第2部第2章 戦友邂逅編 誰彼構わず、やっつけろ!

2-6 仮想のダンス


     ◆


 結局、俺は孤独な生活に戻り、ひたすら訓練を続けた。

 実機の訓練は、驚くべきことに、新しいカイリン三型が届いた。新品だ。しかし整備士は生徒ではなく、教官たちの機体を整備する大人が担当した。正規の整備兵だった。

 例の遠隔操縦での訓練の時、リンドーは上級生に買収されていた、と後の調査で分かった。わざとスラスターが機能不全を起こすようにしたのだ。

 物理的な損傷はなく、リンドーを買収した上級生のシナリオでは、俺が機体を制御できなくなりギブアップするか、姿勢制御が乱れたところを撃破して、それで終わりのはずだった。

 どちらの展開にもならず、彼らの計画は彼らの首を絞めるだけで終わった。

 それも首がちぎれるほど強く締め付けられて。

 リンドーが上級生からちょっとした金を受け取っていたが、没収された上に退学になり、上級生からも五人ほど、退学になる者が出た。

「お前はかなりの疫病神だよ」

 整備を受け持つ整備兵が俺が見ている前で繰り返し、ぼやく。俺は最初こそ聞き流していたけど、そのうちに冗談を返せるようになり、彼も嬉しそうに笑い始めた。

 遠回しの励ましだったらしい。

 あの事件で準軍学校のカリキュラムが見直されるわけもない。俺は繰り返し遠隔操作でカイリン三型を飛ばしまくり、シミュレーターの中では大勢の生徒をあの世にぶち込み続けた。

