第1部第2章 現実宇宙研鑽編 TOUGH BOY
1-7 フリースタイル
◆
スチールさんが俺と店長を連れて行ったのは、小型の機動母艦で、格納庫がないので機動戦闘艇が二機、船体にくっついている。
この機動母艦と二機の機動戦闘艇はスチールさんの持ち物で、同時にたった今、俺たちが載っているシャトルも彼のものだ。
つまり、とんでもない大富豪だと受け取らざるをえない。
シャトルが空いているスペースにドッキングして、チューブが接続される。
「ようこそ、我が家へ」
そんなことを言うスチールさんを先頭に、俺たちは機動母艦に乗り込んだ。
「部屋は二つあるから、それぞれ使うといい。荷物を置いておいで、ケルシャーくん。早くゲームをやろう」
ゲーム?
とりあえずは案内された部屋にトランクを置いて、すぐに彼の後を追うと、リビングであるはずの広い部屋に、その筐体があった。
サスだ!
最新型じゃなくて悪いね、などと言いつつ、二台のうちの片方にもうスチールさんは腰掛けて、ゴーグルを装着している。
俺は恐る恐る、もう一方に腰を下ろした。シートの位置やパネルの表示を調整し、操縦桿の設定、スイッチの設定、全てを俺が遊んでいた時と同じにする。
サスの筐体に乗るのは、数ヶ月ぶりだった。少し不安もあるが、興奮がそれを覆い尽くしている。
「一対一のバトルモードしかないよ。さあ、機体を選んでくれ」
どうやらスチールさんと対戦するらしいが、そう簡単に負けるもんか、と俺を即座に熱くなった。武者震いしそうなほどに。
バトルでの愛機は、いつの間にか、ルール航空のモーニング三型と決めている。小回りと推進力のバランスがちょうど良い。
スチールさんが何を選んだかと思えば、ボルト三型だった。あんなに重い機体で?
不信感より先に、警戒感が来た。
それは握手のせいでもある。あれだけのタコができる手の持ち主なのだ。
機体の特性による不利を覆す技術があるんだろう。
ステージに移動し、試合開始までの数秒間、例によって俺は相手より有利な位置につこうとするが、巧妙にスチールさんも位置取りをして、結局は互角になった。
カウントがゼロになるのと同時に、俺たちの機体が相手に向かって飛ぶ。
お互いに衝突するようなコースだ。目の前に相手がいるのに、でも撃たない。
ここはまだまだ、動く場面じゃない。
すれ違った瞬間、お互いに機体を上に向けた。
ねじり合うように、二機が螺旋を描く。
慣性を表示するメーターが高い数字で固定されるけど、この筐体には慣性を表現する機能はない。
二機が絡まり合うように飛び続ける。
ボルト三型がここまで繊細な飛行をするところは、初めて見た。
お互いに相手の後方を占めようとするのに、お互いが譲らない。
一度、離れる。ぐっとスチールさんの機体が機首を振る。粒子ビーム。回避しきれなかった一発が防御フィールドを直撃。出力、八割に低下。ボルト三型の攻撃力は侮れない。
再び二機が螺旋を描き始める。
一発も撃たないまま終わりたくないけど、隙が全くない。
触れんばかりにくっつき、離れ、また近づく。
どれくらいの時間が過ぎたか、目元の汗をゴーグルに指を突っ込んで拭い、画面の様子を確認する。
機体のコンディションはかなり悪い。
モーニング三型は小回りに定評があるけど、ここまでの激しさを前提としていない。
ボルト三型の状態はわからないが、似たり寄ったりだろう。
時間を確認、二十分が経過している。
二機が離れる。
もう終わりにしよう。これ以上の戦闘は、機体も、俺も、限界だった。
奥の手の、まるでステップを踏むような動きでペダルを連続して踏み込んだ。
画面の中の映像がぐっと横を向くイメージ。
すぐそばにボルト三型がある。
こちらの機首がじりじりとそちらに向いていく。
ボルト三型は逃れようとするが、完全には旋回が不可能なスピードが出ているし、ブレーキをかけたら俺にやられる。
全てが一瞬の判断だった。
俺がトリガーを引くのと同時に、ボルト三型がロール。
ロールの途中でスラスターが光を放ち、まるで落ち葉が翻るように機体が動いた。
鮮やかだ。
戦っていることを、一瞬、忘れた。
モーニング三型からの粒子ビームは、虚空を突き抜けただけ。
俺の目の前の画面が赤く点滅する。
撃墜された。
「こんなに長く遊んだのは久しぶりだな」
隣の筐体のシートをスチールさんが降りる。汗をびっしょりかいていて、シャツの色が変わっていた。俺も似たようなものだ。
