1-11 ライフイズフリー


     ◆


 店長とスチールさんが酒を飲みながら、話し始めた。

 二人はどうやら、元は同じ学校で学んでいたらしい。その頃の同級生の様子を話して、嬉しそうに笑っている。

 俺だけがジュースを手にちょっと輪から外されている。

 彼らも一通りの話が終わったようで、立体映像を起動し、機動母艦から撮影した俺とスチールさんの模擬戦の映像を映し出す。

「どっちがどっちかわからないよ」

 真剣な顔と声だったけど、店長は酔っ払っているから、素直には信用できない。

「単座がケルシャーで、複座が私だよ」

「お前、腕が落ちたんじゃないのか?」

 店長の言葉に、当のスチールさんが笑う。

「これでももう現役を退いて、長いしね。若い奴には負けるのが定めだよ」

「嬉しそうだな、言葉の内容とは違って」

「そうかな? そう見えるかい? ケルシャー」

 話を振られても、困る。

 そんな俺に大人二人は笑い声をあげ、ああでもないこうでもない、と議論を再開した。

 俺は先に休んで、翌朝の朝食の席で二人と会ったけど、店長は真っ青な顔で具合が悪そうだ。二日酔いだろう。スチールさんは平然としている。

 憎まれ口を叩く店長に「体質さ」とスチールさんが応じる。

 その日も長い時間、機動戦闘艇を操り続けた。

 夕食の席で、「明日には帰るよ」と店長が言い出した。二日だけでも、俺は彼が来てくれたことが嬉しかった。俺の不安はもう拭い去られている。連れ戻されることはない。

「勉強を頑張れよ、ケー」

 俺は無言で頷いた。

 その日も遅くまで二人は飲んでいたようで、スチールさんが二日連続で飲酒をするのは、俺が知る範囲では初めてのことだ。

 翌朝、店長は朝食を断り、水だけを飲んでいた。それがなんとも店長らしくて、思わず吹き出してしまった。

 機動母艦に接舷している店長がレンタルした小型船に通じるエアロックで、僕たちは挨拶を交わした。

「また会おう」

 彼はあっさりと去っていった。

 春休みが終わり、中学二年生になる。勉強はいよいよ面白くなり、機動戦闘艇の操縦も上達が実感できてきた。

 走り込みの結果か、大抵のことには耐える体力もついた。学校での体育の成績がぐっと向上し、運動系の部活の顧問に勧誘されたけど、もちろん、断った。

 スチールさんは勉強に関しても、俺の質問になんでも答えてくれた。彼はどこで何を学んだのか、まだ何も知らない俺だが、尊敬だけは最初から持っている。

 まさにスチールさんは、俺の知っている世界での、大人の代表だった。

 学校では試験を二度受けて、成績は上位に食い込み始めた。

 中学校ではすでに高校受験を前提に、夏休みに合宿があると告知があって、そんなものがあるのか、と俺は少し考えた。

 考えたが、俺にとって必ずしもプラスにならないのは、明らかだ。

 合宿に参加するべきか、スチールさんに質問すると、スチールさんは穏やかな表情で「任せるよ」と答えた。任されても困るけど、自分のことを自分で決めることは意外に重要なんだろう。

