1-15 ワンショット


     ◆


 試験は基本的な機体の操縦テストから始まり、最後には受験生同士の格闘戦になった。

 思い出すのはサスのことだけど、これは現実である一方、試験なので実際に撃墜されることはない。気持ちはスチールさんとの訓練を意識した。

 もし受験生に負ければ、不合格かもしれない、という一点だけが、少しだけサスを意識させるが、頭から追い払った。

 俺に当てられた受験生の腕はかなりのもので、相当にやり込んでいる。

 あっという間に後方に占位される。ただ振り払うように、激しい動きでねじ込むようにこちらが相手の背後に滑り込めた。

 冷静に照準し、発砲。電子音。命中。

『よし、終わり』

 勝ったか。

 俺に負けた受験生も、機体が破損したわけではないので、旋回を続けている。

 全ての試験が終わった頃に、通信が入った。

『今から読み上げる番号以外は格納庫に向かえ』

 それから二人の番号が呼ばれた。

 片方は、俺だった。受験生たちが俺ともう一機の練習機を残して機動母艦の格納庫に消え、俺は機体を操りながら、もう一人の受験生を確認した。よく見えない。

 教官の機体はマドカ二型だ。こちらも気になる。

 宇宙空間に三機だけになった時、その通信が入った。

『受験生二名の間の交信を許可する。二人で協力し、試験官の機体を撃破せよ。試験開始まで十秒』

 わけがわからなかった。

 しかし手は自然と動いている。通信装置のスイッチを入れ、オープンチャンネルで呼びかける。

「こちら十二番。十八番、応答してくれ」

 俺の受験番号が十二番で、もう一人が十八番だ。ノイズの後、すぐに返事がある。でもすでに六秒が経過している。

『どうなっているんだ? どうしたらいい?』

「勝つしかない」

 そこまでしか言えなかった。

 マドカ二型の機首がこちらを向く寸前に、俺はフルスロットルで推進器を吹かし、操縦桿を倒している。

 画面に仮想の粒子ビームの光が瞬いたけど、だいぶ遠い。

「相手の背後を狙え、試験官は今は俺を狙っている!」

『この機体は初めてだ、自信がない!』

「こっちだってないさ……!」

 激しい機動で振り切ろうとするが、こちらの背後にピタリと試験官の機体が張り付いている。

 このままだとやられるな。

「とりあえず、背後につけ! こっちが合わせる!」

『合わせる?』

「早く!」

 すぐそばを粒子ビームが掠める映像。

 くそ、俺には直感的にわかるが、試験官は手を抜いてやがる。俺はとっくに二回は撃墜されているだろう。

 映像を素早くチェックし、機動母艦の方へ向かう。反則じゃないだろう。

 粒子ビームの攻撃が一瞬、止む。母艦に当たる、という判定により、発射されないのは俺の予想通り。だがそれは逆に、こちらが機動母艦の斥力場フィールドに衝突する危険も示している。

 実際に機体が粉々にならなくても、判定はあるはずだ。

 急機動で機動母艦から離れる。

 ここでマドカ二型は試験を終わらせに来る。

 分かりきっていることだ。

 だが奴の背後には、十八番が綺麗に滑り込んだ。俺の思い描いた通りだ。

 ほんの一瞬、試験官は安全を確認する。

 まるで同乗しているように、意識が見えるようだった。

 ペダルを一瞬で三つ同時に踏み、両手の操縦桿をデタラメにするよう慌ただしく倒し、起こし、捻り、また倒す。指はスイッチを連続して押した。

 ルババ四型に許される、限界の機動力で全力で飛行していたのが、瞬間で機体がその場に釘付けになる。

 慣性制御システムの限界が軽々と突破され、シートベルトが俺の体に食い込む。

 血流が偏り視界が赤く染まる。構うもんか。

 俺の操るルババ四型はわずかに逆進し、試験官のマドカ二型をやり過ごした。いや、画面の隅で一番スラスターが破壊されている。もちろん、仮想の破壊だ。

 そのせいでこちらは機動が一瞬、暴走するが、無意識に姿勢を制御していた。

 何も初めてじゃない。サスで繰り返しやった、タイムアタックでのスラスター切り離しの応用で十分だ。

 試験官の機体が鋭いターンでこちらを狙うが、遅い。

 俺はトリガー引いていた。マドカ二型、防御フィールドで耐える。構わずに連射。数発が外れた後、粒子ビーム砲の自動補正照準で集中攻撃。

 短い時間、撃ち合いになる。

 こちらの防御フィールドが先にダウン。残っているスラスターで機体を横滑り。だが動きが鈍い。画面に警告の表示。機体の基礎部分に損傷の疑い。さっきの急制動に耐えられなかったか。

