2-2 新しいステップ


     ◆


 医療室のベッドの上で目をつむっていると、誰かがドアをノックする。

「夕飯かな?」

 ふざけてそう応じると、ドアが音も無く開き、見知った教官がやってきた。

 俺が入学試験でコケにした教官だ。まさか教官が俺に復讐を企てる?

 ありえないな。

「サスが得意らしいな」

 教官は挨拶もなしに、ベッドの横に椅子を引っ張ってきて、どっかりと座った。

 俺は両手を頭の横にひらひらさせる。

「得意ですが、やりすぎる癖がある。負けるのが嫌いでして」

「お前が撃墜した奴らは、二流だよ」

 おっと、この教官には見る目があるな。分かりきったことだ。いくら俺がプロになるほどのゲーマーだったとはいえ、一年生にシミュレーターで負ける操縦者が一流なわけがない。

 実戦に出れば、容赦なく消し飛ばされているだろう。

「教官で会議を開いて、お前をどうするか、議論になった」

「そんな裏事情を話してもいいわけですか?」

「すぐに公式に議事録が公開される。でだ、教官会議の参加者十五名のうち、十名が賛成し、可決された措置を、今、内々に伝える」

 まったく、仰々しい。

「答えだけをシンプルに教えてもらえます?」

「お前は一年生だが、機動戦闘艇の操縦士育成コースに組み込まれる。休みは今日までだが、特別に二日の猶予が与えられるから、身辺を整理しておけ」

 シンプルにと言ったのに、ややこしいな。

「俺は機動母艦送り、ってことですね?」

「実機に乗れるし、あそこにいる連中は、お前を病院送りにした連中とは違うぞ」

「紳士ですか?」

「いや、大人しいふりをする野獣だよ」

 教官がポンと俺の胸を叩き、愉快げに笑う。

「気をつけろよ、食い殺されないように」

「ありがたい助言に涙が出そうです」

「二日後、シャトル発着場に八時だ。遅れればこの話はなしだ」

 横になったまま敬礼してやった。わざと、力なく、ふざけた感じに。

 ジョークは通じたようで教官は軽く頷いて出て行った。

 医者が俺の体にいろいろな薬を投与し、翌日の夕方、解放された。もう体はおおよそ元通りだ。素晴らしい高水準な医療技術。

 寮に帰って、荷物をまとめて部屋を片付けた。

 夕飯のために食堂にいると中卒グループが視界の隅に入った。彼らに近づくと、全員が青い顔をしている。

「そんな顔をするな、諸君」俺は敬礼してみせる。「俺は消える」

「消える……?」

 一人が呟くのに、俺は頷いて、天井を指差した。

「さっさと宇宙に行くことになった。トラブルは良くないしな。俺は悪くないが」

 一年生たちには何もわからないようだった。まぁ、分からなくても良い。

 俺は彼らにもう一度、敬礼して、一人で食事をした。上級生が一年生への親切として食事を大量に持ってくるのは、俺が一人でも変わらない。

 上級生の数人が俺に耳打ちして、体の具合を訊ねてくる辺り、親切な人もちゃんといる。

 生活感のなくなった寮の部屋に戻ったけど、退屈なので、深夜にも関わらずトランクを引きずって外に出た。

 ぶらぶらと通りを歩いて、結局はゲームセンターにたどり着いた。

 深夜でも営業しているのだ。不思議な慣習だ。

 中に入っても人はいない。ますます不思議に思いつつ、サスの筐体に向かう。

 当然、人気はなくて、ゆっくりと席に座った。

 操縦桿に触ろうとした時、画面に映っているのがプレイ映像だと気付いた。かなり上手いな、と感心した。機動に無駄がない。切れ味鋭く、相手の攻撃を回避し、逆襲。

 これをやられたら、俺でも対処が難しいだろう。

 やらせる気もないが。

 背もたれに寄りかかり、顎を撫でつつ、じっと画面に視線を注ぐ。

 プレイヤーの名前は、アイリス・ウジャド? 全く知らない名前だ。所属は、別の惑星の準軍学校だった。向こうはたぶん、深夜じゃないんだな。