 俺が惑星マイスターに来たことも、俺が自分で決めたわけだけど。

 俺は合宿を欠席することにして、機動母艦でみっちり、機動戦闘艇の操縦訓練を続けた。

 夏休みが終わる頃に、前と同じような接触事故があった。今度は軽度の損傷で、すぐに直せた。直し終わったら、また訓練だ。

 模擬戦は三十回やれば二十対十くらいの成績になる。もちろん、二十がスチールさん、十が俺だ。

「接触の癖は直した方がいい」スチールさんが唇の片端を持ち上げる。「それともわざと、かい?」

「まさか。修理するのは俺ですよ」

「じゃあ、意識し直そう。実戦になったら接触事故は死に直結する。それに機体の基礎フレームが破損すれば、母艦に戻れても修理に時間がかかる。いいことは何もない」

 それからスチールさんは俺に、自分が乗る機体の全体を把握するいくつかのテクニックで口頭で教えて、久しぶりにサスの筐体を使って、実演してくれた。

 その夜の俺はサスを独占して、見せてもらった動きを繰り返し、部屋に戻っても頭の中でスチールさんの言葉を反芻した。

 夏休みが終わり、学校に戻ると友達二人が心配そうに俺を見た。

「合宿に来なかったけど、大丈夫?」

「まぁ、他にやりたいこともあってね」

 二人が何かの意思疎通のために視線を交わし、それから俺をそっと見やった。

「機動戦闘艇の操縦訓練をしている、って聞いたよ」

 まぁ、別に隠しているわけでもない。

「それが俺の選択さ」

「へ、兵士になるの?」

 友達の声は、明らかに怯えを伴っていた。

 兵士か。

 不意に気づいたけど、合宿に参加する、ということには、ある種の声明のような要素があったんだろう。

 私は高校に進学します、このレベルの高校です、というような意思表明。

 それを断った俺は意図せずに、どうやらまともな道筋、当たり前の道筋を選ばない存在、と図らずも周囲にはっきりさせていたようだ。

 でも、兵士になる、か。

 それはあまり考えたことがなかった。でもスチールさんが俺に施している訓練は、ただの宇宙船の操縦士のそれではないし、むしろ戦闘を前提とした訓練、操縦訓練ではなく戦闘訓練だ。

 戦闘をするのは基本的に兵士の役目。他にあるとすれば、警備会社などだ。

 ここに至って、俺は進路を決める必要が、急に立ち上がるのを感覚的に目撃した。

 いつかのナイトの言葉が頭に浮かんだ。

 将来、って奴を俺も決めなくちゃいけないんだ。

「どうしたの? ケルシャー」

 友達に声をかけられるまで、俺は思考に沈み込んでいた。

「いや、なんでもないよ」

 俺はいつの間にか得意になった誤魔化し笑いで、その場をやり過ごした。

 自分にどんな未来が待ってるのか、考えながら、生活を続けた。

 秋が深まる中で、俺は学校の昼休みに誰でも利用できる端末で、進路について調べてみた。

 高校生のスポーツ競技会の中に、機動艇の操縦技術を競う種目がある。それの有名校をいくつかチェックした。今の学力で入学できる高校もある。

 次に民間の企業で、アマチュアの、やはり同様の機動艇の競技大会で有名な会社もチェックする。どうやら中卒では入れないようだ。

 プロの競技選手という道もありそうだが、年齢制限で、高校を卒業するか、十八歳を超えないとシニア部門には参加できない。

 俺は最後に、士官学校、軍学校、準軍学校を調べようとしたけど、やめてしまった。

 兵士になる? 俺が? あまり想像できない未来だった。

 もっと腕の立つ奴が他にもいるんじゃないか。俺なんて、元はただのゲーマーで、ゲームでは負け知らずでもスチールさんにすら歯が立たないのだ。

 俺じゃまだ、足りない。

 足りている連中、経験十分の大人にも負けない飛び抜けて才能のある奴らが集まるのが、軍隊だろう。

 心がいつになく乱れているのを感じつつ、俺は教室に戻った。

 教室に入っても誰もこちらを向かない。自然なことなのに、どこか無言で、無動作で拒絶されている気がして、自分が場違いに感じた。

 俺は自分の席に座り、機動戦闘艇の専門雑誌を読み始めた。

 機動艇の操縦者として、生きていければ、それには何の文句もない。文句はないはずだ。

 でも一方で俺がどこかで誰かに何かを教えたりするのは想像できなかったし、スチールさん以外の誰かと協力するのも、何か違うような気がした。

 どうしてこんなことを感じるんだろう?

 いつだったか、あのゲームセンターで、ナイトの背中を見た時にも、同じ気持ちになった。

 仲間に礼を言う彼、仲間に救われる彼。

 俺は誰にも礼を言わなかった。仲間を救うくらいなら、自分で敵を落とした。

 俺は実は、人間として何かが欠けているのか?

 じっと電子雑誌を見て、ゆっくりとページを繰った。




(続く)

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