第2部第1章 学園競争粉砕編 彼は舞い降りた

2-1 ルーキー


     ◆


 両親とは結局、喧嘩別れになった。

 スチールさんをもってしても、両親を納得させることはできず、しかし準軍学校の合格を辞退することも選択肢にならない。

 結局、ほとんど絶縁で、準軍学校は基本的に学費も生活費もかからないので、俺は独り立ちしたようなものだった。

 惑星ガールデンにある準軍学校で入学式があり、周りにいる体格のいい連中に、さすがに俺も気圧された。

 どいつもこいつも、スポーツでガチガチに鍛えているような奴ばかりだった。

 俺だけが貧弱に見える。背ばっかり高くて、痩せっぽち。

 入学式の日に、スチールさんと食事して、彼は惑星マイスターに戻って行った。

 俺は地上にある準軍学校の寮で生活を始めた。学校の広大すぎる敷地には何でもあった。コンビニは有人も無人も何軒もあるし、ファミレスもある。カラオケやゲームセンターも。クラシックなボーリング場もあるし、ビリヤード場もある。

 成人向けの酒場すらあるのには驚いた。

 俺と同期入学は全部で五百人を超える。これがやがてはそれぞれに専門的な教育を受けるけど、一年生では全部で十のクラスに分けられ、志望に関わらず揃って同じ訓練を受ける。

 最初にやるのは走り込みと体力作り、筋トレで、走り込みは俺は慣れていたけど、筋トレはさっぱりだった。腕立て伏せすら指示された回数をできず、教官が俺を踏みつぶし、起き上がることを強制されるけど、無理だ。

 とんでもなく汚い言葉で教官が罵ってくる。反発心、根性みたいなものは嫌でも鍛えられた。

 一ヶ月が過ぎて、他の連中は次の過程に進むけど、俺と他の中卒組が自然と体力的に追いつかず、落第グループのような感じで、ひたすら筋トレをやっていた。

 最初は不思議に思ったのは食事で、どの時間に行っても十分に用意されていて、腹一杯食べることができる。余ったらどうするのか、それは太っている配膳係のおばちゃんが食べるんだ、と俺たちは密かに笑った。

 しかし、大量の料理は、俺たちのためにあったのだ。

 体を作るために、とにかく食べさせられた。腹一杯でも、上級生が勝手に料理を持ってくることが多い。軍隊の上下関係は絶対だ、と彼らは口にして、俺たちに食べさせる。

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。

 俺の体は見間違うほど立派になった。もやしっ子の中学生はもう姿見の中にはいなくて、そこにいるのはレスリングか何かの選手のような、少年から青年になろうとしている男だった。

 たった二ヶ月で、こんなに変わるのかと驚いた。

 同時に、俺の精神が全く変わらないことも驚きだった。

 考えてみれば、俺は常に誰かに指導されてきた。小学生の時は、中高生が俺を徹底的に叩き潰し、それに反発して技術を磨いた。スチールさんも、俺にとっては跳ね除ける目標だった。

 だから準軍学校の教官たちに対する怒りは、俺には馴染み深いものだったし、その怒りは発奮材料にはなっても、憎悪には転ばなかった。

 でもそうじゃない奴もいる。

 三ヶ月が過ぎて、中卒組も格闘技の訓練を指示されていた時、まさに中卒の一人が、教官に反則行為を繰り出した。それでどうこうなる教官ではなく、逆襲し、そいつを絞め落とした。

 その生徒は、翌日にはもう学校にいなかった。

 この事実が俺たちを震え上がらせた一方、上級生たちは平然としている。

 上官の言うことは絶対で、死ねと言われたら死ぬ、ということかもしれない。

 不愉快な原則だが、軍隊とはそういうものだし、死にたくなければ自分が上にのし上がるしかない。そうすれば命令をする立場になれる。

 指揮する立場になってやる。誰かの言いなりになるもんか。

 俺はそう固く誓った。

 さっさとこのふざけた学校なんて抜けて、次の段階へ進むとしよう。

 走り込み、筋トレ、格闘訓練、射撃訓練と銃器類の分解、整備、組み立て、ありとあらゆる車両を運転する訓練、整備技術の習得、それらが手や体を動かすことで、これ以外にも座学として、複数の語学、数学、化学、特に物理学、工学などが特別に重点的に押さえられ、その上で艦隊運用の基礎理論もあるし、艦隊指揮のシミュレーションもある。

