1-8 ヘヴィー・デイズ


     ◆


 十日しかない、ということが俺を焦らせたし、焦りは俺を集中させた。

 一日の半分はシミュレーター、と言ってもサスに乗っている。スチールさんが対戦相手で、果てしなく戦い続け、俺は一度も勝てない。

「こんなにうまいのに、なんでレコードを残さないんですか?」

 この機動母艦の端末はアップデートの時以外はスタンドアロンらしい。

「子どもの遊びに大人が本気で参加しちゃ悪いと思ってね」

 冗談めかした返事だった。

 俺がここまでコテンパンにされるのは、もう何年もなかったことで、新鮮どころではなく、敗北ってこんな味だったな、と感慨が沸いたほどだ。

 シミュレーターをやっていない時間は、スチールさんが操縦する機動戦闘艇の後部座席で、実機の感触を体に染み込ませる時間になる。

 二日、三日と過ぎると、容易に耐えることができるようになる。

 機動母艦に戻って俺がピンピンしていると、店長が「若いっていいなぁ」などとからかってきた。

 サスでは一度も勝てないまま、一週間が過ぎた。

 機動戦闘艇に乗り込んで、俺が後部座席に落ち着いた時、通信が入る。

『少し自分で飛ばしてみようか。もう慣れたよね?』

 言いながら、スチールさんは機体を母艦から分離させ、ゆっくりと母艦から離れていく。

『後部座席でも操縦できる仕組みを積んでいるから、左手下にある緑のレバーを引っ張ってみてくれ。操縦桿とスロットルが出てくる。ペダルもだ』

 言われるがままレバーを引っ張り上げた。

 目の前にある様々な計器の下から、簡易的な操縦桿やら何やらが飛び出し、足元にもペダルがせり出した。

 目の前の画面にパスワードの入力の要求が表示される。

 スチールさんが伝えてくれたパスワードを入力。承認される。

 緊張しつつ、操縦桿を握る。

『丁寧にやってくれよ』

 俺は勢いよく操縦桿を倒した。グルグルと機体がロールする。視界がぐちゃぐちゃになるかと思ったが、そうでもない。

 自分じゃなくてスチールさんの操縦だと、予測ができないけど、今は俺自身が動かしているから、身構えられる。

 ロールをぴたりと止めて、今度は超高速で前進し、急制動をかける。

『おいおい、丁寧にって言っただろ!』

 俺が返事ができないのは慣性制御システムでも殺しきれない圧力に潰されているからで、無様といえば無様だけど、興奮していた。

 叫び出したいほどだ。

 モニターの端で真っ赤な警告が出ていて、それはちょっと怖い。

 極端な曲線で機体を走らせつつ、スラスターの実際を確かめる。

 サスは相当にリアルだったんだ、とやっと気づいた。

 体に実際に力が加わる以外、操縦の仕方に関しては、サスはほぼ完璧にリアルをゲームに落とし込んでいるのだ。

『お前の実力はわかったよ、ケルシャー、こっちに操縦権を移すぞ』

 反論する間もなく、画面にその旨が表示され、操縦桿とペダルは引っ込み、計器類の投射画像も後部座席のそれに戻ってしまった。

『明日からは別々の機体でやろう』

 機動母艦に戻りつつ、スチールさんがそう提案してきたのには、驚いた。

 機動母艦にはもう一機の機動戦闘艇がくっついている。それを使うんだろう。

 でも、ゲームだけは散々やってきたけど、実機に初めて触ったのが一週間前の素人に、一人で操縦を任せるだろうか。

『人工知能を積んであるから、不安がるな』

「別に不安でもないよ」

 反射的に強がったけど、本音が漏れていたかも。

 機動戦闘艇が機動母艦とドッキングし、まずは俺が乗り移った。スチールさんが続く。エアノックの向こうでエプロン姿の店長が待っていた。店長はここでは料理係だ。

「なんか物凄いデタラメな機動で飛んでいたが、あんたか?」

 店長の言葉にスチールさんが疲れたように首を振る。

「どこかの天才の飛行だよ。すごかっただろ?」

「凄過ぎたね。命知らずの飛び方だ」

 そんなこともありつつ、翌日の俺は今まで使わなかった機動戦闘艇に一人で乗り込んでいた。

 こちらは単座のままで、すべてを自分でやらなくちゃいけない。ただ、スチールさんの言葉の通り、人工知能がアシストしてくれる。

