1-13 やはり、ひとりぼっちのレース
◆
砂漠での機動戦闘艇の操縦訓練は二ヶ月の間、週末にやり続けて、もうおおよそを習得できた。
砂嵐に見舞われることもない。どうやらあの時はイレギュラーだったらしい。
土曜日の訓練が終わり、夜の街に出たのは気まぐれだった。
このオアシスに知り合いはいないし、自由に羽を伸ばせることにふと気づいたのだ。ここにいれば、俺もどこにでもいる、何のラベルも貼られていない少年になれる。
学校では、勉強をせずに機動戦闘艇の訓練に明け暮れる、変な奴とみられていた。勉強していないはずが、やけに成績がいい、変な奴。
別にそれに不満はない。事実だからだ。
それは周りからは不思議がられても、俺には最短距離でもある。
オアシスの中にゲームセンターがあった。何気なく入って、驚いた。天井は高くて、プロペラみたいな奴が回っている。空調なのだろうか? いやに心地いい室温だ。何より煙なんて少しもない。
様々なゲームの筐体に向かっているのは、身なりのいい人ばかりだ。間違ってもホームレスの一歩手前のようなおっさんが、タバコを吹かして酒瓶を片手にスロットをやっていたりしない。
麻雀でさえ、遊んでいるのは見るからに堅気だ。
変なギャップに飲み込まれつつ、サスを探してみた。
ここ何百年も変化しないジャンルの格闘ゲーム、リズムゲーム、ダンスゲームなどの筐体では、流行りのファッションの少年少女がプレイしていて、ショックを受けた。
ここは何かから脱落したり、離脱した人が集まる場所じゃなくて、普通の人が集まる、普通の遊びの場なんだ。
サスは奥にちゃんとあった。三人ほどが並んでいる、と思ったら、プレイ中の少年の仲間のようだった。二台あって、片方は空いている。
もうサスも人気がないのか。
筐体の表示を見ると、俺がプレイしていた時より、バージョンが二つ、数字が大きくなっている。
恐る恐る空いている筐体に近づき、スティックを操作して、モードを確認すると、三つのモードは前のままで、何故か安堵した。
さらにカーソルを操作してレコードを見る。
全く知らない名前がランキンの上位五位に並んでいる。Kもなければ、Jもない。
ジェイはどこにいるんだろう?
彼だか彼女だかわからないあのプレイヤーは、もうゲームをしていない。プロゲーマーになっただろうか。それなら少し検索すれば、わかりそうなものだ。
どうしてその情報が入ってこないのかは、はっきりしてる。
俺は例の店での仲間たちと、あの場では親しく接して、いちいち盛り上がったけど、実際にはアドレスも何も交換せず、あの場限りの仲間だったからだ。
俺は結局は孤独だった。
でも自分で選んだ孤独でもあった。サスにおける絶対的なプレイヤーになったがために、俺は周囲と距離を取った。技術を盗まれるのは怖くなかった。情報を盗まれるのも怖くない。
ただ、心を傷つけられるのが、怖かった。
裏切りが怖かった。
ナイトもそうだ。彼が俺に自身の恐怖を教えてくれた。ナイトも最後には、俺をゲーム会社に売り込んだのだ。俺のためだったことは今ならわかる。しかし、余計なことだ。
俺のことを俺以外が決めるなんて、あっていいわけがない。そう思って、俺はナイトのことを遠ざけ、忘れたのだ。
「お兄ちゃん、遊ぶつもり?」
声をかけられて、そちらを見ると隣の筐体の席にいる少年が声をかけてくる。
「一緒にデュオモードでやろうよ。これでも俺、強いよ」
強いよ、か。
俺は思わず笑って、立ち上がった。
「迷惑をかけちゃ悪いから、遠慮します」
「いいよいいよ、別に恨みも憎みもしないよ」
「いえ、遠慮します」
俺はさっさとサスから離れた。
