2-4 喧嘩上等


     ◆


 実機による訓練が本格的に始まり、まずは個人個人の技量が試された。

 カイリン三型はやはりいい機体で、反応が自然だ。まるで自分の体を動かすように、機体が反応する。

 実機に乗るのなんて、半年以上ぶりだけど、俺の感覚は少しも鈍っていなかった。

 最初の訓練は、宇宙空間にばら撒かれた標的を、仮想の粒子ビームでねらい撃つことだった。

 この標的はただ浮かんでいるだけで、放り出された勢いのまま、ランダムな動きで浮遊している。攻撃してくることもない。

 ちょっとした射的のようなものだな。

 俺はさっさと指定された五個を、一度も外さずに撃ち抜いて、宙域の外周を飛ぶ。

 他の生徒の様子を見たが、俺ほど綺麗に無駄のない動きで機体を操る奴はいない。

 ふとジェイのことが思い浮かんだ。あいつなら、俺と同じことを平然とやるだろうな。

 他の生徒達の乗っている機体も、機体自体は別に悪くはない。問題なのは技量のはずだ。

『キックス、聞こえるか?』

 通信が入る。教官からだ。

「はい、聞こえています」

『次、十の目標を指定するから、それをやって見せろ』

「了解です」

『手抜きをするな、本気でやれ』

 別にさっきだって手抜きじゃないけど……。

 機体を操り、ばら撒かれた標的に向かって突っ込む。

 狙って、トリガー。単純な作業だ。ペダルを踏みつけ、機体を無理やりに振り回し、照準、トリガー。

 視界がかき混ぜられても、目標だけはよく見える。

 粒子ビーム砲がどこを向いているかも、わかった。

 十の指定された目標は、一度の失敗もなく、撃破できた。

『よくやった。先に格納庫へ戻り、機体の整備を受けろ』

「了解です」

 答えながら、俺は自己診断システムを起動し、カイリン三型の機体にかかった負荷を分析していた。両足で踏むペダルだけで機体を反転させ、機動母艦に戻るコースに乗る。自動運転に任せ、診断結果を見た。

 ところどころ、負荷があるけど、重大ではない。まだ余裕がある。

 滑り込んだ先の格納庫で、管制官に制御された牽引車が待ち構えていて、機体を決められた位置に運んでくれる。すぐにリンドーがやってきて、俺はコクピットを開放した。

「早いな、何か問題があったか?」

「まさか。やることやって、早く上がっただけだよ」

 着地して、リンドーの仕事を眺める。彼もさっき俺が見た診断結果を端末で繰り返し見ている。ため息が何回も出た。

「あのな、ケルシャー、もっと機体を大事に扱え」

「大事に扱っているつもりだけど」

 バッとリンドーが振り向いた。

「俺たちが扱っているのは機動戦闘艇だぞ。お前、誰よりも速く飛ぶとか、誰よりも過激な飛び方をするとか、そういうのはやめろ。戦場を想像したことがあるか? お前が何機落としたとしても、お前の機体が勝手にぶっ壊れて撃墜されたら、まずお前が死ぬが、その後に残された味方も死んじまうかもしれない。自分と部隊が生き残ることが全てなんだ」

 二人で睨み合ったけど、そう、この話は間違いなくリンドーが正しい。

 俺はまだゲーム感覚が抜けないらしい。

 はぁーっと息を吐いて、リンドーが機体に向き直る。

「噂だとすぐに実機を使っての戦闘訓練が始まる。あまり機体をダメにしすぎると、教官に見限られるぞ」

「わかったよ、バディ、もうわかった」

「なら良い」

 彼が作業を続けるのを見ているうちに、他の生徒たちが戻ってくる。教官の機体も降りてきて、機体を部下に任せて、ツカツカとこっちへやってくる。

 また説教かよ。

「キックス、機体の遠隔操縦の経験は?」

 説教じゃないのか。

「シミュレーターで十分にやっています」

「明日、やって見せろ。内容は戦闘訓練だ。使う機体は各自の実際の機体。リンドー! 飛べそうか?」

 俺たちが見ている前で、機体の下からリンドーが顔を出す。

「調整しておきます」

「仕事に期待する。キックス、よく休んでおけ」

 教官に敬礼して、見送る。

「機体を壊すなよ、頼むから」

 姿を見せずリンドーの声だけがした。

 その日はなかなか寝付けずに、俺は寝台の上でゴロゴロしていた。

 それでも気づくと眠っていて、走りこみに余裕を持って起きられた。体の具合も悪くない。何で昨日の夜は寝付けなかったんだろう?

 朝食の時、上級生の一人が「精々、頑張れよ」と声をかけて去って行った。今日の訓練のことを知っているのか。

 授業が進みで、実機での訓練の時間になった。

 格納庫に併設された、機動戦闘艇を遠隔操縦するシステムが並ぶ部屋に、俺たちは集められ、それぞれに端末に座った。豪勢なサスだと思えば、ちょうどいい。

 自分の相棒の整備士と連絡を取り合い、機体の状態を改める。リンドーは何の問題もない、と返事をした。俺自身も機体の自己診断プログラムで状態をチェックした。

 問題はなさそうだ。

 教官が大声で、訓練開始を告げる。筐体の中ではスピーカーががなり立て、音が割れている。

 俺はパスワードを入力し、音声認証で機体を立ち上げた。燃焼門は正常に作動している。エネルギー経路にも問題はない。

 推進器、起動。姿勢制御スラスター、起動。反重力発生装置、起動。

 機体が浮き上がる。牽引車が機体を引っ張り、カタパルトへ。

『こちら管制。ひよっこたちのために、今回は三秒間隔で発進とする。衝突に注意せよ』

「了解」

 すぐに俺の番になり、カイリン三型が宇宙空間に飛び出した。

 ゆっくりと旋回。どの機体も実際に乗っているように見えるな。腐っても上級生、経験者ってことだ。

 全部で二十機が周囲を飛び回り、ひらひらと翼を傾け、時折、光を反射する。

 教官が指示を飛ばし、実戦形式の空中戦闘が始まる。それも三組同時だ。一対一で、他の機体からの攻撃は受けない設定らしい。

 他の十五機程度は見物になる。

 まず一組が決着がつき、新しい一組が指示を受けて訓練開始。もう一組、決着がつき、俺の名前が呼ばれた。

 ぐっと戦場に飛び込み、相手を探す。

 どこだ……?

 いた!

 いやらしいことに、機動戦闘艇が最も嫌がる真下から攻めてくる。仮想の粒子ビームで防御フィールドが一割ほど削られる。

 機体を翻し、空中格闘を開始。

 もちろん素早くスイッチを押し込み、ドッグファイトモード。全スラスターが最大出力状態。

 激しい機動の変化を繰り返すが、相手はしつこく張り付いてくる。

 粒子ビームは回避して、こちらのフィールドは負荷が解消され、出力を取り戻す。

 と、いきなり画面が揺れた。なんだ?

 画面の端で赤い表示。四つあるスラスターのうちの一つが機能停止している。

 即座にエネルギーの供給をカットして、診断モードを起動。

「リンドー、どうなっている?」

 マイクに呼びかけると、リンドーが低い声で言う。

『スラスターが機能停止した。原因は不明』

 おいおい、と思った時、まだ画面が揺れる。

 スラスターがもう一つ、機能を失っていた。




(続く)

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