1-12 誰のせいでもない二人


     ◆


 どうしてこんなことになったんだか。

 そう思いつつ、俺は周囲を吹きすさぶ砂嵐を眺めていた。

 例の複座の機動戦闘艇で前の席にはスチールさんがいる。

 大気圏内での機動戦闘艇の訓練のために、わざわざ地上に降ろしたのだ。どうしてそんな面倒なことをするのか訊ねると、重力を甘く見るなよ、と笑われた。 

 つまり俺が扱いやすい機体でやる方が、安全だ、ということだったと思う。そしてフォローもできる。

 大気圏で飛ばすのは、小学生から中学生になる休みの時、少しだけやった程度だ。

 機動戦闘艇を地上で飛ばす場面はあまりなくて、大気圏内ならそれにふさわしい戦闘機がある。反乱軍くらいだろう、大気圏内で宇宙仕様の機動戦闘艇を飛ばすのは。

 で、俺とスチールさんは週末に準備万端整えて、土曜日の朝にはオアシスで、業者が整備した機動戦闘艇に乗り込んで飛び立った。

 スチールさんが事細かく、操縦のコツを教えてくれる。同時に実演してくれる。

 機動戦闘艇は基本的に大気圏、重力圏内を想定していないので、揚力を得る翼がない。

 翼の代わりに反重力発生装置で機体を持ち上げて、スラスターで機体を制御するのだが、宇宙とは段違いで困難になる。

 土曜日の昼過ぎになって、やっと俺に操縦権が渡された。

 待ちくたびれたよ、と思いつつ、俺は縦横に機体を走らせた。

「あまり無理するなよ」

 そうスチールさんが釘を刺すほどだ。

 まるで宇宙空間にいるようにぐるぐる機体をロールさせまくって、返事に変えた。

 そんなことをしていたら、どこかからメッセージが届く。スチールさんが開封して閲覧する気配。

「ケルシャー、適当なところへ降りてくれ。そっとね」

「なんで? 何の連絡だった?」

「砂嵐が近づいている。オアシスはもう砂嵐の中だよ。戻ることは当分、できない」

 ふぅん、と思いつつ、言われた通り、そっと機体を砂漠の真ん中に降ろした。コンピュータに指示を出して機体の状況をチェックさせる。

 スチールさんはどこかと通信をはじめ、断片的に聞いた感じでは、それほどの危険ではない。

 すっと周囲に斥力場フィールドが展開される。風が吹き、砂が舞い上がるけど、フィールドに触れると逸れて行く。

「ここで砂嵐をやり過ごす」

 はーい、と応じつつ、少しだけシートをリクライニングさせる。

 そうして激しい砂嵐の真っ只中に、俺たちはいるわけだ。

「高校はどこへ行く?」

 急にスチールさんが訊ねてきて、俺は知らん顔をした。

「聞こえているよね、ケルシャー」

「うーん、砂の音でよく聞こえない」

 そうか、とスチールさんが応じる。笑っているのがわかった。

「ここのところ、きみを呼び寄せたことを、ちょっと後悔することもある」

 どうやら聞こえないということを前提に、一人で喋る、という姿勢で、俺に聞かせたいことがあるんだ。

 今は真面目なスチールさんの声に、じっと黙って、耳を澄ませた。

「きみのことを聞いた時、相当に迷った。普通の小学生に戻すこともできたし、普通の中学生にすることもできた。何も特別なことがない、平凡な世界に、きみを自然と流れさせることもできた」

 うーん、とスチールさんが唸る。

「でもね、きみの才能は、見過ごせなかった。プロゲーマーになるかもしれない、と聞いた時も、両親の方針で平凡な未来へ進むと聞いた時も、私はきみを放ってはおけなかった。それくらいの才能が、きみの中に見えた。非凡なものがあったんだ」

