1-10 トリックスター
◆
スチールさんが経営するユリシーズ中学校は、私立だけあって学力がないとついていけない。
俺の生活は極端に規律正しくなった。
寮で生活するわけではなく、例外的にスチールさんの家で生活しているけど、早朝に起きて、最新型のサスで訓練をして、次に体力作りの走り込みをする。この走り込みの間に、サスでの結果を頭の中で検証する。
走り終わったらシャワーを浴び、朝食。俺がシャワーを浴びているうちにスチールさんはシミュレーターでの記録映像をチェックしていて、朝食の時、議論になる。食事が終わり、身支度を整え、徒歩で学校へ。中学校の遅刻、早退、欠席をスチールさんは許さなかった。学校が終わるのは十六時で、俺は今度は走って民間のシャトル発着場へ向かう。
そこにスチールさんのシャトルがあり、俺が乗るのと同時に、人工知能の入った人型端末が操縦して、離陸。
宇宙にある機動母艦に接舷し、俺はもうシャトルの中で操縦服に着替えていて、可能な限り早く、単座式の機動戦闘艇に移動する。
この時には予定通り、スチールさんは複座式の方の機体で待機していて、二機ともがドッキングを解除し、宇宙で激しく模擬戦を始める。
全部で三時間ほど、訓練をして、俺とスチールさんはシャワーを交代で浴び、二人でシャトルに乗り込み、ここでも少しも時間を浪費せず、スチールさんが勉強の復習と予習を助けてくれる。
地上に戻り、今度は歩きながら、ついさっきの模擬戦を振り返り、家に着くまで場合によってはスチールさんと話し合う。家では食事が出来上がっていて、さらに模擬戦について話すけど、それは夕食が終わるまでだ。
この時点で二十二時、場合によっては二十三時で、必要があるとスチールさんが判断すれば、一時間ほど、ここでも勉強の面倒を見てくれる。それが終わって、やっと就寝。
スチールさんは常識に縛られないようで、俺が中学生なのも構わず、一日の睡眠時間が五時間とか六時間でも気にしない。
その生活には最初は馴染めなかった。
もっと機動戦闘艇に触っていたかった。でも宇宙に行かないと触れない。
宇宙に学校があればいいのに、などと頻繁に考えた。
でもその生活を受け入れるつもりになったのは、自分が進歩している実感が持てた時だった。
機動戦闘艇ではスチールさんには少しも敵わない。
でも中学校では、勉強の成績が下の下だった俺が、急上昇するように順位、点数を上げ始めていた。
授業の内容がちんぷんかんぷんだったのが理解できるようになる。この快感、静かな興奮という奴を、俺ははっきりと感じた。
これなら、機動戦闘艇もいずれ上達するだろう、と自然と考えられた。
俺は学校では全くの異質な存在で、どこの馬の骨ともしれない男、と見なされていたけど、一人、二人と友人ができた。機動戦闘艇が好きなわけでも、ゲームが好きなわけでもない、家が近いわけでもない、全く関係性のない三人が自然とグループになった。
彼らは俺がスチールさんの肝いりだと知っていたようだけど、深くは訊ねてこなかった。
スチールさんは生徒の中では謎の存在で、どういうわけか、アンタッチャブルなようだ。
スチールさんは結婚していたようだけど、奥さんは今はいない。子どもは作らなかったようだ。屋敷の管理は複数の、人工知能が入った人型端末がこなしている。料理も彼らが作るし、掃除などの家事も人型端末がやっていた。
中学校に入学し、一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と時間が過ぎて、試験もつつがなく終わった。
試験の結果を見てスチールさんは「悪くないね」という評価だった。
期末試験ではさらにいい成績を出し、学校は夏休みに突入した。
「どんなことをして過ごすつもり? ちょっと旅行へ行こうよ」
友達の一人に提案されたけど、俺は誤魔化して断った。
