1-9 修羅場
◆
惑星マイスターから、惑星ディーアに戻るとすぐに両親の説得に取り掛かった。
スチールさんが映像通信で参加してくれる。
彼が俺に持たせてくれた記録カードの中にある映像も、両親は見ている。
それなのに、二人ともが不安げで、また、否定的だった。
「機動戦闘艇のパイロットになって、どうなるのよ」
母が吐き捨てるように言う。
「帝国軍にでも参加するの? それで反乱軍と戦って、戦死でもしたら、もう……」
帝国軍の主な敵は反乱軍とかテロリストと呼ばれている勢力で、彼らの全貌は不明だし、どこで戦力を得ているかもわからない。
ただ、帝国軍と比べれば、極めて貧弱で、小規模だ。
そんな反乱軍とは別に、宇宙海賊なども帝国軍の主な敵性勢力だった。
母親が言う通り、機動戦闘艇のパイロットは戦死する可能性が高い。一方で花形だし、エリートでもある。
スチールさんは戦死に関することは器用に避けつつ、まず戦死するしないの前に、才能を育てるべき、と話し始めた。
父は無言で腕を組んでいる。
母親はそのうちにほとんど泣き出さんばかりになり、俺の中では、これはもうダメだろうな、と意識した。
俺はここに縛り付けられて、それで終わるんだろう。
ただゲームがうまい、天才少年、みたいな感じにどこかの誰かに記憶されて、そのうちに忘れ去られる。
「ケルシャー」唸るように父親が言った。「遊びに本気になるな」
……遊び?
遊びじゃない。
「遊びじゃない」
思わず言葉にすると、ゆっくりと父が顔を上げ、母は悲壮な表情でこちらを見た。
俺は怒りを抑えきれずに、二人を睨みつけた。
言葉は、まるでそれ自体が暴れているように、俺の口から吹き出した。
「遊びなもんか! 二人には絶対にわからないよ! 俺が何をしているのか、何ができるのかはね!」
俺は席を立ち、リビングから駆け出して自分の部屋に飛び込んだ。
トランクの中に生活に必要なものを詰め込んで、無理やりに蓋をする。
マネーカードをポケットに突っ込み、トランクを抱えて部屋を出た。
「どこへ行くの、ケルシャー」
母の言葉に、俺は何も答えなかった。玄関で靴をお気に入りに履き替える。
「ケルシャー!」
母の悲鳴を振り払うように外に出て、声を押し返すようにドアを勢いよく、叩きつけて閉めた。母の言葉はぷっつりと切れた。
トランクを持ったまま、すでに日が暮れた街を歩き、ゲームセンターに向かう。時刻はすでに二十時を回っている。通りを仕事を終えた大人たちが行き交うのに、俺も混ざったつもりだけど、それでも俺はきっと浮いていただろう。
ゲームセンターはまだ営業していて、初めての時間帯だったけど、顔見知りは大勢いる。
「なんだい、坊や、家出か?」
「そのトランクの中身はなんだ?」
「補導されちまうぜ」
そんな言葉を聞き流して、俺は事務所に入った。
「もっと別に逃げる先はないのかよ」
苦り切った表情で店長が迎えてくれる。
「俺をマイスターに連れて行ってよ、店長」
「ついさっき、帰ってきたばかりじゃないか」
「俺、スチールさんのところで、機動戦闘艇の操縦訓練を受ける。そう決めたんだ」
ふーん、などと呟き、ちょっと落ち着けよ、な? とコーヒーを出してくれる。大量のミルクと砂糖を入れて、差し出された。
受け取って、じっと白茶色の水面を眺める。
「本気なのか? ケルシャー。機動戦闘艇の操縦訓練なんて、その手の高校に進学すれば、いくらでもできる。中学生から始める理由はない」
まだ俺は、水面を見ている。
「お前がサスを極めたのは、俺もよく知っているよ。それに物足りないのも、わかる。でもなぁ、今、お前が選ぼうとしている世界は、ゲームの中の世界じゃなくて、リアルの世界だよ。リセットはできないし、後戻りもできないんだ。わかるかい?」
「わかるよ。でも、あそこに行きたいんだ」
「後悔するかもしれない。その覚悟はあるか」
また、覚悟だ。
そんなもの、初めからある!
