2-5 野性、本能


     ◆


 敵機の位置を把握しつつ、手元のスイッチを連続して押し、パネルをせわしなく操作した。素早く機体の状態を再確認した。

 二つのスラスターは全くの機能喪失。

 残り二つも異常を示していて、反応が鈍い。

 敵機がすぐ後ろに来る。ええい、ふざけているな!

 他の生徒の機体の方へ、突進する。

 ギリギリを掠めるように飛びすぎ、追いかけてきた敵機が少し距離を取る。

 またも衝撃、三つ目のスラスターがイかれちまった。

『もう訓練は終わりだ!』

 その言葉が教官の声だったら嬉しかったが、リンドーの声だ。もうギブアップしろ、ということか?

 教官は見ていないのか?

「俺は負けを認めるのが嫌いでね」

 そう答えつつ、思考は高速で走っていた。教官のことは真っ先に忘れる。

 こちらは機体の姿勢を制御するので手一杯。器用な、あるいは強引な機動で相手の裏をかくのは難しい。

 どこかで相手を誘導しなくては。

 素早くスイッチを押し込み、画面に予定通りの表示が出る。スイッチを長押し。

 機体が揺れるが、それは意図的なもの。

 機能不全のスラスターを三つとも、切り離していた。

 片足でジャンプしてまっすぐ進むようにする具合だが、使えないものを持っていても仕方ない。

 背後にはまた敵機が張り付いている。

 じっとそれを映す映像を視界の隅で捉えつつ、機会をうかがう。

「コンピュータ、聞こえているか?」

 呼びかけると簡易人工知能の合成音声が答える。

『はい、指示をどうぞ』

「俺がスラスター制御の操作をしたら、スラスターに流すはずのエネルギーを放出しろ」

『危険です。機体を破壊しかねません』

「それでもだ。以上」

 敵機が近づいてくる。

 あまり時間もない、すぐに仕掛けてこい!

 動いた。近づいてこい、もう少し。

 がくんと俺の機体が揺れる、残っていたスタスターが破損。

 もう何も考えずに、それも即座に切り離した。これで俺のカイリン三型は最低限の姿勢制御能力だけになる。

 最後のスラスターを切り離した反動で、俺の予測地点はわずかに変更が必要になった。

 グンと敵機が加速し、こちらを照準に捉える。

 間に合った。

 狙っていた瞬間、狙っていた座標だった。

 誘導は完璧に機能した。

 ペダルを踏み込む。簡易人工知能が俺の要請を無視していたら、ここで終わりだ。

 だが、それは否定された。

 モニターの中の像が高速でスライドし、機体が百八十度、急旋回する。

 画面のそこらじゅうに赤い表示が出るが、知ったことか。

 トリガーを引き、その間もペダルを激しく操作する。

 カイリン三型は前代未聞の機動を形にして、一人でに吹っ飛んだ。

 激しい光、エネルギーの放出の尾を引いて。

 画面が真っ暗になり、俺はシートに身を投げ出した。

『ケルシャー・キックスは訓練終了後もそこに残れ』

 教官が少しも動じていない、冷静な声でそう言って、次の指示を始めた。

 シミュレーターの中でじっと考えていた。

 あのスラスターの異常は、実際にあったのか、それともプログラムの上だけで、実際は破損していなかった?

 教官が俺を試すために設定したシチュエーションとも思えない。

 誰かが細工をした?

 なぜ? 俺があまりにも強すぎるからか?

 わからない。何もわからない。 

 ただ、最後には俺が勝った。一対一なら、俺が勝ったんだ。

 のろのろとシミュレーターから降りると、帰り支度をしている他の生徒が、恐れ慄いた顔でこちらを見る。俺は睨み返してやったが、誰一人、強い視線を返すこともなく、すごすごと去って行った。

