2-7 ナンバーワン!


     ◆


 思わぬところで友人とはできるものだけど、俺とアイリスの間にある関係は、俺の中では何よりも大切なものになった。

 俺は毎日、シミュレータールームに顔を出し、一人きりで、一対一の模擬戦闘を繰り広げた。

 アイリスとはあれ以来、一度も対戦していない。彼女と俺は不戦協定を結んだ形だった。

 本当は決着をつけたかったけど、この前の戦いの後、俺はアイリスをやすやすと落とせないと考えたし、彼女も同じように考えたようである。

 もちろん、対等な力量の相手は重要だ。

 重要だけど、俺たちは経験を積むべきだったし、そのためにはまず質より量だった。 

 他の準軍学校の連中を相手に、連夜、消灯になるまで撃墜数を重ね、最後にその日のアイリスのシミュレーションの映像を端末にコピーする。

 部屋に戻って暗闇の中でその映像を眺める。

 俺と彼女の技術はどこかで似通っている一方、違う部分がある。俺が堅実に相手を追い詰めて撃墜する正攻法か、不利からの強引な逆転をモットーにしている一方で、彼女は相手を誘い込み、逆襲する戦法がたまに出てくる。

 最初に俺とやった時の、あの誘いだ。

 この誘いがあまりにも自然で、九割九分のパイロットはこれに乗ってしまう。まんまと攻撃を仕掛け、回避され、防がれ、その直後に逆転される。逃げ回ってイーブンに戻せるのは少数で、大抵は撃墜される。

 勉強になる面がいくつもある。あの誘いはできれば身につけたかった。

 きっとアイリスもどこかの機動母艦の中で、俺と同じことをしているだろう。俺の技術を盗もうと必死だろうな。

 もっとも、俺の飛ばし方の基礎は正攻法すぎて、コピーしようにも、特徴を掴むのが難しいはずだが。

 彼女と会話をする機会はあまりなくて、お互いが「二人で戦おう」と口にした一件も、そのうちに忘れ去られた。

 俺の操縦技術の進歩は、シミュレーターだけが理由じゃなく、実機の操縦時間の積み重ねもあった。

 一年目を終えようとして、俺の撃墜数はこの機動母艦オグニッツで訓練を受けた生徒の、年間最多数を更新する勢いで、それもあって、俺はますます周囲から孤立していた。

 多くの生徒がどこかしらのグループに所属して、そこここで俺への対策が練られている。

 さすがにいつかの生徒のように、実機に細工をしようとする奴はいない。俺の機体は厳密に管理され、手を触れることができるのは俺か、本職の帝国軍に所属する整備兵数人だけだ。

 これは特別待遇だ。

 その日の実機の操縦訓練で、俺は模擬戦において三機を撃墜し、いよいよ年間最多撃墜数の記録を突破した。本当は四機でも五機でも落としたかったけど、教官が俺を訓練の輪から外してしまったから、無理だった。

 でももう、誰も俺を止められないのは、記録の面でもはっきりした。

 この実技の授業は、学年を無視して行われていて、教官が力量の近いもの同士をその場で当てているが、俺の相手は上級生ばかりで、それは俺が飛び級のような形でここにいるからでもあるけど、とにかく、上級生はたまったものじゃない。

 誰も俺と訓練したがらず、触らぬ神に祟りなし、という雰囲気だ。

 プライベートでもその姿勢が貫かれて、十代半ばの俺は、何才も年上の連中から、畏怖の視線を向けられている。

 食堂や通路で、そういう視線を受けるとき、俺は堂々と見つめ返し、相手が視線を逸らしてから、やっと前を見る。

 上級生の中でも親しげな人たちが、たまに話しかけてきても、どこかぎこちなくなってしまうのは、なぜだろう。

 俺に変な自負があるのか、それとも、俺は慢心しているのか。

 あるいは、心は、中身は、まだ子どものままだからか。

 断片的な話で聞いたが、俺のことが帝国軍の中でも準軍学校を管轄とする部署で話題になっているらしい。もちろん、操縦が上手いとか、撃墜数が多い、とか、そんな話でもないだろう。

