2-8 二人は冒険者
◆
準軍学校は卒業式で卒業可能な三年生を送り出した後、十日間の休暇になる。
俺も家に帰ったり、スチールさんのところへ行くこともできたが、やめてしまった。
きっかけは卒業式の前の日、例のごとくシミュレーターに乗っていると、アイリスから通信が入った。
『休暇はどうするつもり?』
そう言われて、反射的に答えた。
「きみに会いに行くよ」
『あらまぁ、熱い言葉にクラクラするわ』
「だから、どこで生活しているか、教えてくれよ」
それは無理、とあっさりと拒絶され、アイリスは話を先に進めた。
『前に一緒に戦いましょうって誘ったの、覚えている?』
「熱いお誘いを忘れる俺でもないよ」
『なら良かった。休暇になったら、二人で組んで戦わない?』
「デュオでやる、ってことだよね。悪くないけど、休暇じゃ相手がいないんじゃない?」
これは噂だけど、とわずかに声量を低めるアイリス。
『休暇中でも生徒が模擬戦をできるように、軍人たちに開放するらしいの』
「軍人? 本物の、現役のパイロットが混ざってくる、ってこと? そんなこと、あるかなぁ」
『やってみなくちゃわからないけどね。それよりも何よりも、あなたと組むとどうなるか、楽しみなのよ。勝ち続けること、私、何よりも好きなのよね』
「俺もだよ」
こんなやりとりがあって、卒業式と同時に行われた表彰式も済ませ、夜には俺はシミュレーターに乗っていた。
少し遅れてアイリスがログインしてくる。
『さて、今日は望み薄だけど、やりましょうか』
俺と彼女のタッグが登録され、ツーバイツーと呼ばれる二対ニのモードが立ち上がる。
リンクされている広範囲の準軍学校の、ここと同様のシミュレーターが接続され、すぐに二人の敵が現れる。
機体を選択できる段階になり、俺はカイリン三型にした。アイリスは、と思うと、カザグルマ七型だった。俺も一時期、サスではカザグルマ三型を結構、使ったな。あの時とは別物だろう。
カザグルマ七型のスペックデータを見つつ、戦闘開始までの十秒を潰す。もちろん、両手足は仕事をしていて、視線もチラチラと相手の位置を確認し、有利な位置を探る。
なるほど、軽量で機敏な動きが特徴か。
戦闘が開始される。
四機の機動戦闘艇はもつれるような軌道をそれぞれに描いて、時に集まり、時にばらけ、また集まるを繰り返した。
光の爆発が同時に二カ所で起こる。
『お見事』
「そちらこそ」
俺たちに負けた二人の相手が消えて、しばらくアイリスと雑談になる。世間話ではなく、たった今の戦闘の分析だ。まだお互いに冷静だけど、これはちょっとすると口論になるかもな、と俺は思っていた。
次の二人組が現れ、戦闘になり、ものの一分で終わる。俺とアイリス、二人ともが物足りない気持ちなのはよくわかる。逆にやられた方は今頃、怒りに駆られているだろう。瞬殺と言ってもいい。
そんな具合で、二人組を次々と退け、時計を見ると消灯時間になろうとしている。
対戦は全部で二十三回。俺もアイリスも、一度も落とされていない。撃墜数は俺が二十、アイリスが二十六。手抜きしたつもりはないが、彼女の例の誘いのせいで、敵が自然と彼女に集まるだけだ。
『初日にしては上々ね』嬉しそうな声だ。『これから十日間は、私たちが全てを席巻するわよ。もう、考えるだけ面白いわ。そう思わない? 誰が私たちを落とせる?』
「あまり派手にやると、藪をつついて蛇を出す、になりそうだけどね」
『蛇が出ようが鬼が出ようが、やっつけてやりましょう』
やれやれ、意外に自信家だし、強気じゃないか。
消灯時間には部屋にいて、俺はさっさと眠った。
翌日は一番乗りで食堂に入り、素早く食事を済ませると、さっさとシミュレータールームに飛び込んだ。一番乗りだ。