 それにしても、顔を合わせたはずもないのに、ものすごい既視感が押し寄せてきた。

 何かが俺の記憶を刺激する。でも全く像を結ばない。気配だけが、俺を包み込む。

 こうするだろう、という運動で、アイリスの機体が反転し、敵機を撃墜した。

 理想的な対処。敵にとっては予想外であり、効果的な対処だ。俺が試験で教官相手にやったのに似ている。

 合理的で、限界を攻める手法。

 やっぱりどこかで見た気がするけど、気のせいかな……。

 二十ゲームほどをチェックして、筐体を離れた。彼女は一度も負けず、まるで俺を真似ているように、相手を撃墜し続けていた。最後はどうやら席を離れたようで、プレイヤーが二人とも変わった。

 俺もそろそろ、行くか。

 トランクをゴロゴロさせて店を出ようとすると、外に通じるドアのところに、例の教官が立っている。

「こんな時間にゲームか?」

「一応、特別休暇でしょう?」

「ふざけた奴だ」

 教官がタバコを口にくわえ、火をつける。俺にも一本くれないかな、と見ていると、まさか、タバコの箱が差し出された。喜び勇んで一本を引っ張ろうとすると、箱が引っ込められた、

 からかわれたらしい。

「あまり迂闊なことはするな、追い落とされるぞ」

「肝に銘じておきます」

 敬礼して、教官の前を離れた。

「元気でな」

 振り返ると、もう教官はこちらに背を向けていた。

 シャトルの発着場の開けた空間で、頭上を見上げる。

 星が無数に瞬いている。その中でも巨大な光は、俺が明日、向かう先になる機動母艦だろう。

 どんなことが待ち構えているかはわからないが、怯えは少しもなかった。

 先に進んでいるわけだし、強敵が待ち構えているのも当たり前だ。

 どこまでいっても、俺を負かす相手はいる。それは歴然とした事実だ。

 技量でも体力でも俺の方が優っていたとしても、運が相手に味方すれば、その一点だけで負けることもある。

 ちょっとした無理な機動のせいで、こちらの機体が空中分解する、とか。

 粒子ビーム砲が暴発して、俺の機体が勝手に吹っ飛ぶ、とか。

 ……いや、それはないか。

 待合の小さな建物に入ると、数人の学生がベンチに寄りかかって寝たり、横になって眠っていたりする。

 俺は空いている席に座って、荷物から携帯端末を取り出した。

 データで購入した機動戦闘艇の民間の雑誌を眺める。この雑誌も、もうずっと読み続けていて、データは1冊分も消すことなく、情報ネットワーク上で保管されている。

 文章を吟味し、グラフや表を穴が空くほど見つめ、写真をじっと見据えた。

 ゆっくりとページをめくる。

 静かだな。本当に静か。

 どこかで鳥が鳴いた、と思った時、顔を上げると、窓の外が明るくなっている。まるで俺が気を取り戻したのが合図になったように、他の生徒が起き出して、ストレッチをしたりし始める。

 シャトルに乗る生徒が続々とやってきて、俺はその待合室の隣にある売店が開くのを待って、そこでその日の最初の客として、ホットドッグを買った。

 ホットドッグの包みを片手に、窓の向こうで、シャトルが降りてくるのを眺めた。

 眠そうな顔で乗客が降りてきて、フラフラと散っていく。清掃業者が入れ違いに入っていく。少しして彼らが出てきて、待合室ではスピーカーから音声が流れ、八時発のシャトルへの搭乗が可能だと告げられる。

 旅立ちにしては、少し、素っ気ないほどに、淡々とした光景だった。

 俺はトランクを引きずっと外に出て、シャトルに向かった。

 何が待ち構えているかはわからないが、全力でぶつかってやる。

 手加減なんて、させてくれるなよ。




(続く)

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