 誰がどこで何を考えようと、俺がやることは決まっている。

 より優れた操縦士になること。

 そうこうしているうちに、年度末が近づいてきた。軍学校ではそれぞれの学校、それぞれのコースで最優秀者が表彰される。

 俺は興味がなかったが、声がかからないわけがなかった。

 ある日の実機での訓練が終わり、整備兵と機体にかかっている負荷とその影響、機体の物理的な強化や改良について話していると、軍服の男がやってきた。

 整備兵が敬礼して、俺も慌てて敬礼した。

「アッツ准将」整備兵が、いつになく真面目な顔で言う。「このようなところへ、なぜ?」

 アッツ准将? 記憶を探ると、すぐに思い出せた。

 惑星ガールデンの準軍学校の校長だ。この老年の軍人は、映像で見たことがあっても、実物は初めてだ。いや、そうか、たぶん入学式の時にいたはずだけど、記憶にないな。

「きみがケルシャー・キックス?」

 穏やかな表情でアッツ准将が俺を見る。どこと言って強い圧力のない、不思議な男性だった。

「はい、そうです」

 他にどう言えと?

 何度か頷いて、俺の体を観察してから、准将はちょっと声を潜めた。

「準軍学校の優秀者の表彰のことは知っているね?」

「はい」

 その話か、とやっと腑に落ちた。そんな俺に、准将が気安い感じで言葉を続ける。

「君を最優秀新入生で表彰するか、機動戦闘艇操縦士コース最優秀賞で表彰するか、議論になってね。二つを同時受賞するのは前例がない。で、どちらか君に選ばせよう、となった」

 整備兵を思わず見てしまった。彼も目を丸くしている。

「最優秀新入生で表彰されるのは、一度きりのチャンスだが、どうだろう?」

 追いかけるような准将の言葉に、俺は思案した。

 想定していなかった事態だけど、どちらの方が上かははっきりしている。

「操縦士コース最優秀賞でお願いします」

 そう答えると、がっかりした、とでも言いたげに、はぁーっと准将が息を吐き、

「生意気な生徒だな」

 と、笑った。その表情には、不敵なものがある。

 生意気で結構、とでも言いたげだ。

 俺も笑みを返しておく。老人は満足したようだ。

「わかった、では、操縦士コースで表彰する。邪魔したね」

 すっとこちらに手が差し出されたので、俺は反射的に握り返した。ゴツゴツした手だ。

 准将がニヤッと、初めて見せる剛毅な笑みを浮かべた。

「私は生意気な生徒が好きだよ」

「ありがとうございます」

 視線を交わしてから、准将は俺の手を離して去って行った。その姿が格納庫から消えてから、隣にいた整備兵が両手を挙げた。ホールドアップ、みたいなポーズだ。

「新入生が、操縦士コースの最優秀賞を受賞するなんて、聞いたことがない」

「ふさわしくないかな?」

 ジョークで整備兵にそう言うと彼はゆっくりと首を振る。

「お前が最強だって、俺は身近に見ているからな。おめでとう」

 彼は万歳していた手でガバッと俺を抱えると、軽く持ち上げてぐるぐる回り、やっと解放してくれた。

「いつか帝国軍に入隊したら、俺をお前の専属整備兵にしてくれ」

「いいですよ、軍曹」

 ほとんど口にしない彼の階級を言葉にすると、彼はムッとして、俺の肩を軽く拳で殴った。

「お前が入隊する前に、曹長くらいにはなっておく。見てろよ」

 二人でクスクス笑いつつ、話はまた機動戦闘艇のことに戻った。

 こうして俺の準軍学校の第一年目は、輝かしい結果を生んだ。




(続く)

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