2-3 野獣の住処
◆
惑星ガールデンの衛星軌道上に浮かぶ機動母艦オグニッツが準軍学校の施設の一つで、ここではひたすら機動戦闘艇操縦士の訓練が行われる。
俺が宇宙に上がって、その翌日にはもう訓練が始まった。
ここにいる連中も走りこみは忘れない。毎朝一時間は走る。筋トレは少し楽になった。多分、体が重くなりすぎないようにだろう。
食事は何でも食べていいわけではなく、ちゃんと計算されている。誰も無理やりに食べさせようとはしない。
俺はまだ実機を与えられていないので、搭乗するどころか、整備さえも見学だ。
でもシミュレーターには載せてもらえる。
サスなんかとは比べ物にならない施設で、座席の揺れや、小型の斥力場フィールドのおかげで、慣性なんかも実機さながらである。画面自体もサスが九画面だったのに対し、十四画面になっていて、つまり周囲をぐるっとモニターが囲む。
大抵の生徒が汗みずくになるので、この筐体の中は異臭が立ち込める。どうもすぐに慣れる理由が見当たらないんだけど、慣れるのかな……。
非常に数少ない女性生徒の後に入るのを、他の生徒の連中は「花園に入る」などというけど、俺にはあまり実感がなかった。
元から鼻がよく利く方じゃないこともある。
シミュレーターも、授業の中で扱うときは、教官がどの機体を使うべきかを細かく指示するので、自由度はほとんどない。上級生相手に弱い機体で挑んだり、逆に上級生が弱い機体で健気に立ち向かってくるのを、万全の態勢で敗北に叩き落としたり、失敗して逆に落とされたりする。
いや、俺は落とされたりはしなかったか。
そう、シミュレーターで俺は負けなしの状態だった。
他の生徒たちは、最初こそ飛び級で上がってきた俺をもてはやしたり、構ってきたりしたが、この段に至ると、そんな呑気な生徒は消えた。
何せ俺が来たことで、今まで上位だった奴は一つ順位を落とす上に新入りに負けたという評価を受けるし、下位の順位だった奴もカモにできると踏んでいたのに、逆に踏み台にされているのだ。
競争なんだから、仕方ない、と俺は周りを構うのをやめた。
何より、戦場に立った時に、相手が遠慮してくれるわけもないのだ。
生徒たちの実に心躍る冷たい視線の中で、俺は勉強を続けた。座学は難度が上がりすぎているので、時間があれば無料の、補習をサポートする勉強室に顔を出し、講師の指導を受ける。仲間ができそうなもんだが、俺の悪評は凄まじいらしく、講師以外と話すことはなかった。
今までの人生で体験したことのない孤独だったけど、俺はそれをシミュレーターの筐体の悪臭よりもすんなりと受け入れる気になったし、俺を孤立させる周りが間違っているとも思わなかった。
あるいは、この場が集団競技か何かのグループだったら、また違うかもしれない。そう、機動戦闘艇を操るにしても、仲間との連携が必要になる、実際の小隊などなら、違うだろう。
しかし準軍学校の機動戦闘艇操縦士コースは、今の俺の段階では、個人種目だ。
自分の有能さを示し、向かってくる奴を一人残らず這いつくばらせることが、求められている。
誰でも構わず、俺はシミュレーターの中で落としまくった。
宇宙に上がって一ヶ月で、俺のための練習機が手配された。
どうせルババあたりだろうと思っていた。何せ、俺は入学してやっと半年なのだ。
俺の目の前にある機体は、カツー社のカイリン三型だった。
それを見て、離れたところで俺が唖然としているように、他の生徒たちも驚きを隠せないでいる。
カイリン三型は新しい機体ではない。しかしカイリン五型は現役の機体で、今の帝国宇宙軍の主力機動戦闘艇の一つだ。その五型は三型から多くのものを引き継いでいる。
誰の意図だか知らないが、俺には次を見据えた訓練を積ませたいらしい。
「どうした、キックス」教官が声をかけてくる。「身がすくんでいるのか?」
「そんなことは、ありません」
正直、気圧されていた。無理やりに俺は気を取り直し、堂々と機体に歩み寄り、周囲をぐるっと回った。新品らしい。