 機体が切り離され、スラスターで機動母艦を離れる。

 推進器を徐々に出力を上げ、事前に指定されていた座標へ自動航行。すぐそばを昨日まで乗っていた機動戦闘艇が付いてくる。今はスチールさんしか乗っていない。

 座標に到着し、通信が入る。

『じゃ、結果を恐れずに、模擬戦闘を始めよう』

 待ってましたと俺はスロットルを全開にして、ペダルを踏み込む。

 初めての機体だから、まずは慣れから入る必要がある。

 ロスアラモス社のスーパースター三型だ。だいぶ古いが、サスで慣れ親しんだ機体でもある。

 旋回に少し癖があるが、やっているうちに思い出すだろう。

 機動戦闘艇にはレーザーポイント銃が搭載され、それで損傷の度合いが両機に通達される。

 あっという間に俺のスーパースターの防御フィールドがダウンし、蜂の巣になる。

 どうやらスチールさんは本気らしい。こっちは完熟飛行の最中だっていうのに!

 それから立て続けに二回、撃墜された。

『どうした? その程度か?』

 四回戦、スチールさんの機体の猛攻をかいくぐり、またも防御フィールドがダウン。

 堂々と落としにきたスチールさんの目の前で、俺の機体が姿勢を変える。

 連射に次ぐ連射。

 逃れる間を与えずに、スチールさんの機体を撃墜する。

『死んだふりは卑怯だぞ!』

 笑い混じりの声が通信で届く。

「そっちの油断だよ」

『良いぜ、本気でやってやる』

 それからは十回連続でスチールさんが俺を撃墜し、俺が彼を撃墜したのは死んだふりの一回と、まぐれの一回の二回だけだった。

 最後も四連続で俺が撃墜され、二十二回戦が終了したところで、「休憩だ」と通信があった。

 機動戦闘艇を浮遊させつつ、俺は持ち込んだ栄養満点のゼリー飲料を啜った。グレープフルーツ味。

 予定では三十回戦までやることになっている。

 機体には大きな差はない。むしろ単座のこちらの方が軽量で、有利かもしれない。

 つまり俺は決定的に技量でスチールさんに劣っていることになる。

 二人ともが無言のまま休憩は終わり、後半に雪崩れ込む。

 休憩の間にスチールさんは決意を固めたようで、後半の八回戦と四回の延長戦を容赦ない厳しさで当たってきて俺は一回も勝てなかった。

『さっさと帰ってシャワーを浴びよう、疲れたよ』

 自動航行で機動母艦に戻りつつ、スチールさんがぼやく。

『ケルシャー、きみ、うちに来ないか?』

「うちって?」

 急な話題で、スチールさんの自宅に行くのかな、程度の認識だった。

『私が経営している学校だよ。中学校だ』

「経営しているって……、私立ってこと? 無理だよ、俺、頭悪いし、態度も悪い」

『これだけの技があるんだ、頭や態度なんて関係ないさ』

 俺の頭の中で両親のイメージが、真っ赤な顔でカンカンに怒っていた。

「親が許さないよ」

『この記録映像を見れば、怒っている場合じゃないってわかるよ』

 き、記録映像? 撮影していたのか!

『まぁ、どうにかするよ。問題はきみの意志だ。私のところへ来るか、来ないか』

 物凄く魅力的な提案だった。

 いつかのプロゲーマーになる勧誘とは、比べ物にならない。

 俺は機動戦闘艇の魅力に、取り憑かれていた。

 シミュレーションとは別の、実際の機体を操る、その快感に。

 その日も翌日も、俺はスチールさんの誘いには返事をせず、ひたすら実機に乗り続け、ついに期限を迎えた。

 十日間が終わり、これからの一週間は地上で機動艇操縦体験だった。

 地上へ降りるシャトルの中で、俺はスチールさんに答えを告げた。

「ここにきて、勉強します。俺に機動戦闘艇の操縦を教えてください」

 うん、と頷かれて、それっきりだ。

 地上が見えてくる。シャトルは大気圏を飛行し、砂漠の方へ飛んでいく。

 どこかの機動戦闘艇が近づいてきて、横に並んで、翼を振り、加速して離れていった。




(続く)

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