「さすがに帝国で一番うまいだけはある」
「どうも」
答える言葉に持ち合わせがなかった。
眺めていた店長が背後にやってきて、俺の肩に手を置いて、嬉しそうにスチールさんに話しかけた。
「どうです、面白いでしょう。まさに神童です」
「最高だよ。ちょっとお茶にしよう。ケルシャーくん、シャワーを浴びておいで」リビングの隅にあるタンスから、バスタオルと着替えが出てくる。どこかの制服のような服だ。
ドアに名札が付いているから、と言われたけど、シャワールームという札のあるドアを開けると、脱衣所だった。初めての場所なのでドキドキしつつ、服を脱いで奥の扉の向こうにあったシャワーを使い、さっさと体を拭うと、例の制服で外へ出た。
リビングでは着替えたスチールさんがお茶を用意してくれていて、すでに店長と大人同士で盛り上がっている。スチールさんがこちらを穏やかに見やる。
「中学生になる年頃としては背が高い」
よく言われます、と答えて、俺は空いている席に座った。
「君の技量はよくわかったし、何が足りないのかもわかったよ」
そんなことを言い出すスチールさんを前に、お茶のカップを手に取ると、よく冷えた紅茶だった。でもあまり嬉しくないのはなぜだろう?
話は続く。
「君の技が本物でも、それはゲームの中だけだ。ゲームという世界の中にいるのも、まぁ、選択の一つだが、私には別の選択を提示できる」
「実機ですね?」
その一言には、誰も動揺しなかった。思い切って口にした俺がちょっと間抜けに思えた。
「やってみる?」
まるで、ちょっと料理を手伝ってみる? とでもいうように誘われるけど、俺は全くの素人だ。
大人たちはクスクスと笑っている。
「悩んでいるようだけど、じゃあ、乗ってみよう」
お茶を飲み干すと、スチールさんが立ち上がった。俺は慌てて紅茶を喉に流し込み、後を追った。
中学生用のパイロットスーツが用意されていたけど、サイズが小さいものしかなかったので、大人用の一番小さいサイズが引っ張り出された。
学校の授業だったか、体験学習で、パイロットスーツは一度だけ、何年も前だけど着たことがあった。やけに重たい印象だったけど、今はそうでもない。
俺の体にも力がついたらしい。
『最初は二人乗りだよ。二番機が二人乗りに改造してある』
ヘルメットの中にスチールさんの声が響いて、それでこれから機動戦闘艇に乗るんだ、とやっと実感が湧いた。
エアロックを抜けると、短いチューブの先に機動戦闘艇のコクピットがあり、サスの筐体によく似たシートが見えた。
前の席にスチールさんが腰掛け、その後ろの席に俺は落ち着いた。
頭上が閉鎖され、すぐに映像が表示される。
周囲はほとんどが宇宙で、そり立つように機動母艦もある。
『シートベルトを着けたか?』
宇宙に見とれていたので、慌ててシートベルトをつける。締め付けも調整する。
「できました」
『よし、切り離すぞ』
ガクンと衝撃があり、機動母艦が離れていく。
『では、機動戦闘艇の現実を味わってもらおうか』
それからはまさしく怒涛だった。
フルスロットルの直進、極端な旋回と、三半規管を破壊するようなロール。
ついさっき、俺がサスの中で実行した、機体の構造の限界を試すような機動さえ、スチールさんは再現してくれた。
『生きているかい? 少年』
「え、ええ、なんとか」
実際のところ、今すぐにでも嘔吐しそうだったけど、耐える。
『戻してもいいよ。ヘルメットが綺麗に吸い取ってくれる』
……絶対に吐くもんか!
それからさらに十分ほど、俺はスチールさんの飛行に耐えて、機動母艦に戻ったあたりからは記憶が曖昧になっている。
気づくと部屋のベッドに横になっていて、時計を見ると深夜だった。三時間も眠ったのか?
部屋に備え付けのウォーターサーバーで水を飲むと、生き返った心地がした。
水をもう一杯飲んで、やっと例の飛行のことを思い出し始めた。
現実がサスの通りなら、スチールさんが見せてくれた飛行のやり方を俺は知っている。
全部をきっちり再現できるだろう。
でも現実とゲームは違う。
強烈な負荷に耐えきる精神力と体力、それが俺には何よりも足りないはずだ。
ベッドに腰掛けて、繰り返し繰り返し、スチールさんの飛行を記憶の中で検証し続けていた。
(続く)
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