夏休みは機動母艦で過ごすと先にスチールさんが俺に提案していた。乗らない手はない。
夏休みの一ヶ月を、まさしく缶詰で、俺は機動母艦に居座った。サスのシミュレーターを使うことは少なくて、機動戦闘艇の操縦訓練は実機でやる。
ひやっとしたのは、一度、接触事故を起こした時だ。
競り合っているうちに、翼同士が衝突した。
強烈な反動と同時に、操縦桿の一つが機能を失い、それが逆に俺を冷静にさせた。
ペダルを連続して踏みつけ、姿勢はすぐに取り戻された。
『一度、母艦に戻れよ、ケルシャー』
「まだいけそうですよ」冗談で応じる。「操縦桿が片方効きませんけど」
『修理しなくちゃな。やれやれ』
機動母艦に戻った俺を待っていたのは、人型端末と一緒に船外活動をしろ、という指示だった。この機動母艦は小さすぎるので、接舷状態で機体を整備しているし、修理も同様の手法しかないのだった。
「宇宙のゴミになるなよ」
そう言ってスチールさんが送り出してくれた。
ちょっと怒っていたかもしれない。いや、確実に、怒っていた。
二体の人型端末と協力し、機動戦闘艇を修理したけど半日が潰れてしまった。
幸いにも、作業中に何かの拍子にどこかヘすっ飛んで行方不明にはならずに済んだ。ホッとするよ、まったく。
その事故の後に数日が経って、「ドッグを見物に行こう」とスチールさんが言い出した。
「俺の機体の修理は完璧ですよ。反応も少しも悪くない」
「ちょうどいい機会だから、オーバーホールしよう」
じゃあ、俺がやった修理はなんだったんだ?
スチールさんの知り合いの宇宙ドックに向かい、機動母艦から切り離された二機の機動戦闘艇がドックに収容される。人間が作業するのではなく、機械のアームが人工知能の操作で機動戦闘艇をばらしていく。
見物のための部屋で、俺はじっと強化ガラスに張り付いて、その様子を見ていた。
宿泊施設の狭い部屋で一晩を過ごし、翌日にはもう機動戦闘艇は再び組み上げられていて、イメージの上ではピカピカだ。装甲が再塗装されていないので、古びている感は払拭できないが。
機動母艦に接続し、宇宙ドックを離れる。
この頃にはスチールさんは俺に金銭感覚を教えるためだろう、いろいろなことにかかるお金の金額をはっきり伝えてくれる。この時は宇宙ドックの利用料と、オーバーホールの料金、消耗品の値段などが話題だった。
今までに鉱物燃料の相場や、推進器の値段、スラスターの値段も教えてくれていた。
「きみがいつかやって見せたタイムアタックは、現実でやると大損だよ」
つまり、スラスターを無闇やたらに切り捨てたり、推進器を暴走させると、とんでもない大損害になる。
それもそうか、スラスターがなくて、推進器が爆発した機体に残っているものなんて、ほとんど見るべきものはない。正真正銘のスクラップだ。
まぁ、その時にはパイロットは死んでいる、という根本的な問題もある。
夏休みが終わり、また学校が始まる。例の管理された生活が戻ってきた。
季節が巡る。しかし惑星マイスターの俺が生活する第二首都は、四季があまりない。夏が長く、冬になっても雪は降らない。
一年目が終わり、春休みに俺はやっぱり機動母艦で長い時間を過ごしていた。
そこに意外な来客があった。
「なんだ、ものすごく痩せたんじゃないか?」
機動戦闘艇から機動母艦に戻った俺を出迎えたその人は、開口一番、そう言って笑った。
「店長!」
一年ぶりに会う彼は、前とまったく変わった様子がない。
反射的に抱きついていて、彼がそんな俺を抱え上げる。
「元気そうだな!」
「うん、まあね」
床に降ろされた時には、俺は不安に支配されていた。
両親のことを考えたからだ。
店長が俺の頭に手を置く。
「悪い話をしに来たんじゃない。様子を見に来ただけだ」
そう言われても、俺の不安は払拭されなかった。
(続く)
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