について話したけど、これといって特別な内容には踏み込まなかった。どうやら俺が基礎的なものをどれだけ押さえているか、知りたいようだった。

「亜空間航法の経験がない?」

「はい、それはこれからの学習範囲です」

 さっきと同じように、アグリが額を押さえて、天を仰ぐ。

 が、すぐにこっちを見た。真剣な顔だ。

「うちの任務の大半は、亜空間航法の状態で長時間、じっとしていることだ。詳細は軍規に触れるから今のお前には話せないが、とにかく、亜空間航法なんだよ。お前をスカウトする気は変わらないが、不利にはなった」

「他所がさらうかも知れねぇ」

 エーデーの言葉に、ギロリとアグリが睨みを利かせ、またこちらを見る。

「スカウトしたいのは本気だ。覚えておいてくれ。来年度、タイミングを見計らって上層部に打診してみる。それまで技量を落とさず、落第もせず、放り出されもせず、しがみつくようにしてでも、準軍学校にいるんだ。いいな?」

 カクカクと頷くしかなかった。

 なんか、ものすごい念の押し方だったな。

 エーデーが時間を告げると、まずアグリが俺の手をもう一度、取って、「また会おう」と言った。次はエーデーで「健闘を祈るで」と頷いてくれた。

 二人は颯爽と、しかしまた激しい議論をしながら部屋を出て行き、俺はやっと時計を見た。

 かれこれ一時間も話していたのだ。

 シミュレーターの筐体の中に戻ると、アイリスが怒り心頭、カンカンになって待ち構えていた。

 でも俺はそれにどう答えることもできず、黙っていた。

 アグリとエーデーのことしか頭にない。

 あと一年、ここで踏ん張れば、俺はどうなるのか。また一歩、先へ進めるのか?

 でもそれは、どこだろう。

 第二十二方面軍? 機動戦闘艇部隊?

 急に生々しい言葉が頭を支配して、俺はアイリスに曖昧な相槌を打った。

『ちょっとおかしくない? 何かあったでしょ?』

 そう言われても、意識は全く、少しの余地もなくぼんやりしていたままだった。

「ああ、うん、そうかもしれない」

『頭でも打った?』

「かもしれない」

 盛大なため息が耳元でした。

 かもしれない。

 かもしれない……。




(続く)

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