2-9 誰よりも高く跳べ!
◆
休暇、七日目。
午前中に順調に勝利を重ね、撃墜数を上げまくった。
お昼ご飯を食べに食堂へ行くと、見知らぬ軍人が何人かいて食事を取っている。何をしに来ているかはわからない。
さりげなく階級章をチェックすると、少尉、中尉といったところが多い。もしかしたら新しく任官した士官学校卒業生かもしれない。それで来年度は、ここで教官か何かだろうか。
あるいは、軍学校の卒業者の中でも優秀者は士官になれると聞いた。
準軍学校は卒業しても、最初は下士官からスタートだ。
準軍学校は三年制なので、俺はあと二年はここで辛抱しないといけない。
それは憂鬱以外の何物でもないのだった。人間関係云々以前に、張り合いのある相手がいない。もうこの一年で、俺は自分が異質だと、実は気づいている。
場違いな存在。
誰も俺を導いてくれない。一人きりで暗闇に分け入るだけ。
それも本筋とは思えない、脇道にだ。
何があるかも、足場があるのかもわからないまま、俺は一人だし、何も闇を裂いてくれない。
アイリスだけが、光のようなものだ。
アイリスといると、脇道なんて意味がなくて、本当の道筋が、かすかに見える、という気もする。
食事をしていると、軍人たちはどこかにいなくなっていた。
シミュレーションルームに戻り、端末に乗り込む。
『遅いよ、ケルシャー』
こちらがログインした途端、アイリスの声が届く。
「悪い、ちょっとのんびり飯にしていた。もう食べた?」
『これでも早食いでね。しっかり食べた。太りそう』
別に競馬の騎手じゃないから、俺たちには体重制限はないけど。
女性だし、体格も気になるんだろう。
昔からよくある奴で、こうやって情報ネットワーク越しに仲良くなっても、現実世界で会った途端、妄想と現実のギャップにやられて、がっかりしたり、疎遠になったりする、というのは現実に起こることだ。
アイリスはまぁ、声を聞く限りでは可愛らしい。音声を加工している雰囲気じゃない。
年齢は聞いていないけど、俺とほぼ同年だろうか。いや、機動戦闘艇の操縦の感じだと、年上かも。
瞳の色は何色で、髪の毛はどれくらいの長さだろう?
鼻は高いのか、低いのか、頬骨は出ているのか、いないのか、そばかすがあるか、ないか。
考えても仕方ないことだ。
そういうあれこれで機動戦闘艇を撃墜できるなら、別だけどさ。
『今の順位は十一位よ』
彼女の声で我に返った。
「あとひとつか」
『今日中に達成できそうね。あ、来たわ』
対戦相手が設定された表示が出る。もちろん聞いたこともないアカウント名である。
選択している機体は平凡で、これといって何かを狙っているようではない。
このシミュレーションではいくつかの戦法があると、俺たちも気づいている。一番は、短期決戦を選ぶか、持久戦を選ぶかだ。
短期決戦は攻めまくって、機体への負担などを度外視することになる。
持久戦は、とにかく粘って、最後には機体の頑丈さ、タフさで勝負を決める。
俺たちはどちらでにも対応できるようにしているし、それはつまり、今までは相手に任せていた。
今回の相手はどちらだろう?
宇宙空間が眼前に広がる。
相手に合わせて位置を変えようとして、それに気づいた。
相手が二機とも、ぐるぐると旋回し、ほとんど座標を動こうとしない。
初めての展開だ。
『おかしなプレイヤーね、ふざけているのかしら』
「様子を見るのはやめよう。一気に攻めるべきだ」
『そうしましょうか』
カウントダウンが終わり、両者が動き出す。
ここでも意表を突かれた。相手が連携を取らず、一対一を狙うような飛び方を始める。
「一対一は危険じゃないか?」
『やってみれば分かるわ!』
もうアイリスは推進器を全開にして飛び込んで行っている。俺は俺で、自分に向かってくる敵に当たっていく。
上手い。最初にすれ違っただけで、あとはまるでこちらの動きを知っているかのように、背後に位置取られて、引き剥がせない。
粒子ビームが降り注ぎ、防御フィールドがじわじわと削られる。
もう一方の戦闘、アイリスはどうしている?