 やることは引きも切らずに、押し寄せてくる。

 あっという間に入学してから四ヶ月が過ぎ、わずかに三日間の休暇ができた。

 俺は仲の良い面々とゲームセンターに繰り出した。サスの最新版がそこにある。列ができていたので、並ぶ。これは一時間待っても遊べるかどうかだな、と見当がついた。

 並んでいる連中は、学校にあるシミュレーター、機動戦闘艇操縦士候補生が使う奴を利用できない奴らだろうけど、準軍学校の生徒だ。生温い腕前じゃないはずだ。

 それは列の向こうに見える、筐体の外側に付いている観覧モニターの映像でもわかる。

「あんた、もしかして十二番か?」

 しばらく並んでいたけど、筐体から降りてきた男がすれ違う時に足を止めて、尋ねてきた。

 知らない顔だ。

 だが、俺を十二番と呼ぶ奴は一人しかいない。

「あんたが十八番か?」

 奴がにこりと笑う。

「グーリー・アンサップだよ。きみは?」

「ケルシャー・キックス」

「また会おう、ケルシャー」

 彼は颯爽と去って行った。いや、負けたから筐体を出たわけで、カッコつけても仕方ないんだが。

 俺の前では次々と生徒が筐体に入っては出てくる。意外に回転がいいので、安心した。

「十二番って何?」

 仲間の一人が訊ねてくる。俺は口角を片方だけ上げて、

「試験番号」

 とだけ、答えた。

 一時間経たずに、俺の番になった。久しぶりにストレスを発散させてもらおう。

 タイムアタックでもするか、一回だけのプレイでも、と思ったが、なんとこの店のサスは改良されていて、バトルしか選択できない。

 しかも一対一だ。回転が速いわけだ。

 まぁ、好都合ではある。

「さっさとママのところへ帰りな、お坊ちゃん」

 横の筐体のシートに座っている上級生がからかってくる。

 俺は無言でゴーグルをかぶり、操縦桿、ペダルの設定を調整する。ゴーグルに映される計器類の位置も調整。

 画面の中でバトルが始まる。

 俺が選んだ機体はルババ四型。わざと選んだ機体だ。

 周囲では見物している生徒が歓声をあげる。俺を笑っているのは明らかだ。

 見てろ。素人ども。

 上級生の機体はストリート五型。俺の機体とは性能差がありすぎる。

 遠距離から粒子ビームによる攻撃。難なくすり抜ける、のはやめて、わざと失敗したふりをして、スラスターを犠牲にしてやる。

 よろよろと機体を操る。

 隣で大声が発せられる。

 頭の悪い上級生が距離を詰めて、一発で仕留めに来た。

 アホか。筋トレのしすぎで脳みそまで筋肉になったのかもしれないな。

 ペダルを一瞬で複雑に踏んだ。

 無意識にそっとトリガーを押し込む。

 画面の中に大きな記号が表示された。俺の前の画面には、勝利を告げる表示。

 周囲が一瞬で沈黙に包まれる。

「さあ」俺はわざと大きな声を出した。「挑戦者は誰だ!」

 俺は二十ゲームほどを勝ち続け、最後は疲れたからと堂々と宣言し、負けてないのに席を離れた。

 上級生たちは殺気立った目で俺を見ていて、何か小声でやり取りしている。俺の仲間の中卒グループはいつの間にか消えていて、まぁ、身の危険を感じたんだろう。

 俺も相当に熱くなっていたが、上級生を挑発して、しかも叩き潰すのは、集団で生活するには不利すぎるかもしれない。

 でももう、やっちまったし。

 帰りにハンバーガーショップで少し腹を満たし、シェイクの入ったカップを片手に店を出ると、上級生が四人ほど、待ち構えていた。

 どいつもこいつも、重量挙げの選手のような体格だ。

「どうも、皆さん」なんて言おう。「撃墜された気分はいかが? 死んだ気分は?」

 俺は一方的に物理的に叩き潰され、放置され、親切な上級生が医療施設に運んでくれた。



(続く)

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