 機体は頻繁にオーバーホールされ、その度に整備兵に叱られた。

 俺はまだ機体を大事にできないけど、それはサスの流儀を忘れられないかららしい。

 何度目かのオーバーホールの後、やっと実機に実際に搭乗しての訓練が始まった。

 その段になって、俺はやっと自分の無謀さを身をもって知ることになるわけで、初めての訓練の日から、シートベルトが身体にくい込んだせいで肋骨にヒビが入った。

 これには軍医も目を丸くし、「何をした?」と真面目に、まるで新種の生物を見たような顔で不思議そうに訊かれた。

 それから実機に乗る度に、どこかしらを傷めたけど、負けることはなかった。

 誰かが俺を撃墜王とか、エース、と呼び始めたけど、誰も俺のそばには寄ってこない。

 何も知らない人間が俺と周囲の様子を見ると、俺が問題児か、あるいは殺人鬼か何かだと思われているように、見えたかもしれない。

 事実、問題児ではあるけど、断じて殺人鬼ではない。それは間違いなく。いや、シミュレーターの中では、大量殺人をやっているか。

 実機の操縦訓練がある程度進むと、実弾を使っての訓練になる。粒子ビーム砲の使用が解禁された。

 ほとんどの生徒がシミュレーターで実戦をこなしているけれど、まずは自動照準装置を使って訓練し、なかなか手動照準をやさせてもらえないのが、俺には歯がゆかった。

 その日も自動照準装置の応用技術とかいう、実戦で使えるかわからない技術を教えられて、退屈したまま格納庫に戻った。

 夕食の後、シミュレーションルームに行き、空いている筐体に乗り込む。

 これは以前、遠隔操作の訓練で使ったのと全く同じ筐体で、自主トレーニング用にここにあるのだ。

 シートの調整をして、設定を更新。

 起動し、サスと違ってタイムアタックもエスケープもないので、バトルに自然と進む。

 一対一を五回ほど繰り返し、完全な勝利を挙げた。

 もっと手強い相手が欲しい、と思った時、ボイスチャットが入った。

『ケルシャー? 聞こえている?』

 画面に相手の氏名が出た。アイリス・ウジャド。どこかで見た名前だ。

「聞こえているよ、ウジャドさん。対戦の申し込み?」

『まさしく。あなた、有名人よ』

「そりゃどうも」

 どうせ、例のスタスター切り離し事件だろう。

 画面の中では手続きが進み、バトルが始まる。

 俺はここのところ、カイリン三型を使っている。相手は、と思うと、全く同じ機体だった。

 舐めているのかな。

 一気に距離を詰め、ドッグファイトモードに切り替える。

 相手の動きは全く無駄がないが、こちらも負けていない。

 お互いの軌道が螺旋を描き、弧を描き、円となる。

 それぞれが相手の背後、側面を狙いつつ、同時にそれを防ぐ。

 まるで示し合わせたように、ダンスを踊るような動きになっていた。

 二人ともが無言で、じっと機体を操作し続ける。

 少しだけ彼女の機体の姿勢が乱れる。その乱れをカバーする動きを、俺は一瞬で無数に思い描き、身構えた。

 想定のうちの一つが選択される。

 なら、こちらの勝ちだ。

 目の前に相手のカイリン三型が一瞬、無防備になる。

 最大出力の粒子ビームを打ち込む。一発で防御フィールドが四割減、二発目でほぼ消滅する。

 三発目は、回避される。

 くそ。今度はこちらが攻撃のための動きから、防御のための動きに入る瞬間を狙われるぞ。

 背後を取られないように、機体を振り回し、強引に距離を取ろうとする。

 相手が発砲、一発目でやはりこちらのフィールドも四割減。しかし二発目を受けるようなヘマはしない。

 二機は再び、相手を狙い続けるダンスを踊り始めた。

 と、ふわりと敵機がこちらから離れた。

『ごめん、消灯時間になっちゃった』

 決着はつかないのか。

 しかし俺にも、先の見えない戦いだった。勝ちがイメージできなかった。

 こんな使い手は、今までで初めて見たし、対戦した。

「またいつか、対戦しよう」

 思わず提案していた。嬉しかったのかもしれない。

『決着がつくと思う?』

 どうやら彼女も俺と同様に、勝つ瞬間が浮かばないんだ。

「オーケー、じゃあ、二人で組んで他の奴らをやっつけようか」

『機動母艦中から村八分にされている、っていう噂が本当だとわかったわ』

 そんな噂が流れているのか。

「ま、事実だけど、真実をはっきりさせるなら、連中がみんな俺にビビっているだけだよ」

『ありそうなことね』

「きみは村八分にはなりたくない人間? 周りに迎合して、ヘラヘラするタイプ?」

 耳元で彼女が笑い声をあげた。

『びっくりしないでね。村八分になってでも、弱い奴らを撃墜し続けたいタイプよ』

「それは良かった、同志が見つかったよ」

『じゃあ、またね、ケルシャー。もう私たちが戦うのはなしね。あなたの言う通り、今度は二人で組んで戦いましょう』

 画面の中でボイスチャットが切れた表示が出た。

 それとほぼ同時に、消灯時間まで十分を告げる艦内放送が流れる。

 画面の中にある戦闘記録映像を自分の携帯端末に転送し、俺はさっさと部屋を出て、足早に私室に帰った。

 部屋に帰って、自分が汗だくなことに気づいたけど、今からシャワーというわけにはいかない。仕方なく服を着替えて、携帯端末を片手に寝台に横になった。

 すぐに電灯が消えて、小さな明かりだけになる。

 仰向けになって、目の前で携帯端末の映像を再生させた。

 アイリス・ウジャド。すごい操縦士だな。

 ここまで手こずった相手は、準軍学校ではいなかった。個人情報は公開されていない。

 どこの準軍学校で学んでいるんだろう?

 何歳で、どんな顔なんだろう?

 いやいや、何を考えているんだ、機動戦闘艇の操縦には年齢も顔も関係ないじゃないか。

 集中して、じっと携帯端末を睨み続けた。

 お互いに好機は一度ずつ。だけど、俺が攻めた瞬間は、もしかして誘われたのか?

 あの一瞬の彼女の挙動の乱れ。

 誘って、凌げると織り込み済みだった?

 俺は長い間、飽きることもなく映像を眺め、分析し続けた。

 目が痛くなっても、映像から目が離せなかった。

 美しいダンス。

 最高にクールじゃないか!




(続く)

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