 部屋にあるベンチに座っていると、教官がやってくる。彼だけは教官専用の筐体に乗っていたからだ。それは別室だ。

 教官は、リンドーを連れていた。しかも襟首を掴んで、引きずっている。

 それだけでおおよそは理解できた。

 そういうことか。

「こいつは」教官がリンドーを床に投げ捨てた。「今日をもって退学だ。良いな? キックス」

「なんで俺に聞くんですか?」

 思わずリンドーを睨んでいた。

「俺があの機体に本当に乗っていたら、死んでますけどね。とりあえずは、生きているんで、問題ありません」

 寛容なことだ、と教官がつぶやく。

「こいつはお前の機体に細工をして、意図的に帝国軍の機体を破壊した。重罪だ。いずれ厳密な調査があるが、キックス、お前は何を知っている?」

「何も知りませんよ。格闘戦が楽しみで、まさかこんな横槍が入るとは思わなかった」

 俺と教官の視線がぶつかり、教官がわずかに力を緩めた。

「信じよう」

 さめざめと泣いているリンドーをぐっと教官が引っ張り上げ、部屋の外に蹴り出した。どうやら別の教官も待機しているらしい。リンドーの声はドアが閉まると同時に消えた。

「あの対処法はどこで習った?」

 対処法? なんのことだろう?

「スラスターが全損している状態での姿勢制御だ」

「ああ」あれのことか。「直感です。初めてやりました」

「あんなやり口は、私も初めて見た。本当に直感か?」

 頷いて見せると、教官は難しい顔になり、黙り込んでしまった。

 沈黙の後、「明日また、話す」と教官は部屋を出て行った。なんだったんだ?

 俺はシャワーを浴びに行ったけれど、もう機動母艦中に噂が広まったらしく、誰も俺と視線を合わそうとしない。さっさと逃げ出す奴もいる。

 食堂に行っても同じだった。俺が席に座ると、近くにいる生徒はすごすごと離れた場所へ行く。

 そんなに俺が怖いのか? 異質なのか?

 何がそんなに恐ろしいのかといえば、きっと俺が命知らずだからだろう。

 燃焼門が発生させるエネルギーを、直接放出して機体を制御するなんて、常識的ではない。俺自身は機体のカメラから見ていて分からなかったが、あの瞬間、カイリン三型は機体の一部をごっそり失ったのだろう。

 つまり、もし実際にあの機体に乗っていたら、俺は死んでいる。九死に一生などありえないほど、絶対に死んでいる。消し飛んだと思う。

 自分の命、自分の機体を楽々と捨てることができる。それが俺への評価なのかもしれない。

 まさしく、命知らずだし、自殺志願者だな。

 食事を終えて、私室に戻る。一人部屋なのがありがたい。

 不意に記録映像を見るつもりになり、俺は部屋に備え付けの端末で、訓練の記録映像を見た。

 ちゃんと記録されていた。

 カイリン三型がスラスターに不調をきたす場面から。見たところ、スラスターに異常はない。しかし機能が唐突に失われる。次々とスラスターが機能不全を起こし、よろめきながら、カイリン三型は飛び続ける。

 と、スラスターを三つ同時に切り離し、少しの間の後、最後まで残っていたものも切り離した。

 直後、激しい光が瞬き、その中で影のようにカイリン三型が反転する。

 すごい。自分でやったことなのに、すごい、としか言えない。

 反転したカイリン三型は機体の四分の一近くを失っている。

 にも関わらず、照準を敵機に向けて、発砲。わずかな光の明滅。破壊力はない、模擬戦の出力。

 よく粒子ビーム砲が生きていたものだ。それにも感心した。

 発砲も一瞬で、カイリン三型は勢いに負けて機体が二つに折れ、ちぎれ、すっ飛んで行った。到底、回収は不可能な勢いで、画面から消えていった。

 こんな光景を目の前で見たら、誰だって度肝を抜かれるし、ビビるだろうなぁ。

 記録映像をもう一度、初めから見る。

 同じことをもう一度やれ、と言われてもできそうになかった。

 それくらい、きわどい飛行なのだ。

 よくできたものだ、と自分を褒めたい一方、以前のリンドーの言葉が思い出された。

 俺が死ぬことで、誰かが死ぬという状況。

 生き延びることが、きっと本当の勝利なんだろう。

 消灯を告げる放送が流れ、俺は端末をシャットダウンして、寝台に横になった。

 この日は不思議と、早く眠れた。



(続く)

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