もう俺は、あのゲームで遊べないのだ。負けるとは思えない。俺は二年半以上に渡って、ひたすら機動戦闘艇を操り続けた。
素人が、アマチュアが、俺に勝てるものか。
もし勝てるプレイヤーがいるとしたら、それはジェイくらいだ。それも俺と同じ時間、ひたすら訓練をしたら、ということになる。
ゲームセンターを出て、一人で道を歩き、うずうずして、俺は最初はゆっくり、最後には全力で走った。夜の闇をひたすら、頼りない明かりも気にせずに、走った。
格納庫に飛び込むと、顔見知りになっている整備士が、隅っこでタバコを吸っている。
その匂い、宙に漂う弱々しい紫煙が、あの店の空気を俺の中に呼び起こした。
「生徒さん、寝たほうがいいぜ」
整備士が声をかけてくる。俺は汗をかいて、呼吸を乱しながら、彼に歩み寄った。
「もらえる?」
「タバコを? 未成年だろ。さっさと寝な」
「いいでしょ?」
じっと見据えると何かを感じたのか、彼はさっとこちらに箱を差し出す。一本もらってくわえると、今度はライターが差し出された。
火が、タバコの先を焼く。
煙を吸い込み、吐き出した。
むせもしないのが、自分でも不思議だった。
「慣れているね、様になっているよ。実は不良だったのか?」
どうだろうね、と言いつつ、俺はタバコを人差し指と中指で挟んで、口に当て、離した。
格納庫の中ではもうすでに俺が乗る機体は組み上がっている。使い古された複座機。
「あんたの操縦は荒すぎる」
急に整備士がそう言ったので、ゆっくりと振り向いた。
「どうしてわかるの?」
「機体の負担でわかる。もっと綺麗に飛べるんじゃないか? 今にスラスターがもげちまうし、フレームがねじ切れちまうぜ」
さすがにそれが冗談だとわかり、二人でくつくつと笑った。ただ、フレームへの負担は真実で、スチールさんにも指摘されていた。
「確かに」煙を吐く。「俺はもっと上手く飛べるよ。ただ、限界を試すのも必要じゃない?」
「言うねぇ、生徒のくせに。ただ、その通りだな。しかし機体の限界を確かめて、もし限界を超えたら、墜落だぞ」
「いいさ、落ちるくらい」
ゲームの中では数え切れないほど落ちているよ、と言おうと思った後に、下が砂漠だから衝撃もそれほどじゃないよ、と言おうと思い直し、でも結局、それ以上は何も言わないまま、俺はタバコを口に当て、もう一度、煙を吸いながら機動戦闘艇を見た。
しばらく黙って二人で立ち尽くしていた。
「先生もそうだが」
整備士がゆっくりと煙を吐く。
「たまに、この人の機体を整備したい、この人の機体を整備できたら最高だな、と思う時がある。できるできないをそっちのけにして、まず手を出したくなる。お前さんの機体も、その一つだよ。しかしハードだな」
「限界を攻めるから?」
「整備が追いつかなくなりそうだよ。まぁ、それくらいの方が、やる気が出る整備士もいる。俺みたいにね」
二人でまた笑い合う。
彼が足元にタバコを捨てて踏みにじったので、俺もそれに倣った。
「さっさと寝ろよ」
「タバコ、ありがとう」
「控えた方がいいぜ。まぁ、俺が言うのもあれだが」
共犯者の笑みを交わして、俺たちは別れた。
部屋で休んで、翌朝には走り込みをする。朝食をスチールさんと済ませて、格納庫へ。
例の整備士がスチールさんとやり取りをして、俺は身振りで呼ばれて、そこへ駆け寄る。
打ち合わせの後、二人が乗り込み、格納庫の扉が、自動で開いていく。
俺は、俺が進む道を、決めなくてはいけない。
誰も俺の代わりに、俺の道を歩けないのだからだ。
(続く)
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