視界の隅で彼女も追い立てられているのが見えた。
連携しないと勝てないぞ、強敵だ!
『パターン八、十、二!』
打ち合わせされていた連携の指示。俺たちは全部で十二の連携技を事前に決めていて、こうして数字の羅列で、すぐに意思疎通できるようにしている。
でも使うのは二回目だ。
パターン八はお互いに自分に張り付いている敵機を狙い合う動き。
自然と俺とアイリスの機体が急接近することになる。
『わっ!』
アイリスの悲鳴が響き、俺は悲鳴を飲み込んでいる。
まるで知っていたかのように、アイリスに張り付いていた機体が俺に、俺に張り付いていた機体がアイリスに攻撃し始めた。そのままスイッチ、敵が入れ替わる。
俺もアイリスも、機体を翻して、接近を諦める。十と二の動きに繋げられない。
『パターン十三しかないわね』
「本気で言っている?」
会話しながらも俺たちは機体を動かし続ける。
画面の端で機体への負荷を示す表示が、ほとんど黄色になっていた。限界に近い機動を繰り返しても、相手はついてきている。
もうあまり時間もない。
パターン十三は実際には決められた動きではなく、捨て身を意味していた。片方が犠牲になり、敵の二機を落とす、というプランだ。
パターンを決めるときに冗談で口にしたけど、やったことは、もちろん、ない。
『行くよ』
止める間もなく、アイリスの機体がこちらに向かってくる。さっきと同じになる。
俺は機体のエネルギーを粒子ビーム砲に過剰に流し込む。実機だったら数発撃っただけで焼けついて使用不能になる。
そのことも画面に警告で出るが、無視。
俺の背後からの粒子ビームがアイリス機の防御フィールドに突き立つ。アイリス、構わず接近。俺の機体にも正面から粒子ビームが飛んでくる。回避。
逃れるように距離を取り、俺が消えたことで一瞬だけ、アイリスの機体が前後で挟まれるのがよく見えた。防御フィールドが過負荷で瞬時に消える。
俺はトリガーを引いていた。
二つの閃光。
アイリスは撃墜されたけど、彼女に張り付いていた敵機も、俺が撃墜した。
やりやがったな!
無意識の怒りが沸き起こり、それが集中を高めた。
俺の機体は防御フィールドはほぼ完全、相手はアイリスの攻撃でわずかに弱まっている。
ただし俺の方は、一撃で防御フィールドを貫通する強力な粒子ビームを撃った反動で、砲身に異常が出ている。
あと一発、撃てるか。
二機の機動戦闘艇が絡まり合うように飛び続ける。
どれくらいの時間が過ぎたのか、俺はわずかに操縦桿の傾きを緩めた。
相手がぐっと機首をこちらに向ける。
ペダルを思い切り、踏み折らんばかりに蹴りつけた。
さっきまで黄色だった画面の端の表示が、一部、ごっそりと赤に変わる。
同時に俺の機体の防御フィールドが過負荷で消滅。
機体は破損し、防御手段も消えた。
それと引き換えに、こちらの粒子ビーム砲は、相手を捉えている。
トリガーは、押した感覚もなく押した。
閃光。
勝利を示す表示を、俺は無意識に眺めた。
しばらくぼんやりしていると、急に耳元で大声が上がり、俺の方が座席から腰を浮かせてしまった。アイリスが大声で何やら喚いているけど、あまりに声が大きすぎて、割れている。
画面の中にランキングの表が表示され、俺たちのペアの名前が、二つ、上に移動した。
つまり、九位だ。
どうやらアイリスの願望は実際に形になったらしい。
と、どこかで低い音がすると思ったら、外で誰かが筐体をノックしているらしい。
「アイリス、ちょっと、アイリス」
『何よ! 何! もう、ケルシャー! あなたって最高よ! もう、信じられない!』
「誰かが外で呼んでいるから、ちょっと外すけど」
写真を撮らなくちゃ、とか、言っているアイリスをもう無視することにして、俺は一度、ログアウトして、外へ出た。
明かりが眩しくて目をしょぼしょぼさせる俺に、声がかけられる。
「ケルシャー・キックスか?」
そこにいるのは、軍服の二人組だった。
(続く)
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