この時の俺は、自分が後悔する日が来るとは、少しも考えなかった。
俺の技術、努力、才能の全てが揃えば、誰にも負けないし、俺は常に勝者の立場にいられると、無邪気に信じることができた。もちろん、怒りや反発もあったけど。
店長がバリバリと頭をかき回し、コーヒーを煽って、また頭をグシャグシャにした。
「お前に変なチラシを見せたのが、俺の間違いだったよ」
「あれは正解さ」
「いや、後悔している。俺もちょっと冷静じゃなかったな」
立ち上がった店長がどこかに電話をかけた。まさか俺の両親に通報したのでは、と身構えていると、店長がどこか嬉しそうに笑っている。
電話の受話器を戻し、店長が椅子に座る。
「これが俺がお前にできる、最後の手助けかもしれない」
どういうことだろう?
と、ドアが開かれて、例の女性店員が入ってきた。
「こいつを惑星マイスターに連れて行ってやってくれ」
女性店員が無言で頷き、更衣室に入っていった。俺には事態が飲み込めなかった。なんで店長が送って行ってくれないんだろう?
ニヤッと店長が唇を曲げる。何かを企んでいる顔だ。
「俺はお前の両親をここで押し留めて、時間稼ぎだ。その間にお前はマイスターに行っちまえ」
更衣室のドアが開き、私服になった女性店員がやってくる。
「後で交通費をもらいますよ」
「色をつけて渡してやるから、急ぎな」
俺は腕を掴まれて、引きずられるように事務所から転がり出る。
ドアが閉まる寸前に叫んだ。
「ありがとう、店長! 今まで、本当に、ありがとう!」
閉まるドアの隙間で店長が手を振っていた。ドアが閉まって、見えなくなる。
女性店員は少しの時間も無駄にせず、宇宙空港に向かうシャトルに自由席で乗り込み、宇宙空港にたどり着く前に携帯端末で惑星マイスターへの旅客船の部屋を確保している。
宇宙空港で手続きをして、すぐに旅客船に乗り込み、すぐに発進。
俺は宇宙をじっと見ていたかったけど、亜空間航法が始まり、窓の向こうは真っ暗になる。すぐに青空の映像に変わった。
「あなたのプレイを、何度も見たわ」
女性店員が移動の間に買ったお茶のボトルを差し出してくる。
受け取って、ゆっくりと開封した。
「それは、どうも」
「あんなにうまい人、他にいないわよ。それは誇ってもいい」
どう答えることもできない俺の前で、彼女が珍しく微笑む。
「もう一個、誇っていいことがある」
「なんですか? 学校や親を無視する姿勢とか? ゲームセンターに入り浸る事?」
「あなたは、自分の記録に対して、真摯だった。自分は強いんだ、最強だ、ということを考えそうなものなのに、あなたはずっと変わらなかった。それを私は、すごいと思って見ていたわ」
うーん、別に誰かに自慢するとか考えなかっただけで、むしろ、自分が帝国でナンバーワンだということが、どこか恥ずかしくもあった。
仲間内でだけで、満足している感じだったのだ。
そんなことを彼女は知らない。
「まだ先は長いけど、今の気持ちを忘れないほうがいいわよ」
はい、としか答えられなかった。
人間の評価って、よく分からないな、などとぼんやり思っていた。
惑星マイスターに着くまでに、その女性店員にどうしてあの店で働いているのか、店長とどういう関係なのか、訊いてもよかった。
でも俺は訊かなかった。
優しい人だとわかっただけで、十分だと思った。
惑星マイスターの宇宙空港で、スチールさんが待ち構えていて、ちょっと困っているな、と気付いた。彼は丁寧に女性店員に礼を言った。
「気をつけてね、ケー」
そんな言葉を口にして、軽くハグをしてから彼女は去っていった。
「君はトラブルを起こすのが好きなのか?」
二人きりで個人所有のシャトルに乗り、地上へ向かう途中、スチールさんがそういった。
「どうもそうらしいですね。俺は自然なつもりだけど」
「まあ、いいさ」
スチールさんがまるで世界中に表明するように言った。
「実力で黙らせればいいんだ」
シャトルは大気圏を抜け、俺の新しい生活の場へと降りていった。
(続く)
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