 ザラザラと周囲を砂が走り、斥力場フィールドがわずかに紫電を走らせる。

「結果を出したのは、私の指導の影響なんてほんのわずかで、やっぱりきみの才能なんだよ。ただあまりにも、きみは、若すぎる」

 噛み締めるように、いつの間にか普段は見せない様子で言葉は続く。

「もしきみが、十八歳だったら、別の可能性があった。平和な、安全な場所で、存分に面白おかしく生きられたかもしれない。競技選手として、インストラクターとして、そういう風に。でもきみはまだ十五歳にもならず、しかも上手すぎる」

 どう言葉を返そうかと迷っているうちにも、スチールさんは言葉を続ける。

「私自身は、初めて機動戦闘艇に乗ったのは、準軍学校でだった。十八歳の時だ。面白かったよ。とにかく熱中して、全てを注ぎ込んだ。全ての情熱が傾けられて、私は正式に帝国軍の機動戦闘艇部隊に所属することができた」

 ふっと息を吐く音が嫌に大きく聞こえた。

「反乱軍と戦ったよ。数え切れないほど。除隊するまでに機動戦闘艇は五十二機を撃墜した。ただ五十二機だ、と思うかもしれないが、それは個人の感覚次第だ。私は、五十人を超える人間を殺したんだ。それに加えて、艦船も攻撃した。何人が死んだかは、わからない」

 いつの間にか重苦しい空気になっていて、でも俺は真剣に耳を傾けた。

「除隊する時は、やっと解放される、と思った。それから、色々な仕事をしたけど、私に残っていたのは機動戦闘艇の操縦技術だけだ。結局は、自分の技術を切り売りするしかない。いろんな奴に教えて、大抵は形にならずに、諦めて去っていった。自分の指導者としての技量を疑う時もあった。あまりに多くを犠牲にしすぎて、私は臆病になっていた」

 そこにだ、と彼の声が少し、上ずる。

「そこに、きみがやってきた。金の卵だと思った。その輝きに、私は目が眩んだんだな。だけど、金の卵から生まれた雛は、平凡な雛ではなく、本当に金色の雛だった」

 ぐっと目の前のシートから、こちらをスチールさんが振り返って身を乗り出す。

 俺と彼の視線がぶつかった。

 どこか虚ろに見える瞳が、そこにある。

「きみは、私の生徒の中では、異質なほど、輝いている。それを生かす道を選びなさい」

「生かす道って、何?」

 真面目な顔で、しかしどこか苦悩を滲ませながら、スチールさんがこちらを見据えた。

「戦いしかない。きみが最も輝くのは、戦っている瞬間だよ」

「軍人になれってこと?」

「やりたくない、か?」

 どう答えるべきか、すぐには思いつけなかった。

 すっと身を引いて、自分のシートに乱暴に腰を下ろし、うん、うん、とスチールさんが頷いているのがかすかに見えた。

「軍人なんて、なっても良いことなんてないさ、それは私がよく知っている。戦いなんて、争いなんて、本当は誰だって嫌だろう。しかし人間には、その人間が輝く場所、さらに言えば、選ばれた人間しか立てない場所がある。才能だけでも、努力だけも、運だけでもたどり着けない、高みがね」

 俺がそこに行けると、この人は言いたいらしい。

 でも選ばれた場所って、どこだ?

 俺が黙ったままでいると、スチールさんも黙り、俺は自然とじっとキャノピーの外を見ていた。

 パチパチと弾けながら、引きも切らず、砂が流れていく。

 結局、三時間ほどをそこで過ごし、日が暮れる頃にオアシスに戻れた。機体はその場でオーバーホールするらしい。ちょっとした時にどうしても砂が様々なところに入り込むかららしい。

 時間を無駄にしないというスチールさんの方針で、整備士たちが夜通し、機体を弄っているのを、格納庫の片隅で、俺はうずくまって眺めていた。

 俺が向かうべき場所とは、果たして、どこなのか。




(続く)

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