 構わずに試験官がこちらを照準。

 終わった。

 思わず俺は笑みを浮かべていた。

 俺の機体の陰から、無傷の十八番機が飛び出すように見えたはず。

 試験官も予想外だっただろう。俺がわざわざ、目隠しになるように機動させていたけど、それが全てではない。

 問題は、一機しかいない試験官は、最初から二対一だったことにある。

 今、俺のお膳立てにより、試験官の機体は無防備だ。そして俺たちは攻撃態勢にある。

 試験官が二機を同時に落とせれば、この場は試験官の勝ちになる。

 だがそれは物理的にありえない。

 試験の結果は、俺が撃墜された。で、十八番の攻撃が、即座に試験官機を撃墜した。

『胸くそが悪いが』試験官から通信が入る。『試験は終了だ。十二番は格納庫で待っていろ』

「あの……」俺はちょっと遠慮しつつ、通信を返す。「格納庫まで牽引してもらえますか、機体が本当に壊れてます」

 バカめ、と小さな罵り声が聞こえた。

 マドカ二型に引っ張られて、俺の機体は格納庫に不時着し、整備士が駆け寄ってくるのを見つつ、コクピットを解放した。

 床に飛び降り、振り返って機体を見てみる。

 装甲に亀裂が入っていて、これはフレームもイカれているだろう。

 まぁ、一度きりの機体だ。

 感謝の念で装甲を撫でておく。

 先に降りていた十八番のパイロットを探すと、こちらに背中を向けて格納庫から出て行くところだった。顔が見たかったが、また会えると思うしかない。

 やっとマドカ二型を見ると、帝国軍の制式パイロットスーツの、ガタイのいい男性がこちらにずんずん歩いてくる。整備士の邪魔かな、とこちらからも歩み寄る。

 俺も背が高い方だけど、試験官はもっと高い。見上げる形になった。

 まず俺がヘルメットを脱ぎ、相手も脱いだ。四角い顔が現れる。額に青筋が浮かんでいる。

「死ぬ気か?」

 いきなりそう言われても、返事ができない。死ぬ気ではないけれど、確かに命知らずだったし。どう答えるべきだろう。

「えーっと、その、試験には命をかけています」

「無駄なことはするな」

 試験官が渋面でそう言って、俺の体をジロジロと見た。

「どこにも異常はないか? 目眩は? 頭痛は? 痛むところはないか?」

「はあ」

 ちょっと拍子抜けしていた。体の心配をされるとは思わなかったから。

「今のところ、大丈夫です。練習機だけあって、安全みたいですね」

「精密検査を受けろ。お前の操縦は、普通の奴だったら病院送りだ」

 あまり実感がなかった。精密検査?

 事情が分からないでいるうちに、救護班の人たちがわらわらとやってくる。

「また会おう」

 試験官がそう言って、俺の肩を叩いた時、唐突に全身に激痛が走り、思わず顔をしかめてしまった。強く叩かれたわけじゃなくて、今になって体が痛みを取り戻した感じだ。

 へなへなとくずおれる俺を試験官が支え、看護師にそっと渡してくれた。それだけでも物凄い痛みだけど。

 こうして俺は試験の直後に、いきなり帝国軍の機動母艦の医療設備と軍医たちの技術を、我が身をもって体験することになった。

 二日をそこで過ごし、体のそこここに二日で取れるギブスをつけられ、大量の薬をもらって、送り出された。

 惑星メイスターに戻った時には、薬があるだけで、ギブスはもうゴミ箱に放り込んでいた。ギプスまみれだと、みんなに心配そうな顔をされるので、さっさと外した。

「怪我はなんともなさそうだね」

 宇宙空港で俺を出迎えたスチールさんが、不安そうだった顔を、ホッとしたものに変える。俺は思わず苦笑いしつつ、カバンから薬の入った袋を見せる。

「あとはこれだけ。それで健康体です」

 嬉しそうに笑って、スチールさんが背広の内ポケットからその封筒を取り出した。

「準軍学校の試験結果の通知だ」

 その場で受け取って、古式ゆかしい封筒を適当に裂いて、中身を取り出す。

 その通知を見て、一度、思わず天を仰いだ。それからスチールさんに見せる。

 彼が抱きついてきて、歓声をあげた。

 宇宙空港のラウンジだから、ものすごく恥ずかしかったけど、嬉しさが勝っていた。

 俺は準軍学校に合格していた。

 俺の人生はこうしてまた一歩、先へ進むことになる。

 兵士の道へと俺は分け入ることになったわけだ。




(続く)

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