アイリスはもうログインしていて、俺を待っていた。
『さて、やるわよ。今日は五十回くらいやりましょうか』
「そんなにやったら、対戦相手を狩り尽くすんじゃないかと思うよ?」
『そうなれば、お待ちかねの蛇が出てくるわよ』
別に待っちゃいない。
すぐにどこかの誰かとマッチングされ、二対二の戦いが始まる。
休憩はトイレと昼食、そして相手が設定されるまでの待ち時間だけ。
夕飯の前にアイリスが設定した五十回目を大幅に超えた。俺もアイリスも何回か撃墜されたけど、二人ともが落ちて負ける、ということはない。
シミュレーターに搭載されているランキングは、ほとんどの準軍学校を網羅しているけど、今日だけのランキングでは、デュオモードでの上位百組に俺たちの名前が掲載された。
『一週間のランキングでベストテンに入るのを目標にしましょう』
おいおい、本当に蛇を出すつもりかよ。
しかし、悪い挑戦ではない。
そう思ってしまった。だって、不可能じゃないんだ。
挑まない理由はないな。
こうして俺たちは連日、激戦を繰り広げ、これが本当に休暇かと思うほど模擬戦闘を繰り返した。長い間、実機のシートに座っていないこととか、変にシミュレーターに慣れそうで不安もあるが、結果は良すぎるほどだ。
五日目になって週間ランキングで俺たちの名前は二十三位に浮上した。あと二日でどこまで上がれるだろう。
「少しは実機で訓練したいんだけど、ダメかな」
何も恐れないはずの俺が、ちょっとおっかなびっくり、アイリスに尋ねると、彼女はちょっと唸った。
『私もそんな気持ちになっているのよ。じゃあ、あと二日で終わりにしましょうか。きっちり一週間だし。そうすれば休暇の最後の三日間は、実機で自主的に訓練できる。そういうことで、オーケー?』
「ありがとう。まぁ、あと二日で、どうなるかなぁ」
『伝説への階段を駆け上がるのよ、絶対に』
熱い奴だな、アイリスって。
六日目も無敗のまま乗り切って、ランキングは十二位。これはどうもアイリスの願望は形になりそうだ。
消灯前に駆け足で俺は格納庫に向かった。いつの間にか機動母艦の中はしんとしていて、人気もない。消灯間際だからではなく、ほとんどの生徒がどこかしらに出かけているんだろう。
格納庫に出て、その中でも区切られた、俺の機体のある場所に向かう。
前方で小さな赤い点があるな、と思ったら、タバコの火だった。
立っているのは例の軍曹の整備兵で、俺の機体を見上げている。駆け寄ると、彼もこちらに気づいた。
「子どもは寝る時間だぜ」
「これでも十六歳だよ」
俺の冗談に、まだまだガキさ、と彼が笑う。
「どうしてここにいるの? 軍曹だって休暇じゃないの?」
「俺には帰る家はないよ」
あっさりと言われて、この男のことを何も知らない自分に気づいた。でも別に、知る必要もないだろう。
「俺もだよ」
そう答えると、彼は嬉しそうに笑い、でも無言のままでゆっくりと煙を吸い、吐いた。
いつか、惑星マイスターでも、俺は大人と一緒にいて、その時も今とそっくりの雰囲気だった。夜の気配と、タバコの煙。今の夜の気配は雰囲気だけだけど。宇宙には昼も夜もない。それは人間が都合良く定義するだけだから。
しばらく二人で黙って機体を見ていた。
「寝るか」
床にぽいっとタバコが捨てられ、踏み消される。
「喫煙は所定の場所以外では禁止だったはずだけど?」
ふざけて訊いてみると、男は稚気のある笑みを見せた。
「規則は破ってこその規則だ」
悪い大人だな、と思ったけど、別に嫌じゃない。
こういう大人の方が、信頼できる。
(続く)
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