こんなに綺麗な機体、見たことないぞ。
何回も回って、手で触れて、離れてみたところで、教官がまた近づいてきた。
「ここに全てのデータが入っている。中身を頭に叩き込んで、簡単な整備が可能になるように。今日からこの機体を好きにしていい」
「好きに、ですか?」
変な含みを感じたので、すかさず問い質していた。
それに対する反応は、顎を強く引く、それだけだった。
その日の夜、俺は就寝時間ギリギリまで教官から受け取った端末の中身をチェックした。機体の構造や特性、耐久性などのスペックを吟味し、さらには追加装備の一覧を見たり、メーカー推奨の、機体の特性を傾けるための改造の手本さえあるのに感動したりした。
暗い中でも端末の立体映像を眺め続け、気づくと寝ていた。
翌朝は危うく走りこみに遅れるところだった。俺はどうやら、静かに舞い上がっているらしかった。
朝食、そして座学が終わって、昼休みになって俺は格納庫へ走って向かった。広い広い格納庫の隅にカイリン三型がある。
周囲をぐるっと巡り、機体によじ登り、コクピットに入る。
嗅いだことのない匂いがする。新品の自動運転車みたいな匂い。それも嗅いだことないけど。
シートの傾きを調整し、ペダルの位置、操縦桿の位置、スロットルの位置を調整した。燃焼門を起動する鍵をもらっていないので、今できるのは、ここまでだ。
休み時間が終わるまで、俺はじっとシートにもたれて時間を過ごした。
数日のうちに、俺も機体の簡易的な整備の手法の講義を受け、実際にカイリン三型をいじった。さすがに新しいので、スチールさんのところで勉強した知識が役立たない場面もある。
恥ずかしがらずに、教官に聞くことにした。だって、俺はまだ一年生で、これが初めての機体だし。
その整備兵上がりの教官は俺に厳しいことを言いつつ、ちゃんと教えてくれる。強面で、ガチガチに鍛えあげられた、屈強な男だが、親切だとわかった。
二度と聞かないで済むように、彼の手元をじっと見据え、息を詰めて、頭に叩き込んだ。
機体の整備の授業が何日も続いた。まさかオーバーホールさせるのでは、と思ったほどだ。
今日も整備の授業かな、と思った時、俺たちには一人に一人、整備士コースの生徒がつくことになった。
俺についたのは肩幅の広い髭面の生徒で、もちろん初対面だ。大卒組だろう。二年生だった。
「二人一組で、機体を運用しろ。今日から操縦士コースは実機を操縦する。整備士コースは実機の整備だ」
指導教官の言葉に、全員が直立姿勢で同時に返事をした。
それから指示が続き、二人で機体に個性を持たせろ、とのことだった。
「あんたが、噂の十二番か?」
機体に向かって小走りで移動しつつ、整備士候補生が声をかけてくる。
「まさにね。名前はケルシャー・キックス。あんたは?」
「ハイ・リンドー」
「よろしく、リンドー」
「敬語を使え、敬語を」
そういう彼は言葉とは裏腹に気安げだ。
機体の元にたどり着き、俺は早速、指示を出した。リンドーが唖然としてこちらを見る。
「飛ばしたことないだろ? 違うのか?」
「確かに、飛ばしたことはない。でもカイリン一型はサスでうんざりするほどやった」
「ゲームと現実は違うぜ」
そうだろうね、と俺は思わず挑戦的に言っていた。
「でもゲームでなら俺は負けないよ。そう考えれば、ゲーム通りの機体があれば、誰にも負けない、ってことさ」
負け方を覚えておけよ、とリンドーが言って、作業を始める。
「お前の要求するスペックの半分に抑えておく。それなら少しは安全だ。入学試験で機体と体をぶっ壊したのは、俺も知っているのを忘れるなよ。そんなことはするな」
どこで聞いたのやら。
「あれは教官をやっつけるために仕方なくだよ」
「実際の戦場の相手は、教官一人だけじゃないよ」
イエッサー、と俺は敬礼してみせる。
鼻で笑われただけだった。
(続く)
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